白波 宗一郎
「……またこれか」
手の中には、
小さなナイフがあった。
昨日と、
ほとんど変わらない。
刃を眺める。
長さも。
形も。
昨日から、
何も変わっていなかった。
少しすると、
先端から黒い粒になって崩れていく。
「……駄目だね」
「そうだな」
木陰から、
ハクトの声がした。
昨日と同じ場所。
昨日と同じ特訓。
そして、
昨日と同じ結果。
「剣は?」
「無理」
「銃は」
「もっと無理」
昨日。
何度やっても、
ただの棒にしかならなかった。
「……難しいね」
右手を開く。
具現化。
形を思い浮かべれば、
何でも作れる。
最初は、
そんな力なのかと思った。
でも、
そんなに簡単じゃないらしい。
昨日の剣が、
どうして出せたのか。
それすら、
まだ分からない。
「もう一回やる」
右手を伸ばす。
ドクン――
胸の奥が鳴った。
黒い粒が、
手の中へ集まり始める。
その時。
「湊」
「何?」
「今日はここまでだ」
「……え?」
黒い粒が、
そのまま消えた。
ハクトを見る。
「まだ昼だよ」
「ああ」
「昨日は夕方までやったじゃん」
「今日はいい」
「……なんで?」
「毎日同じことしてても仕方ないだろ」
「それ昨日言ってほしかったな……」
ハクトが、
林の外へ歩いていく。
僕も、
その後を追った。
⸻
家に帰ると、
父さんがいた。
昨日と同じ場所で、
テレビを見ている。
「ただいま」
「おかえり」
おもむろに冷蔵庫から麦茶を出す。
「湊」
「何?」
昨日と同じだった。
コップへ、麦茶を注ぐ。
「この後、暇か」
「まあ、暇だけど」
父さんは、
テレビを消した。
「ちょっと出るぞ」
「どこに?」
「ばあちゃん家」
「急だね」
「ああ」
父さんが立ち上がる。
「準備してこい」
「……分かった」
理由を聞こうかと思った。
でも、
やめた。
昨日も、
何か言いたそうにしていた。
たぶん。
何かあるんだと思う。
階段へ向かう。
「湊」
また呼ばれた。
「何?」
振り返る。
父さんは、
僕を見ていた。
「……最近」
少しだけ、
間があった。
「変わったことないか」
「変わったこと?」
「ああ」
怪物。
ハクト。
欠片。
具現化。
空気の歪み。
思い当たることなら、
いくらでもあった。
「……別にないよ」
「そうか」
父さんは、
それ以上聞かなかった。
⸻
車の窓から、
町を眺めていた。
見慣れた道が、
後ろへ流れていく。
海から少しずつ離れていくと、
蝉の声も聞こえなくなった。
車の中では、
ラジオが流れている。
父さんは、
ほとんど喋らなかった。
僕も、
特に話すことはなかった。
「……」
窓の外を見る。
昨日上った山が遠くに見えた。
昼間に見ると、
ただの山だった。
昨日見た、赤い町を思い出す。
「湊」
「何?」
「朝陽くんと結衣ちゃんはどんな子なんだ」
窓の外を見たまま、
少しだけ身体が固まった。
「……うるさくて、よく笑う。そんな奴らだよ」
父さんは、
前を見ている。
「そうか、最近は眠れてるのか」
「まあ」
それだけだった。
ラジオの声が、
車の中に流れる。
父さんも、
それ以上は聞かなかった。
窓を少し開ける。
蒸し暑い風が車全体を満たした。
「暑っ.....」
すぐに閉めた。
⸻
「湊、着いたぞ」
久しぶりに見る家だった。
古い木造の家。
庭には、大きな木が一本立っている。
「うん」
車を降りる。
蝉の声が、
一気に戻ってきた。
父さんが、
玄関へ向かう。
僕も後ろを歩く。
その時。
ドクン――
「……っ」
足が止まった。
胸を押さえる。
「……何?」
父さんが振り返った。
「どうした」
「いや……」
胸の奥。
昨日までとは、
少し違う。
怪物を見た時。
欠片に触れた時。
あの時と、
よく似ている。
ドクン――
もう一度。
家を見る。
古い家。
何も、
変なところはない。
「湊?」
「……何でもない」
父さんの後を追う。
玄関の前へ立つ。
それなのに。
胸の奥は、
まだ静かにならなかった。
───
ばあちゃん家に入ると
前までは特に何も感じなかったはずなのに、
胸の奥がジンジンと鼓動を早めていく。
「……」
客室に飾ってある写真を見る。
「白波 宗一郎」
何度か見たことはある。
それだけだった。
「湊」
父さんに呼ばれる。
客室の奥にある襖を開けていた。
「こっち来い」
「うん」
父さんの後についていく。
隣の部屋は、
物置みたいになっていた。
古い棚。
段ボール。
何に使うのか分からないものが、
いくつも置かれている。
父さんは、
その奥へ進んだ。
棚の下から、
細長い木箱を取り出す。
畳の上へそれを置いた。
「何それ」
父さんは答えず、
箱を開けた。
「……」
中に、
一本の剣が入っていた。
古い鞘。
所々、
傷がついている。
ずっと使われていないのか、
少し埃を被っていた。
なのに。
ドクン――
「……っ」
胸が鳴った。
さっきより、
ずっと強く。
「……これ」
父さんが、
剣を見る。
「じいさんのものだ」
「ひいおじいちゃんの?」
「ああ」
しゃがみ込む。
近くで見る。
古い剣。
それだけのはずなのに。
目が離せなかった。
「……」
手を伸ばす。
柄に触れた。
その瞬間。
――何かが見えた。
「……っ!」
反射的に、
手を離した。
「どうした」
「……いや」
剣を見る。
今のは、
何だったんだろう。
ほんの一瞬。
目の前に、
刃があった。
こっちへ向かって、
振り下ろされる刃。
それだけ。
「……」
もう一度、
柄へ触れる。
今度は、
何も起きなかった。
持ち上げてみる。
「重……」
両手で持つ。
思っていたより、
ずっと重い。
柄の感触。
鍔の形。
鞘から少しだけ抜いてみる。
刃が見える。
「……」
初めて触ったはずなのに。
なぜか、
知っている気がした。
「これ、何に使ってたの?」
父さんは何も言わず剣を見ていた。
剣を箱へ戻す。
蓋が閉じられる。
それでも。
手のひらには、
まだ柄の感触が残っていた。
胸の奥も、しばらく静かにならなかった。
そんな時、父さんが口を開いた。
「湊、お前怪物は見えるか」
言葉が出なかった。
どうして父さんがそれを知っているのか。
僕には理解出来なかった。




