夕刻
黒い粒が、右手の中へ集まっていく。
昨日の剣を思い浮かべる。
柄、鍔。
長く伸びた、黒い刃。
昨日は、何も考えなくても出てきた。
だから、同じものを思い浮かべればいい。
そう思っていた。
「……」
黒い粒が固まっていく。
やがて、
手の中に形ができた。
刃、柄。
確かに、
剣ではある。
ただ。
「……短い」
どう見ても、
ナイフだった。
昨日の半分どころか、
手のひらより少し長い程度。
振ってみる。
軽い。
昨日の剣とは、
まるで違う。
少しすると、
刃の先から崩れ始めた。
黒い粒になり、
手の中から消えていく。
「……」
もう一度。
同じ結果だった。
何度やっても、
長くならない。
それどころか、
形すら作れないこともあった。
少し離れた木陰で、
ハクトが見ている。
朝から、
ずっとそこにいた。
何か言うわけでもない。
僕も、
聞かなかった。
もう一度、
右手を伸ばす。
今度は、
剣じゃない。
拳銃。
映画やゲームで、
何度も見たことがある。
黒い銃身。
握る部分。
引き金。
頭の中で、
できるだけ細かく思い浮かべる。
ドクン――
胸の奥が鳴った。
黒い粒が、
右手へ集まる。
さっきまでとは、
少し違う。
「……」
形になっていく。
細長い、
黒い何か。
粒が止まる。
僕は、
手の中を見る。
「……棒」
黒い棒だった。
銃口も、
引き金もない。
ただ、
細長いだけ。
ハクトが、
こっちを見る。
目が合った。
「銃のつもりなんだけど」
「湊、お前は銃の中身をイメージできてない」
黒い棒が、
手の中で崩れた。
⸻
何度やったか、
分からなくなった。
気付けば、
林の中へ差し込む光が赤くなっていた。
蝉の声も、
朝とは少し違う。
右手を握る。
黒い粒が集まる。
形になる。
また、
小さなナイフ。
消す。
もう一度。
ナイフ。
もう一度。
途中で崩れる。
拳銃を思い浮かべる。
黒い棒。
「……」
さすがに、
疲れた。
その場に座り込む。
腕が重い。
身体中が、
汗で気持ち悪かった。
朝から始めて、
ほとんど何も変わっていない。
結局、
昨日の剣は一度も出なかった。
手のひらを見る。
「今日は終わりだな」
ハクトが言った。
空を見る。
木々の向こうが、
赤くなり始めていた。
「……うん」
立ち上がる。
足まで、
少し重かった。
帰り道。
蝉の声だけが、
ずっと聞こえていた。
⸻
玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり」
父さんがいた。
テレビを見ている。
僕はそのまま、
冷蔵庫を開けた。
麦茶を出して、
コップへ注ぐ。
一気に飲む。
冷たい。
もう一杯。
ようやく、
少しだけ身体の熱が引いた。
「どこ行ってた」
父さんが、
テレビを見たまま聞いた。
「その辺」
「朝から?」
「うん」
父さんが、
こっちを見る。
汗で濡れた服。
汚れた腕。
たぶん、
そんなところを見ていた。
「……」
僕も、
父さんを見る。
何か言いたそうだった。
コップを流しへ置く。
「湊」
階段へ向かうところで、
呼び止められた。
「何?」
父さんは、
僕を見ていた。
「……いや」
また、
テレビを見る。
「何だよ」
返事はなかった。
変なの。
そう思いながら、
階段を上った。
⸻
シャワーを浴びて、
少し休んだ。
赤くなり始めた空を、
ぼんやり眺める。
外へ出てみると、
昼間とは想像つかないほど涼しかった。
ただ、海とは反対へ歩いた。
住宅街を抜ける。
細い道へ入る。
歩いているうちに、
昔よく通った坂道へ出た。
その先に、
古びた階段がある。
「……」
足が止まる。
久しぶりだった。
階段へ向かう。
ハクトも、
ついてきた。
昔は、
三人だった。
朝陽が先に行く。
結衣が、
その後を追う。
僕はいつも、
少し遅れていた。
今は、
二人だった。
一段。
また一段。
上っていく。
小学生の頃は、
もっと長い階段だった気がする。
最後の一段を上る。
視界が、
一気に開けた。
「……」
町が見えた。
この町で一番高い場所。
少なくとも、
僕たちはそう思っていた。
学校、駅、線路、住宅街。
その向こうに、
海が広がっている。
太陽は、
もう海の近くまで落ちていた。
赤い光が、
町へ差し込んでいる。
家の屋根も。
道路も。
学校も。
海も。
全てが赤く染まっていた。
柵の前まで歩く。
昔、三人でここに立った。
別に、何かがある場所じゃない。
遊ぶものもない。
ただ、町が見えるだけ。
それでも、よく来ていた。
朝陽が何かを話して。
結衣が笑って。
僕は、その隣にいた。
何を話していたのか。
もう、なにも思い出せない。
だけど、その時の二人の顔だけは、
妙にはっきり覚えていた。
生暖かい潮風が吹く。
「……」
隣を見る。
ハクトも、
町を見ていた。
いつもより、
静かだった。
赤い光の中に、
白い姿が立っている。
何となく。
ずっと前から、
ここを知っているように見えた。
太陽が、ゆっくりと海へ近づいていく。
町を染めていた赤も、
少しずつ薄くなっていく。
「……帰ろうか」
「ああ」
それだけだった。
階段へ向かう。
途中で、
一度だけ振り返った。
赤く染まった町が綺麗だった。
ただ日が沈むだけなのに
何故か、寂しいと感じた。




