009.協力
「協力、とは?」
三上と視線を合わせ、返事を待つ。
そこで初めて三上の顔をはっきりと見た。
もう何度か顔は合わせていたはずなのに、今この瞬間に、ようやく三上円という人物の顔を正確に認識できたような感覚がした。
とはいえ、この姿をなんと形容していいか分からない。
整っている。整いすぎているとも言える。
どちらかと問われれば、間違いなく綺麗な顔だと思う。
それだというのに、表現する言葉が見つからないのだ。
『三上さんってどんな顔?』聞かれる事があったら、僕は何と答えるだろうか。
『整った目と鼻と口が付いてるよ』とマヌケな事を、マヌケを承知の上でも言うしか無い。それほどに特徴を見出せない。
「協力というか、ストレートに言うとオトリになって」
「薄々そんな気はしていたよ‥僕は戦えないしな。そういえば昨日はどうやって追い払ったんだ?」
「これよ」
そう言うと三上は腰に手を伸ばし、黒い棒を取り出した。警棒に見える。
「これで殴った。そしたら横の塀を越えてどこか行ったわ」
「やっぱり暴力なんだ」
「あれと話し合えると思う?頭を殴ったら血は出たけど、骨は折れてないと思う」
言葉を飲み込んだ。
確かに話が通じそうには見えなかったが、三上だって会話を得意とするようには見えない。そこはお互い様のように思えたが、それは口に出すべきでは無いだろう。なにせ目の前にいる当事者の手には、武器が握られているのだ。
ちなみに警棒は武器では無く、護身用具と呼ぶらしい。
だが血が出るほどのダメージを与えたのだ。それは武器と呼んで良いだろう。
「とりあえず改めて助けてくれてありがとうな」
「だから助けたくて助けた訳じゃ無いんだって」
「セリフだけはツンデレなんだけどなぁ」
心がこもっている。悪い方向に。
デレの無い、純度の高いツン。ツン100%で構成されたセリフだった。萌える隙もありゃしない。
「早速だけど、今夜は?」
「バイトは無いから空いてるけどー、昨日の今日でか?」
「怖いなら無理しなくていいわ。効率は悪くなるけどオトリなんて無くてもいい。今までも無かったし」
「待て待て。怖いとかじゃなくてさ。もっとこう作戦とか罠とか増援とか何かあるだろ?もう詳しくは聞かないけど、三上はそういうプロみたいなもんなんだろ?」
「相手は獣そのものじゃないの。時間をかけると勘付かれるし、身を潜められたら見つけようが無い。本気で警戒される前に、獲物に執着してるうちに叩く」
三上の表情は変わらない。変わらないからこそ、おそらく意見も変える気も無い。決意めいたものを感じる。
しかしはっきりと僕の事を獲物と言ったな。分かっていたが言葉にされると少し辛い。
僕も覚悟を決めるしか無い。
「‥‥分かった。何もできない知らない僕が我儘を言っても仕方ないよな。オトリとしての責務を全うして、安心して過ごせるようになればそれでいい」
「分かればいいの。これ以上問答が続くならー‥‥まあいいか」
三上はそう言うと、手を後ろに回して警棒を腰に戻す。
この細い体のシルエットに、どう収納されているかは謎だ。
「おい、何をしようとしていた!?」
「うるさい。あまり大きな声を出すと誰か来るでしょ」
取り付く島も無い。果たしてこの女を信用していいのだろうか。僕は知り合って間も無いうえに、僕の命を軽んじるこいつのためにオトリになろうとしているのか。
文字通り、人生で初めての命懸け。僕達は運命共同体になったはずなのだ。
だがこのままでは2人共溺れてしまうのでは無いのだろうか。
自分の身は、自分で守るよりないか。
「とりあえず僕は夜に備えて、今日はもう帰るよ。待ち合わせはどうしたらいい?」
「あとで連絡する。10時くらいには出られるようにしといて」
「連絡ったって‥‥」
「昨日あなたが伸びてるうちに連絡先はもう手に入れてある。私のも入れといたから確認しといて」
急いでスマホを取り出し、確認すると確かに三上円の名前と番号が入っていた。
「いつの間に!?お前、僕に用は無いような事を言っておいてどういうことだよ」
「一応ね。関わってしまった以上は、何かしら声をかける可能性があったわけだし。どうせ消そうと思えばいつでも消せるし」
当然の事のように、僕にとっては当然では無い事を言った。他人のスマホの中身をどうこうするなんて、僕にはできない。
三上が余程その分野に精通しているのか、もしくはそれくらいのことを難なくできる人脈や組織が付いているのか。
聞いたところで答えてはくれないのだろうけども。
僕は大学を出ると、真っ直ぐに家には帰らずにスポーツ用品点や、ホームセンターを巡った。
自分の身は自分でだ。
走りやすそうなランニングシューズに、ジャージ、転倒に備えてサポーター、そして正当防衛するために短い鉄の棒。
命がかかっているので出し惜しみはせず、どれも本当に良いと思える物を買った。かなりの日数分のバイト代が消えてしまったが仕方がない。
「よし、何もないよりはマシだよな」
自宅で改めて装備を確認していると、電話がかかってきた。時間はまだ9時。
集合には早いはずだが――‥‥
スマホを見ると、連絡が来る予定の人物とは違う人物からの着信。
僕は慌てて通話を押す。
「も、もしもし?」
少し間を置いて、佐倉の声がスマホから聞こえてくる。
「こんばんは和泉くん。あの後大丈夫だった?」
「あ、ああ。ありがとう。三上には会えたよ。手伝ってもらったのに報告しなくてごめんな」
「そうなんだ!よかったー」
「なぁ佐倉。他人に三上の事を説明しなきゃいけなくなったら、佐倉ならなんて言う?その、見た目の特徴とか」
「うーん、そうだなぁ‥‥」
初めての電話で、それも電話した用件を早々に他の話題に変え、意味不明な質問をしたというのに、電話の向こうでは真剣に考えている気配がする。
「綺麗な子‥‥かなぁ。そうそう、初めて見た時に綺麗な黒髪と黒い瞳で、黒色が映える美人だなーって思ったんだよね」
「佐倉も色で例えてるじゃないか。でも参考になったよ。僕も今度から三上を探す時はそうやって人に聞こうかな」
『初めて見た時から』とは流石だ。僕なんかは数回の邂逅を経てようやく顔を覚えたというのに。
人間としての差を見せつけられた思いだ。やはり人気者には人気を集めるだけの理由がある。
僕は人付き合いは苦手だが、人に覚えられて嫌という気はしない。
好きの反対は無関心というやつだ。自分に対して無関心な相手を、どうして好きになれるだろうか。
それから他愛の無い話で盛り上がった。慣れない電話に初めは緊張したが、佐倉の人懐っこさに救われた。気付けば30分も話し込んでいた。
「あ、やべ」
三上からメッセージが来ている。
メッセージでは無く、急いで電話をかけた。
ほとんどコール音も鳴らずに、スマホから三上の声が聞こえた。
不機嫌そうな声が。




