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夜は続くよどこまでも  作者: 10MA
オーバー

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004.時間

「和泉くん!和泉くん!?ねえ大丈夫!?」


はっと意識が戻ると、佐倉が心配そうに僕の顔を覗き込んでいた。整えられた眉が、八の字となって下がっている。


「あ、ああごめん。大丈夫」

「本当に?病院行くなら付き添うよ?」


最後まで眉を下げていた佐倉だが、授業が始まるとさすがに大人しくなった。

授業中もこちらをチラチラと見ている事は感じていたが、目が合わないように前だけを見た。


あの穴のような目をした男はどうなったのだろうか。

教壇に立つ講師の目を盗んでスマホでニュースを確認するが、それらしき情報は見つけられなかった。

夢だったのだろうか。酔っていたのだろうか。幻覚でも見たのだろうか。

様々な可能性を考えるも、遅い時間だったとはいえ、意識はしっかりと覚醒していて全くのシラフであったし、あの生々しさは夢や幻とは思えなかった。

今になって思うと、なぜすぐに警察に電話しなかったのだろうとは思うが、昨日の僕は本当にそれどころでは無かったのだ。


時間いっぱい考え事をしていると、講義は終わった。

久しぶりに時間いっぱい前を向いていたが、頭には何の知識も追加されていなかった。

昨夜の事にしたって、周囲の騒音に掻き乱されて、まとまるどころか頭の中で散ってしまって何を考えていたのかすら定かでは無くなってしまった。

隣の席にいた佐倉は、最後まで僕を気遣ってくれてはいたが、友人らしき女性に手を引かれてどこかに行ってしまった。

恩を仇で返すようではあるが、非常にありがたかった。今は一人になりたい。だが本当の一人ぼっちにされてしまうと、昨日のトラウマで死んでしまいそうになるので、周りに誰かはいて欲しい。

一人にして欲しいけど、誰かそばにいて欲しい。そんなワガママな状態が今の僕だ。


「ねぇ、あなた」

「っ!」


ビクリも僕の肩が跳ね上がる。

吸い込まれるように出入口に消えていく生徒達の背中を席から見送り、周りに人はほとんどいなくなっていたはずだ。

僕もそろそろ動くかというタイミングで、背後から声がかけられた。女性の声だ。

名前を呼ばれたわけでも無いのに、明らかに僕に声をかけていると分かるその声は、澄んでいて美しいと言っても過言では無いが、なぜか冷たく聞こえた。

ゆっくりと後ろを振り返る。

頬杖を付き、つまらないものでも見るかのような視線を向ける女が一人。

普段アルバイト中くらいしか女性と関わりの無い、それもほぼ事務的な会話しかない僕が、昨夜から連続して女性と一対一で向き合う事になるとは。これがモテ期だろうか。

いや、僕に好意を寄せているのならば、見知らぬ男性を投げつけてくるわけがないか。

そんな風習の地域があったらごめんと言うしか無いのだけれど。そんな地域はこちらからもごめんである。


「ねえってば。死んだ?」

「こんな一瞬で死んでたまるか。いや死ぬ時は一瞬なのか?そもそも人生そのものが一瞬のこと?深いな」

「不快だよ。人が話しかけてるのにあからさまに心ここに在らずでボーッとして」


考え事から強制的に現実にシフトしたせいと、驚きを悟られぬようにとよく分からないことを饒舌に言葉にしてしまった。初対面でとんだ恥を晒してしまった。

だが初対面にして人生に思いを馳せる男を前にして動じる様子が無いこの女性も、少しおかしいのかも知れない。


「私は三上円(みかみまどか)

「あ、僕は和泉」

「そう。じゃあ和泉、これ」


無造作に手に何かを握りこちらに向けてくる。つい反射的に手を差し出すと、何かを載せられた。


「じゃあね」

「‥‥‥」


三上と名乗った女は、用は済んだと言わんばかりにそれ以上何も言わず、席を後にした。

僕は手のひらのそれから目を離せず、三上を呼び止めようにも口は開かない。

僕は昨夜から何度こうしてフリーズしているのだろうか。

手のひらに載せられた、見覚えのあるスマートウォッチの画面には亀裂が入っている。

小さく暗いディスプレイには、僕の目しか写っていない。黒くて丸い瞳。

まるで穴を覗き込んでいるような錯覚。

僕が目を見ているのか、目が僕を見ているのか。

途端に胃から口へと何かが迫り上がって来る。

それを必死に抑え込み、トイレへと駆け込んだ。


胃の中身が空っぽになると、ようやくトイレから出る事ができた。

足は小刻みに震えていて、力が入らない。

膝から下が細い棒にでもなったのではないだろうか。歩く事に関して、自分の足がこんなにも頼りなく感じるなんて。

壁に身を預けるように歩く。とにかく外の空気が吸いたい。

やっとの思いで外に出て、目についたベンチに深く身を沈めた。力を抜いて崩れるように座ったものだから、ケツが痛い。

空を仰ぎ見ると陽の光が、空の青さが、雲の白さが、目に突き刺さるように眩しい。

でも今はそれでいい。

黒く澱んだ穴のような目を、光で満たして欲しかった。


昨夜のあれは三上と名乗った女性だったのだろうか。

やはり逃げている最中に壁にでもぶつけて落として、それを拾われた?だとしたらここも危険か?逃げるべきだろうか。

いや、それはまた安直すぎる考えだし、さすがにこの人の多さで襲われる事は無いか。無いよな?

とにかくもう動きたく無い。


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