033.勝敗
「覚悟ぉ?私そういう精神論あまり好きじゃないんだよね。円ちゃんだって好きそうには見えなかったけどな。リアリストっぽいもん」
「そう?私は結構好きよ。気持ち如何で、人間は能力以上の事を成せると信じてる。心が見せる人間の一瞬の煌めき。生きている感じがする」
「ロマンチストなんだね」
「ロマンじゃないの、事実よ。人間を、生き物を優劣だけで量るあなたには理解できないでしょう。競争じゃないの。自分が、自分のために、何を成してどう満足するかよ」
「それで円ちゃんは、ここで死ぬことになっても本望だって?」
「‥‥それは正直、分からない。でも、ここで逃げたら私はもう、私に満足する事はないって事だけは分かる。死に方じゃなくて、生き様を選んだからここに立つの」
「あーつまんないつまんない!やっぱり円ちゃんの話は私の神経を逆撫でする!私は自分を証明する!自分の価値を!」
「かわいそうに、他人と比べてばかりじゃ苦しいでしょうに」
「無いね!私は勝ち続ける!比べる事は自分の価値の証明!気分が良い!」
力を見せつけるように、佐倉は渾身の大振りを三上の頭上へ振り下ろす。
溜めと隙だらけのその攻撃は当然のように当たらない。
三上が居なくなった地面には、佐倉の拳がめり込んだ。
手を引き抜くと、拳がめり込んだ場所を起点にコンクリートは崩れ、そこには大きな穴が空いた。
あんなものが直撃したら、体のどの部分であっても無事では済まない。
「初めてオーバーに同情するわ。辛いのね」
「だからぁぁぁ!私を蔑むなぁぁぁ!!憐れむなぁぁぁ!!何も分かってないじゃないか!」
佐倉は咆哮を上げながら、そこらじゅうに穴を開け続ける。
コンクリートの建物に隕石が落ちて来たら、爆撃でも受けたら、こういう感じになるだろうか。
そこらじゅうに入ったヒビに、建物ごと崩れるのではないだろうかと思えるほどだ。
感情的で直情的な佐倉の攻撃は当たる気配が無い。
でも遠目に見ても三上の疲労は明らかだ。
いまだ勝ち筋は見あたらない。
時間が残酷に体力を奪って行く。
「ぁぁあああ!」
佐倉は自らの拳で作られた瓦礫を力のままに投げつける。
人の頭ほどもあろうかというその塊が軽いわけが無い。
それでもそれはまっすぐに飛んでいき、そのまま夜の闇に消えたり、フェンスに当たっては派手な音を立ててその形を大きく歪ませる。
5つめの塊を投げた時だった。
それは、4つ目を大きく跳んで避けた三上の着地点へと吸い込まれるように飛んでいき、三上の大腿部を捉えた。
「三上ぃっ!!」
「つっ‥‥!」
三上は小さく声をあげ、大きく倒れ込んだ。
近くのフェンスに指をかけ、立ちあがろうとするが、脚が付いて来ずに再び地面へと倒れ込む。
僕は即座に駆け寄り、佐倉へと両手を広げて立ち塞がった。
「2度目だね、こうなるの。今回は引いてあげないよ。諦めたら?今すぐ逃げたら円ちゃんが死ぬまでは時間稼ぎになるよ」
「何度こうなっても僕は同じ事をする。逃げる気は無い」
「はぁ〜‥‥別に良いけどさあ。どうせ結末は変わらないんだから無駄だよそれ。後悔するよ?」
「心配ありがとうよ。結末が変わらないなら、なおさら覚悟が決まったよ。三上がさっき言った通りだ。ここで逃げたら、僕も僕の人生に満足できない」
「和泉くんとのお喋りは嫌いじゃ無いけどさぁ、それだけは虫唾が走るよ本当に。満足って何?負けは負けだよ。満足なんてあるわけないじゃん」
「本当に、本当に分からないんだな佐倉‥‥」
「はあ?」
目の前の自称人間の超越者に同情してしまう。
こいつはきっと僕を殺した後も、他者と自分を比べ続け、一方的な勝負を挑んでは殺し、自分の強さを証明し、生きて行く。
その中でしか自分の価値を感じられずに。
「比較ってのは、罪だな」
「それは負け側の意見でしょ。揺るぎない勝利が確定していれば、強者にとってはただの存在証明だよ」
「他人がいなければ自分に満足できないなんて可哀想だよ。7つの大罪の8個目にしてもいい。お前を見ていて分かったよ。比較に囚われると人は苦しみ、他人は敵にしか見えなくなって、自分を見誤る」
「罪?かわ‥‥いそう?」
「ああ、お前は可哀想だよ」
背後で三上が何か言っている。
僕の脚を掴み、押し除けようとしている。
きっと佐倉の地雷をこれでもかと綺麗に踏み抜いた僕を心配してくれているのだろう。
ごめん三上、僕も覚悟を決めたんだ。
目の前の佐倉が獣のような咆哮をあげる。
美しい、可愛いと持て囃されていたはずの顔は怒りと憎しみに歪み、まるで理性を失った獣。
佐倉は大きくその拳を振り上げた。
1秒も待たずして、それは僕の頭上へと叩き込まれるだろうが、その動きはとてもゆっくりと見える。
同時に自分の動きもゆっくりと感じる。
それでも何とか間に合った。
僕は手を広げたまま佐倉へと踏み出し、抱きしめた。
佐倉の動きが止まる。
「ーーーは?」
「ひどい事言ってごめんな佐倉。もう終わりにしよう。もう僕だけで、終わりにしてくれ」
どんなに力が強くても、鉄の棒で打たれて無傷でも、佐倉の体は依然として人間だった。
小柄な女の子。僕でも何とか持てる程度の質量。
そうして僕は腕の中に小さな体を収めたまま、全力で跳び、避けたフェンスの間から夜の闇へと体を投げ出した。




