029.帰還
朝日が差し込む僕の部屋で、僕は三上と向かい合っていた。
あの後は大変だった。
近付くパトカーのサイレンに焦りながら、なんとか三上を担いで帰宅した。
ぐったりと意識の無い女の子を部屋に連れ込む姿を見られたら、パトカーの標的は僕になっていたに違いない。
だがそこは暗闇に助けられた。
「迷惑かけたわね」
「いや、そんなことは」
「がっかりしたでしょう?和泉を無能だなんだの言っておいて、私の方がお荷物になってしまったわ」
僕に担がれて部屋に運び込まれる様は、確かに荷物めいていたかも知れない。
だが、そうなった原因は僕である。感謝する事はあっても、幻滅するなんて事はありえなかった。
三上がいなければ、ここに僕はいなかった。
だけど三上の意識の高さは、ひたむきさは十分に分かっている。
僕がフォローをすればするほど、余計に彼女を追い詰めてしまう。
昨夜と同じだ。他人と分かり合う事の、なんと難しい事か。
「それで、なぜ佐倉さんは私達を見逃したの?」
「僕にも分からないよ。さっきも言ったように、諦めたわけでは無いようだけど」
「彼女が何を考えているか全く分からないわね。あまりにも今まで相手してきたやつらと違う」
「だな。少し会話したけど、分かり合える気はしなかった」
「ふうん」
三上は得意の刺すような視線を僕に向ける。
昨夜のあらましは伝えた。でもさすがに僕が佐倉を、人類の敵の存在を認めると言った事は言い出せず誤魔化してしまった。
三上は僕が、何かを言えずにいる事に気付いているだろう。
しかし追求して来ないのが三上なのだ。
それが逆に、僕の罪悪感を一層大きくさせる。
人類の敵を認めるという事は、僕も人類の敵の側に立つという事だ。三上からしたら討伐対象だろう。
でも僕のスタンスは平等だ。中立でもない。あくまで平等。
さすがに自分を人間の側だとは思っている。
だが僕が思っていても、周りが僕の評価を決める時に参考にするのは行動だ。
それで言うと、昨夜の僕の言動はかなり黒に近いグレーである自覚はある。
「で、これからどうする?」
視線に耐えきれず、話を変える。
「そうね、特に何もできないかな。私は負けたし、もう本部は動いてるし、それが間に合えば私達は生き残れるかも知れない。でも佐倉さんの方が早ければ今度こそ、かもね。あなただけ遠くに逃げるって手もある。『人間としての責務を果たして』なんて言った事は撤回させてもらうわ。無駄死にはしないで」
三上はいつも通りのようで、どこか覇気がない。
死ぬ気で挑んで、死ねず、成果も無い。
昨夜は三上にとって何もできず、何も無かったに等しいのだ。
虚無だ。
己の無力を悔やみ、嘆き、無力感に苛まれている。
「遠くに、かぁ。でもあの感じじゃ佐倉はどこまでも追ってくるだろうしなぁ。いつまで逃げ続ければいいもんか」
「そうね。提案しといて悪いけど、彼女はアイギスの事まで知っていたしね。侮れない情報網があると見ていいでしょう。逃げるとしても1日として同じ場所にはいられないでしょうね」
「それならアイギスが解決してくれることを期待した方がいいのかな。その日まで佐倉が見逃してくれるかは賭けになるけど」
「なんだか随分と余裕があるのね。異常だわ」
「佐倉にも言われたよそれ。僕の何が異常だってんだ」
「自分の命がいくつあっても足りない状況だって分かってるの?」
「それ言ったら三上の腹の括りようだってすごいと思うけど。侍かってくらいだよ」
「私は訓練してるもの。私達だってこの境地に至るのは相当難しいのに、戦う術も持たない和泉がなぜ」
何を言っているんだ?
いつ僕が怖く無いと言った?
普通に死にたく無い。
オーバーという存在に抵抗する気もある。
僕があいつらを擁護して人間が滅ぶなんて事になったら僕は僕の事を許せない。
ただまぁ、幸せになりたいのになれない生き物がいるというのは、あまりにも悲しくて身が引き裂かれるような思いでもある。
たとえ対立するしか無いとしても、誰からも理解されないってのは辛いじゃないか。
僕くらいは理解してやってもいいじゃないか。
どうせ何もできない僕だ。
結果が変わらなくても、せめて心くらいは寄り添ってやりたい。
でも僕は、僕達はあくまで人間なのだ。この群れにいる限り、人間側に立っていなくてはいけない。
それが群れにいさせてもらうための掟なのだから。
「内心はびくびくしてるよ。昨日だって三上がいなければ、漏らしたうえに無様に走って逃げてたさ」
「私はそうしろと言ったのだけれど。漏らす部分は除いて」
「漏らす事と、逃げる事はセットなんだよ。漏らしたくないから、逃げられなかった。悪いな」
「そういう減らず口ばかりを叩くの良くないわ」
お互いに軽口を叩き合っているが、その反面、空気はどことなく重い。
分かっている。いや、三上はどうか分からないが、僕は努めて日常を演出している。
さっきから自分の言葉が虚しく部屋の中で散っていくような感覚。うわべだけの言葉。全くもって気持ちが入っていかない。
雑な会話を繰り返して、このまま日常に戻れたらと思うのは、どうやら都合が良すぎたみたいだ。
「‥‥完敗、だったな」
「そうね。覚悟して臨んだとはいえ、もう少しやれると思っていたわ」
「僕もだ。心のどこかで、まだ学校にいる佐倉でいる事を期待してしまっていた」
そこで2人共口が止まる。
空気が重い。
重いが、さっきまでの重い空気を必死に軽くしよう無理に作り上げた気持ちの悪い空気よりはいくらかマシな気もする。
今はこの重さを素直に受け入れよう。
「とりあえず、大学行くか」
「本気?まぁ止めはしないけど、よくそんな気になれるわね」
「他にやる事も無いしな。仮に今夜こそ佐倉に殺されるとして、それまで何もしないで部屋に閉じこもっている方が後悔しそうだ」
「最後に食べたいものとか、会いたい人とかいないの」
「うーん、無くは無いけど気分が乗らないかな。特に食欲なんて全く無いよ」
「そう‥‥あ」
「ん?」
「確かに大学はアリね」




