028.対話
駄目だ。
戦えない僕には、せめて盾になるとか、対話するとかしか出来ないのに、それすら通じないのだこの生き物には。
僕はなんでここにいるんだ。
僕に何ができるんだ。
もうこのまま食い物にされるしかないのか。
なんて、なんて理不尽。
何をしても変えられない結果。
努力も、祈りも、言葉も、何も届かない。
「さ、どいて。一緒に円ちゃんが死ぬとこ見ようね」
「それに‥‥それに何の意味があるってんだよ!もう止めようぜ!なあ!?」
「え‥‥?和泉くん、泣いているの?」
言われて初めて気が付いた。自分の顔を伝う生暖かい液体の感触。
どうしようもない思いが、どうにもできない現実が、僕の感情を爆発させたようだ。
この歳で、どうにもならない現実に泣く事になるなんて。
地面でのたうちまわりこそしていないが、童子そのものだ。幼い頃に、玩具を買ってもらえずに泣いた時の気持ちを思い出す。
だが今欲しいのは玩具では無い。もっと大切なものだ。
「くそっ、泣いて悪いかよ!仕方がないだろ、人間なんだから。人間ってのはそうできてるんだよ!感情がある。失いたくないものがある。抗うし我慢する。自分のためだけじゃない、他人のためにもだ!それをお前はなんだ!?店長の店もそうだ!三上の先輩も!その他の人々も!楽しいからやりたいからで簡単に他人を不幸にしやがって!本当に何なんだよ!」
目からボロボロと涙が溢れている事は分かったが、もう全てぶつけてやらないと気が済まない。
僕では拳も届かなければ、言葉さえも届かないのかも知れない。
それでも、せめて最後に想いは伝えたかった。
共感はされなくても、僕の思いだけは。
「‥‥‥‥‥‥‥」
「佐倉‥‥?」
しばらくの沈黙。
佐倉の足は止まっている。
「分からないよ。私だって、わからないっ!」
絞り出すような悲痛な声。
この日初めて、佐倉は人間の言葉に笑わなかった。
「え?」
「分からないのっ!私の何がいけないの!?他人を殺すことがそんなに駄目!?牛や豚は殺すのに!」
「食事目的とは違うんじゃ‥‥」
我ながらマヌケな答えだ。
佐倉が聞きたいことはそんな事では無いと分かっているが、予想外の事態に頭が付いていっていない。
「じゃあハンティングは!?釣りは!?遊びで命を奪うじゃない!」
返す言葉が無い。僕はやった事は無いが、そういうことを趣味とする人間は確かに存在する。
佐倉は今、友人の和泉に問いかけているのでは無い。人類に問いかけている。
「我慢できないんだよぉ‥‥殺したくて、殺したくて、殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて!!殺したくてえっ!!」
「なっ‥‥」
言葉が出ない。
佐倉は血走った目で、涙を流しながら悲痛な叫びをあげる。
僕と同じだ。
抗いようの無い理不尽に、どうする事もできずに泣いている。
「頭の奥で、心の中で声がするの‥‥殺せって、壊せって。我慢できないんだよぉ。我慢すると死にたくなるの。生きる意味が分からなくなるの。自分が消えてしまいそうで怖いんだよぉ」
ついに佐倉はその場に座り込んでしまった。
地面に手を付いて項垂れて、その表情は見えないが、地面には次々と涙が落ちてアスファルトに染みていく。
「ごめん‥‥」
「‥‥ごめん?」
「ああ、うまく言えない。言いたい事も分かって無いと思うけど。どうしようもないって、その気持ちだけは分かるから」
「ふふっ。この状況で私に同情できるなんて異常だよ。今から私に殺されるんだよ?」
佐倉は目を擦りながら、ゆっくりと立ち上がる。
少しだけ、ほんの少しだけ彼女の心の片鱗に触れたとは思う。
それでも、結果は変わらないらしい。
でもそんな事は今更だった。
自分でもどうかしてるとは思うけれども、僕は目の前の敵を、今から僕を殺そうとしている相手を、救いたいと思っている。
「そうだな。自分でもおかしいと思うよ」
「私のこと好きになった?」
「馬鹿言え。お前だけは絶対に無い。僕達の、人類の天敵じゃないか。でも僕はな、そんな佐倉にだって生きる権利は、幸せになる権利あると思うんだ」
「その結果、和泉くんも含めた人間が殺されても?」
「はは、それはできれば勘弁して欲しいけどさ。でも佐倉が人間じゃないというならば仕方がないさ。佐倉には人間のルールは関係ないんだろう?僕達の幸せと、佐倉の幸せの両立できないようだから」
「同じ生き物として、対等な立場で受け入れるって事?」
「そうだ。とはいえ、受け入れるとは言ったけど、それは佐倉の主張を、存在を受け入れるってだけで、黙ってやられるって事では無い。こちらにだってやり返す権利はあるだろ。それでこそ対等だ」
「やっぱり異常だなぁ、和泉くん」
佐倉は何やら思案しているようで、腕組みをして目を瞑っている。
隙だらけのように見えるが、そもそも能力に差がありすぎて、この隙を僕がどうこうできる事はない。
せめて三上が万全なら何かできたかも知れないが、彼女は未だ目を覚ます気配が無い。
「対等ね‥‥不思議と悪い気分じゃないかも。いつもなら人間と同列に扱われたら不愉快でしかないけど」
「どっちが優秀って論争も、できれば止めないか?」
「それは無理。生きている意味が、理由が欲しい。人間より優秀である事が私の存在証明」
淡々と紡がれた言葉には、決意が宿っている。
お互いに話し合ってもゴールは無い。妥協点すら見つからないだろう。
それは佐倉も理解しているはずだ。
何か言いかけては、止めてを繰り返している。
遠くからサイレンの音が聞こえる。
さすがに近隣住民が通報したのかも知れないし、全くの別件かも知れない。
どちらにしても、せっかくだが僕にとって福音とは言い難い。
対話の終わりを告げる合図だ。
仮に僕達のために鳴らされたサイレンだとして、佐倉の手と、パトカーのどちらが早く僕の元へ届くかなんて考えるまでも無い。
案の定、佐倉は音の方を向くと、次に僕の顔を見る。
「はあー‥‥」
彼女は大きなため息を吐くと、駐車場に面している道へと歩き出した。
そしてふいに腕を大きく振りかぶり、電柱を叩き折った。
「は!?」
僕の声と同時に、周囲の明かりが一斉に消えて、辺りは真の暗闇へと落ちた。
「ねえ和泉くん」
「!?」
暗闇から佐倉の声が響く。
どこから話しかけてきているかは分からない。
近いかも知れない。もう側まで来ているのかも知れない。
冷や汗が流れる。
「諦めたわけじゃないからね。むしろ和泉くんだけは絶対に私が殺すから。何があっても、絶対に」
「くっ‥‥!」
身構える。
意味があるかと言われれば、無い。
僕が構えたところで、佐倉に抵抗できるわけがない。
力の差もそうだが、この暗闇だ。
襲われた事に気付く間も無くあの世行きだ。
だがいつまで待っても、佐倉が僕に触れる事は無かった。




