027.敗北
「そんな棒で、私に勝つ気なの?」
「素手のあなたに心配されるなんてね」
「ふふ。そもそも生き物のステージが違うんだもの。武器なんていくらでも許してあげるよ。昨日のロン毛なんか刀くらい長い刃物振り回してたよ」
レイの武器は刃物だったのか、それも結構な長さらしい。そんな武器を持ち、この三上よりも強い。それでも、佐倉に負けたというのか。
今度は三上から仕掛けた。
大きく踏み込み、大きく警棒を振るう。
それを佐倉は後ろに軽く飛んで危なげなく躱した。
しかし三上はそれを予測していたらしく、すぐに繰り出される追撃。
しかしそれも佐倉は後ろに跳んでやりすごす。
1度目より遠く跳び、今度は追撃も届かない位置へ離れた。着地でよろめいていたが、近くの塀を掴んで踏み止まった。僕の記憶では、平らなコンクリートには指を食い込ませる事はできないはずだが、佐倉は当然のように指がめり込むほど壁を鷲掴みにしていた。
こうして見ると、やはり三上の体の動きは洗練されているように見える。素人目に見ても無駄がない。
対して佐倉は、力任せというか、まるで遊んでいる子供のようで、武術の心得があるようには見えない。
それでも、明らかに余裕があるのは佐倉の方だった。
「どうして私をさっさと殺さないの?」
「あはは、そんなに死にたい?」
「どうせ和泉でしょ?」
僕?なんでだ?
三上は答えない。佐倉はちらりと僕を見たが、すぐに視線を戻した。
「そうだよ。ただ殺すのは勿体無いもん。円ちゃんを壊したら、あの居酒屋を壊すよりも傷ついてくれるよね?和泉くん」
どうやら佐倉にはやっぱり余裕があって、こんな状況でも僕の心をどうやって折ってやろうか考えていたらしい。
誰かにこんなに思われるなんて初めての経験だ。
そんな想いに、こちらも熱意で答えなければいけないだろう。怒りの熱で。
「っ!この嗜虐ゴリラめ‥‥!」
「ちょっとー!その呼び方定着させるのやめてよー!?まさかアイギスでもそれで通ってないよね。やだよ、もっと可愛い呼び方にしてよ」
「そうだな佐倉、嗜虐というか残虐だ。それにゴリラというより鬼だ」
「ははっ、鬼はいいかもねー。あれも一説には異民族って話だもんね。姿形が同じでも、畏怖の存在として『人間』と呼ばれなくなった存在。私の目指すところではあるかもね」
皮肉も通じない。人間じゃないと言われて喜んでいるくらいだ。
佐倉は笑顔だ。
もう僕と、僕達と、同じ人間には戻ってくれないのだろうと理解してしまった。
「じゃあこれは鬼退治ね。そんな畏怖の存在でも、人間に取って代わることも、支配者になることも出来ていない。そんなものが幅を利かせる世になっちゃいけないのは歴史が証明しているわ」
「はあ〜?じゃあ私がその歴史を変えるよ」
「そんな地獄には、させない」
三上は駆ける。佐倉の手の届く間合いに入ると同時に深く身を沈ませる。
警棒は振らなかったのは正解だった。三上の頭があった位置に佐倉の腕が振るわれた。
離れた位置にも届く、風を切る音。野球選手のスイングを彷彿とさせる音だ。きっと当たった時の威力も、金属バットのフルスイングか、それ以上だろう。
佐倉の空振りによって崩れた体勢を狙い、今度こそ警棒を振るう。
低い位置から上へと最短の軌道で叩き込まれたそれは、佐倉の脇腹を捉えた。
「ぐっ‥‥うっ」
佐倉の声が漏れる。さすがにダメージは通るらしい。
しかし苦悶の表情のまま、再び三上めがけて腕を振るう。
三上はそれを警棒で受け止めたが、勢いを抑え込み切れず、少しばかり飛ばされた。
僕は駆け寄って三上の状態を確認する、見える範囲には目立った傷は無い。
「大丈夫か三上!?」
「全く効かないわけじゃなくて良かった。普通に痛覚はあるみたい」
「冷静に分析してる場合かよ」
「場合よ。敵を知れば百戦危うからずって言うでしょう」
「それはそうだけど‥‥!」
「大丈夫だから、とにかく和泉は隙を見て逃げなさい」
「あっ!おい!」
再び佐倉へと駆けて行く三上。
佐倉は警戒し、身構えている。
さすがに同じ手は通じないだろう。
それは三上もよく分かっていたようで、フェイントを織り交ぜた連打を見舞う。
警棒だけでなく、空いてる手での殴打や、蹴りも絶え間なく浴びせる。
まるで手順が決まっているかのように、踊りのように、正確に途切れることの無い攻撃は美しさすら感じられた。
さすがの佐倉も怪力を発揮する隙が無く、背を丸め、顔を腕で覆う防御の姿勢を崩せない。
「ぁぁぁ」
「ー!?」
「ぁあぁあぁあぁあ!!」
佐倉の雄叫びのような声と共に、三上は吹っ飛ばされて塀に背中を打ち付けた。
三上は力無く塀に背を預けたままゆっくりと倒れた。
地面に落ちた警棒の金属音が、夜の空気に虚しく響く。
「三上!!」
僕は見た。佐倉はただ乱暴に、警棒に頭を打ち据えられながらも防御を解いて、単純に三上を殴ったのだ。
それだけで三上のあの美しい技術は、佐倉の暴力によって破壊されてしまった。
三上に駆け寄る。息がある事に安堵するが、意識はない。
「いったいなぁ、もう〜」
声の方を見ると、佐倉の頭からは赤い血が顔を伝って流れていた。それでも自身の脚でこちらへ歩いてくる。
強かに頭を打ったはずなのに、見た目程のダメージは無いのかも知れない。
僕は三上の前へ、佐倉の前へと立ち塞がる。
あの鬼にとってはあっても無くても同じ壁だろうけども、それでも体は勝手に動いた。
「やめろ佐倉!もう十分だろ?早く僕を殺せよ」
「無理だよ。完全に頭に来た。見てこれ、頭に来すぎて血まで出てる。あはは」
「それは外傷だろ。早く帰って手当した方がいい」
「じゃあそこどいて?」
「それは、できない。殺すなら僕からでいい」
「駄目だよ。私は和泉くんの心が折れる所が見たいの」
ああ、駄目なのかーー‥‥
やはりこいつは、この生き物とは、分かり合えないのか。
言葉は通じているのに。
また今夜も、無力感に心が満たされる。




