026.衝突
「私達の思い出の場所だね。和泉くん」
「恋人みたいな言い方するな。2度と来る気は無かったってのに。たまに夢にまで出るんだぞここ」
「釣れないねえ〜!私がこんな事言ったら、大体の男の子は喜ぶんだけどな」
「モテてる自覚あったんだな」
「そりゃあね。どいつもこいつも可愛い可愛いって私を褒めてるようで見下してさ。顔から胸、腰からお尻、最後に脚まで、しっかりと値踏みしてくるんだよね。気持ち悪いったらないよ」
「男の端くれとして申し訳ないとは思うが、だからって男をズタ袋みたいにしたり、片腕をもぎ取るようなマネはやりすぎじゃないか?」
「足りないくらいだよ。見下していた私に向ける恐怖のあの眼、あれだけでご飯3倍は食べられるね」
「3倍って、普段は何杯食べるんだよ」
「一杯かな」
「じゃあ三杯でも良かったじゃないか‥‥」
微妙なイントネーションの違和感に、思わずツッコミを入れてしまった。
そんな場合で無い事は承知だ。
ついでに言えばもはやそういう関係でも無い。
そこまで面白い事は言っていないはずだが、佐倉はいたく今のやり取りが気に入ったらしい。
手を叩いて大笑いしている。
感情のままに体を動かして、大仰に笑うその姿は、とても自然な物に見える。
しかし佐倉つむぎを知る人間としては、違和感しかない。
「はぁ〜おもしろっ。やっぱり和泉くんのことは私が殺したいな〜」
ニッコニコの笑顔で、とんでもない事を言い放つ。
どういう思考回路をしたらそうなるんだ。
もうずっと口調と内容が合っていない。
「動じないで。こういうやつらなのよオーバーは」
「お、おう」
三上の言葉で我に帰る事ができた。
少しでも言葉を交わすと、すぐに向こうのペースだ。
「会話は楽しんだ方がいいよー?少しでも長生きしたいでしょ、秒の違いだとしても」
「今際の際だとしても、苦痛な時間が長ければいいとは思えないわね」
「ま、それは確かにね。でも他に聞きたい事は無いの?円ちゃんはそういう人だとしても、普通の人は、和泉くんはどうせ死ぬなら色々と知っておきたいんじゃないの?」
「ごめん三上、情けないけどその通りだ。少し時間くれ。じゃあ佐倉、僕のバイト先を壊したのはなぜだ?」
「和泉くんの反応が見たかったから」
即答に絶句。
間髪入れずに返ってきた答えだが、到底納得できるものでは無い。
やった行いと、それに対して得られるものが、これっぽっちも釣り合っていないじゃないか。
口が動かない僕に代わり、三上が質問を引き継いでくれた。
「それだけのために?」
「だけって言うけど、人の趣味を見下すのは良く無いよ」
「趣味、ね」
「趣味というか生きがい?私の生きる意味?まぁそんな感じ」
「なるほど、厄介ね。あなたは肉体的痛みや、暴力を振るう快感に加えて、人を精神的に痛めつける事にも悦びを感じるのね」
「ふふ、そうだね」
「今まで見たオーバーの中で、断トツで人類にとっての害悪よ」
「あはは!褒め言葉だからそれ!私はあなた達と同じ人間なんかじゃ無いの!その上の存在!人じゃない部分が大きいければ大きいほど、私が生物として高みに至っている証となる!」
負け惜しみだとか、無理をしているとか、とてもそんな風には見えない。つまり演技をしていない。本気で思っている事を口にしているのだ。
理解できない。じわりと恐怖が足元から這い寄ってくる。
でも駄目だ。相手のペースに飲まれるな。
「次の質問、いいか?」
「はいどうぞ、和泉くん」
「なんで僕なんだ?いや、もちろん僕が佐倉の事を惚れてるって事はないし、佐倉が僕を好いてくれるなんて思い上がりもしていないつもりだ。そう言う意味では、僕達は両思いじゃないか、無関心の」
「あっはっはー。正にそういうところだよ。私に関心が無いのが良いよね。ここでズタボロにしてやった男みたいにさ、私を力で無理矢理どうにかしようとしてくるやつを、逆に力で返り討ちにしてやるのも快感だけど。それは一時の、一瞬だけの快楽なんだよ」
「意味が分からない。その衝動に身を任せる事を楽しんでいるのがオーバーなんじゃないのか?」
「私もそう思ってたよ。でも和泉くんと出会ってさ、この人はなんで私に関心があるのに、私に近付いて来ないんだろうって考えたんだよ。初めて、人の心を知ろうとしたんだよ。そしたら段々と人には個性があって、心の形も人それぞれなんだって気になってきてさ」
佐倉はもはや僕を見ていない。暗い空を仰ぎ見て、熱にうなされるように、酒に酔うように、恍惚とした表情で語っている。
「それでね、その心ってやつも、壊したくなっちゃった」
「それでわざわざ、僕のバイト先を壊したうえに待ち伏せてたのか」
「そう。あの時の和泉くんの死にそうな顔は最高だったよ。苦労が報われたよ」
「あの時、人間を格なんて言って比べちゃ駄目だって言ってくれて、僕は嬉しかったんだけどな」
「ふふ、だって比べる事すらおこがましいじゃない。私の方が格上なのは分かりきっているのにさ。でもあの時、和泉くんは他の人と違って、ちゃんと格下の自覚があって可愛いと思ったんだよ。少しだけね」
「そういう意味だったのか。がっかりだな」
その顔には笑顔が張り付いていた。
目は僕に向けられているはずなのに、こいつは何処を見ているのだろう。誰に話しかけているのだろう。
何も分からない。
その瞳の闇に、飲み込まれそうだ。
「心を折るだけであんなに味わい深い和泉くんを、次はどう料理してやろうかとか、殺される瞬間にどんな顔するのかとか、そんな事ばかり考えてた」
「先輩の腕を奪ったのは、あなたの獲物である和泉に関わったからって事でいいのね?」
「そうだよ。弱いくせに、私がやりたい事を先にやった報い。腕だけで許す気は無かったけど、逃げるのだけは上手だったよあの人」
楽しそうに武勇伝を語る佐倉に、かけられる言葉が見当たらない。
「しっかりして和泉!」
「邪魔しないでほしいなあ円ちゃん。せっかく私が話しているのに」
「あなたの事は分かったわ。オーバーを更にオーバーしてしまったのね。度を越した怪物だわ。本当に度し難い」
「ま、理解できないよね。ただの人間なうえに、アイギスだものね。世界の理に、人間の進化に逆らうような組織にいるくらいだもんね」
「あなたが世界の理を語るの?人間のルールすら守れないあなたが、人間より高次の存在だと?」
「だから、人間なんて枠組みは邪魔なだけなの。私にはねっ!」
佐倉が放たれた矢のように、真っ直ぐ三上へと襲いかかる。
金属音がした。三上の警棒と、佐倉の手がぶつかり合った音だ。
警棒はまだしも、あんな音を出すなんて佐倉の手はどうなっているんだ。
佐倉は手を引っ込め、一度距離を取った。
手には特に異常は無いようだ。
ひとつ言える事は、佐倉の手は金属と同等の強度を持っていて、そりゃコンクリートの壁だって破壊できたわけだ。僕なんかがあの手で攻撃されたらひとたまりもない。
僕を蚊帳の外にして、2人は無言で向き合っている。
三上の表現は固く、佐倉は柔らかい微笑みを浮かべている。




