025.正体
佐倉、僕、三上、3人横並びで歩いている。
なんだこの状況。
本当にラブストーリー、いやラブコメじゃないか。
さっきまでの殺伐とした雰囲気が嘘のようだ。
さすがの三上もあの状況を誤魔化しきれず、佐倉の勢いに負けてアパートへと向かう事になってしまっている。
「いやー、男友達の家に行くなんて子供の頃ぶりでちょっと緊張するねー」
「その割には早い決断だったな」
「だって楽しそうじゃない。あのまま帰ったら後悔しそうだなと思って!」
「佐倉さん、和泉くんのお家なんて楽しく無いわよ?」
「円ちゃんは行ったことあるの?」
「いえ、無いけれど‥‥」
「本当かなぁ?本当に付き合ってない?私邪魔?」
「大丈夫よ、でもこの辺は変質者が多いから早めに帰りましょうね」
「え゛そうなの!?」
嘘は言っていないが、あれを変質者なんて可愛いものではないだろう。
「ああ、ドSで嗜虐趣味のゴリラが出るんだ。この前も駐車場の塀が壊された。佐倉が見た僕のバイト先も、そいつの犯行って説もあるくらいだ」
「ちょっと、和泉」
死角から三上に脇腹を肘で小突かれた。
『別にこれくらいはいいだろ』とアイコンタクトを送る。
そもそも嗜虐ゴリラも僕達が勝手に呼んでいるだけで、機密事項でも、絶対の禁句でもないのだ。
「ええ!?日本に野生のゴリラが‥‥!?ってさすがにそれに騙される天然キャラでやってないからね」
「残念。我が大学きってのアイドルだと思ったのに」
「アイドルが天然キャラばかりなんて偏見だし、私はアイドルじゃ無いよー」
そう言って上目遣いで頬を膨らませる姿は、十分にアイドルだった。素直に可愛い。
「鼻の下が伸びているわよ和泉くん」
「んなっ。そんな事ねえしっ!」
「はぁ。ついでに靴紐がほどけそうよ」
足を止めた三上が指差した足元を見ると、確かに靴紐が緩んでいる。
こんな状況でも周囲の観察を欠かさない三上には頭が上がらない。
頭は上がらないが、鼻の下だけ伸ばして、僕は本当に役立たずだ。
急いでかがみ、紐を力の限りキツく締める。
「本当にごめん三上、気をつける」
「和泉くん、そこまで落ち込まなくてもー」
別に靴紐に対して深く反省したわけでは無いのだが、説明のしようもない。
「すまない三上、佐倉、待たせた」
「ううん、全然」
「‥‥‥‥‥‥」
「三上?」
三上は動かない。何か思案している。
佐倉の立つ、十字路へと目線を落として。
「‥‥佐倉さん、あなたなの?」
「え?何が?」
「さっきの話のゴリラよ」
「ひどっ!私がゴリラって!」
「おいおい三上!どうしたんだよ、緊張しているのは分かるけどそんな誰も彼も疑ってたんじゃー」
「和泉!下がって!」
三上は僕の襟元を掴み、自分の背後へと引き寄せる。
相変わらずこの細腕のどこにそんな力が。
思わずバランスを崩して倒れそうになるが、なんとか耐えた。
それよりも、佐倉にこの状況をどう誤魔化す!?
三上の目は据わり、真っ直ぐに佐倉を見つめている。
いや、見つめているなんて生優しいもんじゃない。隠そうともしない敵意、集中、この近くでオーバーを打ち倒した時だってここまでの緊張感は無かった。
素早く警棒を取り出して、佐倉へと構える。
もうどう誤魔化したってこの2人の関係は終わりだ。
だがそれは、いらぬ心配だったらしい。
「へぇー、なんで分かったの?知ってた?」
「さ‥‥くら?」
佐倉は相変わらず微笑んでいる。
街灯の光が佐倉の目元に前髪の影を落とし、不穏に見える。だがそれは影の演出だろう。佐倉は何も変わっていないはずだ。そうであって欲しい。
「あなた今、私と和泉が立ち止まったのに、当たり前のように和泉の家の方へ曲がろうとした」
「それだけで?たまたまだよ」
「そうね、それだけよ。でも、その違和感を見て見ぬふりをしていたら負ける気がする」
「勘?」
「そうね、勘と言えばそう。でも大事じゃない?勘ってそれまでの人生経験が積み重ねられた結果の本能にも似た判断力。私の勘が引っかかるのは見過ごせない」
「そうなんだー。どうでもいいけど、その嗜虐ゴリラはやめてよ。癇に障る」
「佐倉!?」
微笑んでいた、細めていた佐倉の眼が開く。
爛々と輝くその瞳は、獲物を狙う獣のようで、決して好ましい相手に向けるようなものでは無いことだけは確かだ。
「少し焦り過ぎたかなー」
「認めるのね」
「私としてはもう少し遊びたかったかな。ね、和泉くん?」
「な、マジ、なのかよ」
「あははははは!まだその段階!?可愛いけどさあ、早く状況に追いついて来ないとすぐ死んじゃうよ!?」
佐倉の笑い声は甲高く、その口を開けば開くほど、僕の知っている佐倉つむぎの印象とは離れていく。
これは誰だ、何なんだ?
「円ちゃんは昨日のロン毛の仲間ってことだよね」
「そうね」
「ふーん。じゃあ戦うんだ」
「そうね」
「和泉くんを置いてってくれたら見逃すよ?そもそも円ちゃんに興味無いしさ」
そう言いながら、自然に佐倉つむぎは歩き始める。
僕と佐倉は、距離を保ったままその背中を追って行く。
何度か『逃げろ』と目配せがあったが、従ってやらない。
それに仮に従ったとはいえ、逃げ切れるものでは無い。
「なぜそこまで和泉に執着を?」
「別に理由とかは‥‥うーん、楽しいから?」
「好きなの?」
「あはははは!今更恋バナ?この前はノってくれなかったのになー。でも恋愛感情は無いよ。私が人間に恋をするわけないじゃないの」
「そうね、そういうものだものね、あなた方は」
「らしいね」
「自分がどういう状態か把握してる?」
「まぁ、ちょっとはね」
「それは誰から聞いたの?」
佐倉は答えなかった。
誰とは答えなかったものの、それは暗に、誰かからはオーバーというものについて聞いているということか。
「死ぬ前に少しでもアイギスにせめて情報だけでも貢献しようとしてるの?やめなよ、あんなものに尽くすなんて」
「っ!?アイギスまで知ってるの‥‥」
三上は珍しく、見るからに狼狽した。
話の流れ的に、三上の属する組織の名前だということは分かった。
あんなにも徹底して秘匿していた組織を、佐倉は知っている。
この中で僕だけが、何も知らない。
「オーバーだのゴリラだなんて呼んで馬鹿にしてるから足元すくわれるんだよー?私からしたらそっちの方がよっぽど馬鹿なんだから」
「三上、オーバーも組織的なのか?」
「いいえ、でもオーバー同士が交流がある事自体は珍しい事じゃ無い。おそらく組織もある」
「安心して、私は1人だから」
「あなたは随分と理性があるのね」
「見下さないでくれる?とはいえ、確かに我慢はしてるね。それも全力で。気がおかしくなりそうだよ。お腹空いてるのにお預けくらってる気分」
振り返らない佐倉の表情は分からないが、いつもの明るい口調と、その内容の差異に頭がおかしくなりそうだ。
もしくはとっくにおかしくなっていて、これが僕の妄想では無いかと思うくらいだ。
「さて、ここでいっか」
開けた場所に出ると、佐倉はようやく振り返った。
両手を広げ、抱擁でも待っているかのように微笑む。
見覚えのある場所。
コンクリートの壁に囲まれ、アスファルトが敷かれた駐車場だ。




