024.勇者
「それで、先輩とあの女の交わした話の内容は教えてもらえないのか?」
「卑屈ね。教えてもらえない事が前提の質問になっているじゃないの」
「お前が僕をこうしたんだよ」
「覚えがないわ。勝手に調教されないで変態」
「変態!?せめてもう少し捻ろよ!ストレートすぎる!」
相変わらずの毒舌。しかしそんな毒に安心してしまう。
抜け切ってしまった毒が、戻ってきた。
三上の言う通りに、僕は知らず知らずのうちに調教されていたのかも知れない。
「まあ会話をしたというよりは、先輩が一方的に絡まれたみたいだけど。あれは『私の獲物に手を出すな』『余計な事をするな』『今すぐ私達の前から消えろ』と言ったの。なぜ先輩にそんな事を言ったのかは、先輩が頑なに口を割らないから分からないけど、和泉には覚えが‥‥あるのよね?」
一際声を潜め、いつもの見透かすような鋭い視線。
やはり誤魔化しきれてはいなかったか。
「ごめん。正直に言うと、レイとは昨晩やり合った」
「はあ‥‥そんな事だろうと思ってたけど、まさか本当にそうだとは。先輩も言わないわけね」
三上は痛みを抑えるかのように頭に手を置く。
「そんなにまずいのか?」
「まずいもまずい。一般人とやり合うなんて」
「僕から喧嘩売ったとこもあるからなー。責任感じる。まぁ一瞬で倒されて、地面をベッドに天を仰いだわけだが」
「あなたが賢くない事は分かっていたつもりだったけど、ここまでだったなんて驚きだわ。驚天動地とはこの事ね。天も地も巻き込まれていい迷惑でしょうよ」
「ごめんって‥‥」
「でもあなたの愚かさの罪より、先輩の罪は重いの。多くは語れないけど、それで察して。都合の良い事を言うようだけれども、こちら側へはそれ以上質問をしないでくれると嬉しいわ」
「それはもちろん」
「そう、優しいのね。ありがとう」
表情は変わらないが、三上の安堵が伝わってくる。
この三上が、あのレイが、そこまで恐れる組織とはいったいどれほどの力を持っているというのか。
そんな組織に下手に殴り掛かったら、今度こそ天を仰ぐ程度では済まされないかも知れない。
「じゃあ僕は普通に暮らしていればいいのか?」
「基本的にはそうね。でも私が寝食を共にするわ」
「はあ!?」
「見守るって言ったでしょ。でもたぶん、そんなに長くはならない」
三上はいつになく真剣な表情だ。
それこそ、何か覚悟を決めたような顔をする。
その緊張は僕にも伝わり、とてもじゃないが異性と寝食を共にするという人生初のビッグイベントに感情を向ける事ができない。
「長くはならないってー」
「昨日あなたと関わった先輩は、昨日のうちにぶちのめされた。そういう相手よ」
「ぁあ‥‥」
つまり、僕を見守りながら増援を待つとは言ったが、間に合わないという事だ。
なるほど、三上が覚悟を決めらざるを得ないわけだ。
そしてそれは、絶対に他人事では無い。
僕もこの瞬間から、覚悟を決めなければ。
三上の覚悟に報いるためにも。
彼女はトレイを片付けるために席を立つ。
そして目も合わせずに言った。
「おそらく、私は死ぬ事になるから」
店を出て、電車に乗る。
沈黙が重い。
昨日感じた喪失感は無い。
僕の隣には三上がいる。
だと言うのに、これから再び喪失感を迎える事が確定しているなんて。
本当は今すぐにでも、地面に転がって、童子のようにのたうち回って『いやだいやだ』と泣き叫びたい。
でも僕は大人になってしまった。
世間的に見たらまだまだ若輩でも、さすがに感情を爆発させただけで世の中が思い通りにならない事は知っているので自重する。
現に昨日もそうだった。
そう思うと、昨日のアレも無駄では無かったのかも知れない。
僕には、僕の願いを叶えられるだけの力が無いと、骨身に染みている。文字通り骨と身を軋ませたそ甲斐もあったというものだ。
それに僕より強いとはいえ、僕より小さな女の子が隣で覚悟を決めているのだ。おかげでギリギリのところで自我を、プライドを保っていられる。
一生を1人で生きていくことになると薄々と感じていた僕が、こんな美女と共に生涯を終えられるなんて、恵まれている気さえしてきた。
駅を出て、階段を降りる。
あたりはすっかり暗くなっている。
僕達の残り時間も刻一刻と減っていっているのだろう。
「ねえ、本当に逃げてよ。その顔、なんか覚悟キマっちゃってるでしょう」
「ははっ。そんなバカな。オトリは交代なんだろ?後は任せたぜ」
そう、僕は『ここは任せた』と先へ行くタイプ。そう決めていた。
数日前まではそうだったし、今もこうして口に出して言い切ってやった。
その言葉通りに行動するかは、僕の事をどう評価するかは、もはや知った事じゃ無い。
ぁあ、なるほど。勇者達もこういう思いだったのか。
正解が分かっていても、間違えたい時もあるのか。
「冗談で言ってる場合じゃ無いの。本当に分かってる?命がかかってるの」
「はははは、どうした三上。珍しく余裕が無いな」
「逆になんであなたはそんなに落ち着いてー‥‥」
駅前の人の群れの中から、見覚えのある姿が近付いてきた。
女だ。
遠くて顔ははっきりと見えないが、明らかにこちらに向かって来ている。視線が突き刺さるようだ。
瞬時に気持ちを切り替えて警戒し、隣の三上に小さく声をかける。
「あいつか?こんな人混みで、どうする」
「‥‥待って、違う」
三上は腰に当てていた手を下ろし、向かってくる女性を迎えた。
その女性とここで会うのは2度目だ。
「こんばんは、佐倉さん」
「こんばんは円ちゃん。和泉くん。奇遇だねえ」
「佐倉か。またサウナ?」
「そそ、サウナ!というか、『佐倉か』って言い方。なんかがっかりしてる?ひどいなー」
「いやいや、こんなとこで会えて嬉しいよ」
言ってから『しまった』と思った。
このままでは佐倉の好感度が上がり、フラグが立ってしまう。さっきまでサスペンスかホラーだったのに、突然ラブストーリーが始まってしまう。
僕はあくまで平穏なキャンパスライフをーー‥‥いや、それももういいのか。
学友と話すのも、これが最後かも知れない。
「本当に、会えて良かったよ」
「ええー、なんか照れるんだけど。和泉くんそんなキャラだった?なんだかストレートだね」
「そうか?それはマズイな。帰って来たら、もっと自分の気持ちを素直に言うようにしようかな」
「なにその死亡フラグ、2人でどっか行くの?」
そっちのフラグはすでに立っていたのだが、佐倉が知る由は無い。
諦めにも似た境地で、いっそ清々しい気持ちで話していただけだ。
だがやはりそういうものも伝わってしまうのか。
相手がコミュニケーションの熟練者、佐倉だからかも知れないが。
「ええ、ちょっとこれから、和泉くんのお家に本を借りにね」
「こんな時間に?というか、それなら私も和泉くんのお家行ってみたいなー!」
「ぇえ!?」




