023.執着
今日という日のほとんどの予定を占めていた大学を背にして、駅へ続く道へと踏み出す。
もう何度目かも、何歩目かも分からない
何歩はさすがに無理にしても、何度登校したのかは出席を確認すれば分かることだが、別に興味も無いのでこの疑問は放置する。
昨夜は最低の夜だった。
怪我は無い。
体には、だが。
心には深い傷を負った。
人生で一番の無力感を味わった。
あの男が言うように、力が無いと満足に自分の願いも叶えられない。不憫な上に不便でもある。
僕にしてはかなりの激情を持って、自分という存在を懸けた勝負だった。
少しの奇跡が起きても良いくらい、全身全霊をかけたと言って過言では無いのに、結果は何も起きなかった。
それはそうだ、僕は勇者の末裔で眠れる力があるわけでも無いし、結果に繋がるような努力もしていない。
都合の良い結果なんて得られる要素なんてこれっぽっちも無かったのだ。
かたやあちらはプロだ。本当の意味で命懸けのプロだ。結果は火を見るより明らかだった。
「はぁ‥‥」
大きなため息を吐く。
昨日から息を吐いてばかりだ。
それも仕方が無い。
昨日抱いた喪失感は、喪失が確定してしまった。
最後のチャンスをものにする事ができず、三上との縁は切れてしまった。
返って来たというよりは、返されてしまった日常。
「はぁ‥‥」
二度目のため息を吐く。
「はぁはぁうるさいわね。変質者なの?」
「っ!?」
背後から聞こえた声に、自分でも驚く程の速さで振り返る。
だが自分が歩いて来た道が伸びているだけで、そこに知った顔は無かった。
「どこ見てるの」
再び驚く程の速さで横を見ると、いつの間にか三上が隣に並び立っていた。
「な、なななななななっ!?」
「なによ。日本語で話してくれない?それとも銀行の暗証番号でも教えてくれてる?全財産を私に貢ごうとする心意気は買ってあげてもいいけど、その馬鹿丸出しで安直な暗証番号は今すぐに変えるべきだと思うわ」
「なんでいるんだよ!なんで全財産貢がなきゃいけないんだよ!そんな簡単な暗証番号でも無い!」
「元気いっぱいで羨ましい」
「誰のせいだ!?」
「なに?私のせい?だとしたら感謝しなさい。パンひとつも渡さずに元気100倍にできるなんて、あのヒーローをも超えるのね私は」
「そこまで言ってない!なんで普通にいるんだよ!?任務は!?レイは!?」
三上は珍しく、僕の勢いに気圧されている。
だがすぐにいつもの飄々とした、威風堂々たる三上に戻る。
声の大きさと内容を嗜められた僕は、そのまま近くの適当なファストフード店へと連れ込まれた。
「外であの話をしないで。正気を疑う」
「す、すまん」
三上の唇からは細いポテトが飛び出ている。
なんとなく、三上がこういったものを食べるのは意外だった。雰囲気がどことなく浮世離れしているせいかも知れない。
「外はダメなのにここはいいのかよ。人多いけど」
「逆にこれだけうるさければ、誰も私達の話なんて耳に入らないの。それでも小声で、言葉には気を付けてね」
「分かった‥‥それで、なんでまた現れた?」
「さっきから何なのその質問?まだ片が付いて無いんだもの、そりゃいるわよ」
「だって昨日レ、あの男がーー‥‥」
「先輩に会ったの?いつの間に」
三上の眉間に皺が寄る。それでもポテトを口に運ぶ手は動いている。
それを本気では怒っていないサインだと都合の良い解釈をして、話を続けた。
「昨夜ちょっとな。それで、片付いて無いとは言ったが、進捗はどうなんだ?見つけられないなら僕がまたー‥‥」
「いえ、結構すぐ見つけた。そこは流石に先輩だった」
やはり口だけでは無いというか、でかい口を叩くだけの実力はあるらしい。
オーバーを見つけたのはあの後だろうか。仕事が早い。
「それで先輩は負けた」
「‥‥‥‥‥は?」
「負けた。1人で見つけて、1人で戦った。私が駆けつけた時にはもう結果が出ていた」
「死‥‥んだ?」
「いいえ、幸い右腕一本で済んだみたい。今は施設で治療中だから私も詳しくは。対してあちらさんは五体満足らしいの」
三上は一際小声だったが、はっきりと耳に届いた。
あの男が、負けた?しかも腕一本失う大怪我を負って。
「マジか‥‥あの男でも歯が立たないなんて」
「ずいぶんと先輩の事を高く買ってたのね。戦ってるとこ見た事あるの?」
「いやいや無い、けどさ。三上だって先輩には敵わないみたいな事言ってたじゃないか。三上の戦いは見た事あるからさ」
三上は怪しんでいるようだったが、ポテトを口に入れるとそれ以上は追求して来なかった。
さすがに喧嘩を売ったなんて言えるはずも無い。
しかもその結果もアレである。
そしてその結果となるに至った原因でもある三上本人がこうして目の前にいるのだ。本人にあんな事がバレたら目も当てられない。
「それじゃあまた増援が?」
「来るとは思うけど、すぐにってのは無理かも」
「なんで?」
「負けてしまったとはいえ、あの先輩は結構優秀だったの。あの人で敵わないと、それより上の人が出て来なきゃいけないでしょう?でもそんな人達なんて忙しい人達だからすぐには来れない。単純に人手不足」
「三上はどうするんだよ」
「このまま待機。もちろん被害が拡大しないように見回りとかはするけど、こちらから積極的に挑むのは自重するように言われた。こんな事は初めて」
三上は窓の外を睨むように見ながら、ストローからドリンクを飲んだ。
ポテトはいつの間にか消えていて、その入れ物はキレイに折り畳まれている。
「僕にできる事はあるか?」
「こうなると無い。けど、和泉は保護対象になった」
「保護‥‥?天然記念物みたいな?」
「どこの国があなたを国をあげて保護するのよ。税金の無駄遣い。私が、あなたを見守るってこと」
僕の保護に税金が使われないというのであれば、どうやら三上の属する団体は、税金で動いているわけでは無いらしい。
これだけの事を秘密裏にしているのだから、国の特殊部隊というパターンも考えていたのだが。
いや、そんなことよりもーー‥‥
「僕を見守るだって?」
「そう。やっぱり嗜虐ゴリラは和泉に執着していると思う」
「前の話では『僕らに』だったよな?」
「そう。『和泉に』なったのは、昨日の先輩の話から」
「ほう?」
「先輩はあのゴリラと会話をした。そして明らかに、あの女は和泉に執着しているって」
「なんだって、僕に‥‥」
「さあ?でも今までの経験で言うと、オーバーとは言え人間。学校とか会社とか、何かしらのコミュニティに正式に属していて、急に生活圏を変えるわけにはいかない。でも衝動には抗えない。だから自分の生活を守るためのせめてもの抵抗として、目撃者は殺す」
「なるほど」とは言い難い。自分だったらまず引っ越すし、暴力行為をしばらくは我慢する。
そんな事を愚痴る僕に、三上は言う。
「あいつらに『我慢』って概念は無いの。むしろ目撃者の排除は、破壊衝動を満たせて一石二鳥くらいにしか思っていないと思うわよ」
「なるほど?」
納得したくは無いが、今度は納得してしまった。
価値基準が違うんだ。
僕なんかは保身を第一に考えてしまうけど、あいつらはそんな事は二の次という事だろう。
オーバーと揶揄されるだけの事はある。人間の枠組みの中で、常識内で考察しても、やつらはもうその中にはいないのだ。理解出来るはずがない。




