021.孤独
教室の一番後ろの席を陣取った。
本日ラストの講義を不真面目に受けるためだ。
寝不足の目を擦りながら腰を下ろす。
先に座っていた生徒達はスマホを触ったり、漫画を読んだりとヤル気が見られない。
間違いなく僕の同志だ。安心感がある。僕もここにいていいんだ。
安心感に包まれながら瞼を閉じる。
再び目を開くとタイミングよく講義が終わっていた。
ガヤガヤとした喧騒で目が覚めてしまった。
もう少し寝ていたかったが、それなら自宅に戻ってからいくらでもできる。
今日、これからの予定は無い。
アルバイト先を失い、昨夜は三上を失い、やる事がない。
『三上を失い』っていうのは違うか。
元々僕のものではない。ではこの喪失感は何だろうか。
使命、運命、覚悟、友人‥‥?
僕自身にも分からない。
ひとつ言える事は、何の変わりもない日常が返ってきた。
マイナスからゼロに戻っただけ。
いや、どちらかと言うとマイナスか。失って戻らない物がある。
あんなに恐ろしかったのに、あの時間を名残惜しく思っている。
このまま座っていても仕方がないので教室を出る。
校内に残っている生徒もいるが、日中に比べると明らかに少ない。
少し期待したが、今日は佐倉も姿を現さない。
いよいよ時間を持て余してしまう事が確定した。
つい何日か前まではこれが普通だったというのに、僕はもう夜の過ごし方を忘れてしまったようだ。
「帰るか‥‥」
答える者は誰もいない。孤独が身に染みる。
1人でいる事に、疑問なんて抱いた事は無かったのに。たった数日でこのザマだ。人間は群れるように遺伝子にプラグラムされているのか?
思えば僕も1人でいる事を好んではいたが、それでも常に周りに人はいる環境だったように思う。
大学内の名前も知らない生徒。アパートの隣人。街を歩く人々。
それに僕は気分が落ち込んだ時に、人混みの中に身を置きたがる悪癖がある。
寄り添って優しくされたいわけじゃ無い。人の気配さえあればいいのだ。その行動原理は自分でもよく分からなかったが、あれも本能だったのかも知れない。
所詮は群れの中で、安全な孤独を噛み締めていただけの寂しがり屋だったんだ。
このまま今日も、意味もなく駅の中を行き交う人々を眺めていようか。
視線を落とし、石畳を見つめたまま大学の敷地から出た。
駅までの道には、僕と似たようなペースで歩く同年代の男女の姿があちこちに見えた。
その道を、ペースをさらに落としてゆっくりと歩く。
今日の今日まで気にしたことなんて無かったが、初めて街路樹の種類なんて考えてみる。だが、そもそも木の知識なんて無いので、正解に辿り着く事はできない。
隣に誰か歩いていれば、答えが出て来たのかも知れないが、僕の隣にはそんな頼れる人物はいない。
これが孤独の限界だ。
僕は自宅のベッドに仰向けになり、ただ呆然と天井を見ている。
ちなみにスマホは一度も鳴っていない。
ここ数日の出来事がひたすら頭の中を巡っている。
平穏な夜だ。望んだものが、時間が手に入ったというのに、この喪失感は何だろう。
「はぁ‥‥」
このため息も何度目だろうか。周りに人がいたら、『どうしたの?』と聞かずにはいられないであろう音量のため息。我ながらとんだかまってちゃんだ。だが幸か不幸か、この部屋には僕しかいない。
もし誰かいたらどうだろうか?
佐倉なら優しく『どうしたの?何か悩みでもある?』
三上なら『頭どうかしたの?あなたに悩みを持つような感性がある?』
といったところか。
「くそ、またあいつらの事ばかり考えているな」
我ながらこんなに他人に気を取られてしまう人間だったとは。
いや、でもそれも仕方がない事だとは思う。あの2人は対極ながらも、僕の人生に爪痕を残すには十分すぎる個性の持ち主だ。まるで太陽と月。どっちがどっちなんて言わなくても分かるだろう。
なんにせよ、手が届くとは思っていないけども、同じ世界の住人なんて思い上がる気もないけれども、それでも一度その存在に気付いたら、ずっと見える所にはいて欲しくなってしまう。
それ無しの人生はあまりも暗すぎる。
今までは暗さに気付かなかっただけなのだ。
「あー、くそ。僕は大馬鹿野郎だ」
ベッドから起き上がると、先日買ったはいいが大して活躍できなかったランニングシューズに足を突っ込む。
僕は玄関を開き、夜の街へと飛び出した。
分かっている。なんて愚かな事をしているのか。
こんなこと、ほぼ自殺だ。
それでも今は、この衝動を朝まで抑え切れる気はしなかったのだから仕方が無い。




