020.先輩
「カフェでの私の進行もなかなかのものだったでしょう?」
街灯の明かりで、三上の得意げな顔がよく見える。
よくそんな事を言えるものだ。
思わず開いた口が塞がらない。
僕達は今日も今日とて、深夜のパトロール中だった。
もはやオトリの意味も無いので、こうして肩を並べて雑談を交えつつ周囲を警戒している。
「お前はもう少し人間の心というものを学んだ方がいい。佐倉のおかげで変な空気にならなかったけど、親しくも無い相手に、初手でぶちかます話では無かったぞ」
「なんでよ。和泉に人の心をどうこう言われたくないわ。心外よ」
「あのなぁ。確かに僕も胸を張れるようなコミュニケーションスキルは持ってないよ。でもな、いきなり『彼氏いる?』なんて余程の恋愛脳か、ナンパ師くらいしか聞かない。お前は佐倉と恋仲になりたいのか?」
「そんなわけないでしょ。‥‥彼女とそんな仲になるなら、私は和泉くんの方が‥‥」
三上の上目遣いに、しおらしい態度に、心臓が静かに跳ねる。
じっと見つめてくる三上の瞳は、いつもの射るような目線では無い。熱っぽく潤んでいるように見える。
「ぼ、僕は‥‥‥」
「ふっ、馬鹿ね。こんな手に引っかかるなんて。しかも私相手に。和泉は女なら誰でもいいようね」
「お前っ‥‥!」
意外と器用な真似をするじゃないか。
少しだけ意識してしまった。少しだけ。
それにしても『私相手に』と言ったが、こいつは己の容姿の優秀さに気付いていないのだろうか。
いや、きっとそんな事に興味も無いだけだろうな。
人に認識されないように生きてきたら、容姿に触れられることも無かっただろう。
そう思うと、意地の悪い、悪意のこもった笑いでも、少しでも多く笑っていて欲しいと思う。
「そういえば、増援が来てくれる事になったの」
「増援?三上みたいなプロが来るってことだよな」
「そ。私の先輩がね。理性が強く、力も強い事を報告したら、この件の警戒レベルが上がったの。先輩は私より優秀だから、私なんか敵わないくらいの人だから、すぐ片付くかも知れない」
そうか、ようやく平和が戻ってくるのか。
平々凡々たる僕の人生が戻ってくるのか。
普通の大学生が、こんな何度も死ぬような目に遭う事なんて無いのだ。普通は。
でも、それはつまりー‥‥
「この件が片付いたら、三上は?」
「まぁ、今まで通りなら次の任務。他の街に行くと思うわ」
「‥‥そうか」
「なに?寂しいの?」
「そそそんなわけ無いだろうっ」
反射的に否定したのだが、確かに僕の声とテンションは明らかに下がっていた。
言われて初めて自覚した。
僕は寂しいのか?
確かに、こんなに毎日のようにつるむような友人のような関係は、大学に入って初めてだった。
でも、それだけじゃ無い気がする。
そもそも友人かと言うと、かなり怪しい関係だし。
人間のために、僕達のために戦っている人達がいると知ったうえで、僕は何もしない日常に戻るというのか?
ぁあ、これが三上が言った『知らなかった自分には戻れない』なのか。
「僕も三上の所で雇ってもらえないもんかな。バイト先もあんな事になっちゃったし」
気まずさを誤魔化すように、軽口を叩く。
僕はマゾヒストでは無いが、今だけは三上の小言を、さらに罵詈雑言を受け入れよう。今だけは必要だから。
だけど、三上は期待に応えてくれなかった。
「やめておきなさい。本当に、本当に‥‥」
いつもの無表情ではあるが、目を伏せている。
どんな感情かは読み取れないが、冗談でも言っていいような話では無かった事だけは伝わってきた。
三上はいったい今までどんな経験をしてきたのだろうか。
流石の僕でもそれを聞くのは禁忌である事は分かる。
僕のためにも、三上のためにも、この話を続けてはいけない。
「なぁ、ところで今日はどこに向かっているんだ?」
「人の話聞いてたの?その耳は飾り?何の加点要素にもなってないから外したら」
今は罵詈雑言いらないんだよ。
いや、三上も、三上なりにいつもの調子を取り戻そうとしているのかも知れない。
「はいはい悪かったよ。いいから答えを教えてくれよ」
「先輩が来るって言ったでしょう。今日までの経緯を報告しに行く」
「来るって言ってたけど今日とは聞いてないよ!」
おいおいマジか。ってことは三上がいるのも、下手をすれば今日までって事か!?
下手をすればなのか、上手くいけばなのかは、悩ましい所なのだけれども。
兎にも角にもらあの嗜虐ゴリラを倒す日は近いって事じゃないか。
別れの日は近いって事じゃないか。
「ちょっと、こんな夜中に大声出さないで」
「くっ、それはそうだけど」
話しながら住宅街の角を曲がると、すらりとした影が立っていた。
このタイミングで!?
反射的に身構える。
三上も一瞬腰に手を回そうとしたが、警棒が取り出される事は無かった。
姿勢良く直立し、大きくは無いが通る声で、人影に声をかける。
「お疲れ様です先輩」
「ああ、お疲れミカミ〜。元気してた?」
影が街灯の明かりが届くところまで歩み寄って来る。
かなりの長身で、髪の長い男性だった。
年齢は少し上くらいか?近付かないとよく見えないが、薄っすらと化粧をしているように見える。
第一印象は獣退治のプロというよりは、ホストだとか、バンドマンのように見える。
「で、君が和泉くん?俺の名前はレイ。本名じゃないけどね。短い間だけどよろしく」
自己紹介をしながら目の前まで歩み寄って来る。
面と向かうと、やはり大きい。190はあるんじゃないのか?
シンプルな白いワイシャツに、タイトで真っ赤なレザーパンツ。武器を持っているようには見えないが、三上の警棒にしたってそうだから一概には断言できない。
「ええ、僕が和泉です。初めまして」
「へえ。君の事はミカミからの報告で知っているよ。本当に普通の男の子って感じだ」
三上の方を見るが、無言だ。
オーバーと対峙した時に見せた、プロの顔をしている。
「ミカミ、報告書にあった通り精査済みとはいえ、本当にこの子にレベル2までの情報開示して大丈夫なの?役に立つ?」
「情報漏洩に関して言えば、まず大丈夫かと。役に立つかで言うと、自信ないですが」
そこはフォローしてくれないんだ。少し寂しい。
確かに特別役に立てた覚えも無いけども。
それにしても、この男は本当に僕の事を見下している。
三上も僕を見下しているが、そんな生易しい物ではない。
三上はあれで、僕という人間を尊重してくれている。
だけどこの男は違う。
「ふ〜ん。いつもマジメで堅物のミカミちゃんがそう言うならいっか。ま、俺が来たからにはもうお役御免だ。安心しなよ」
乾いた声で男は笑う。明らかに笑う場面でも、感情でも無いだろうに。
「さて、ミカミちゃん。オーバーの事聞かせてよ」
三上は無言で僕の隣を離れ、レイと名乗った男と闇に消えていった。




