019.昼食
午前中の講義を終えた。
僕、三上、佐倉の3人は大学から近いカフェへ来た。
どういうメンバーだ。
誰でもいいから『なんでやねん』とツッコミを入れて欲しかった。そしたら僕は『こりゃまた失礼しました〜』と幕を下ろし、舞台裏へと戻って行くのに。
大学から近い店だが、同年代の客の姿は無い。
レトロカフェといえば聞こえはいいが、ただ古ぼけているうえ価格設定もなかなか強気の純喫茶。学生が学業の合間に寄るような場所ではない。
そんな店を選んだのは、もちろん昼食を摂るため。そして、今朝突然与えられたタスクを消化するためだ。
「こんなに早く実現してくれるなんて嬉しいなー」
佐倉はご機嫌だ。僕が三上に操られ、佐倉に送ったメッセージで昼食に誘って今に至る。
たしかにこれで、『3人でごはん』という任務は見事達成だ。
仲を深めるにはあまりに時間が足りないであろう休憩時間という時間制限付き。
そしてなかなか人目につかない店のチョイス。
ご機嫌な佐倉には申し訳ないが、事情を知る僕としては打算にまみれた親睦会にしか見えない。
そもそも陰の主催者に親睦する気が無いのだ。
だというのに‥‥
「私も嬉しいわ佐倉さん。急なお誘いに時間を作ってくれるなんて」
穏やかに微笑む三上。話し声も僕をなじる時とは打って変わって穏やかだ。
普段を知る僕からすると不気味である。
優しく佐倉のトークに寄り添っているものの、返答はとりとめのない、決して自分の核心には触れさせないような当たり障りのない内容だ。
佐倉が後日、この時間を振り返った所で、何の意味も無いようにしている。
やっていることは分かるが、それは僕が三上からそういう技術を使っている事を聞いたからであって、到底真似できるようなものではない。
「今日は和泉くんが奢ってくれるわ」
「え、なんで!?」
初耳だ。身に覚えが無いが、どうやらそうらしい。
まあ僕が招いた失態の尻拭いなのだ。この程度の慰謝料で済むなら良い方なのかも知れない。
だが改めてこの店は学生には不釣り合いな価格設定なのだ。僕にとっては何度も思い出す印象深い日になりそうだ。
「あ、ああ、もちろんだとも。先日ボーナスが入ってね」
「アルバイトにボーナス?しかも昨日あんな事になったのに‥‥」
「気にしないで、趣味は貯金と労働って言ってたから。アルバイトももう見つかったのよね?」
「そうなの?いや、そうだとも。何も心配いらないんだ佐倉。ここは僕に格好つけさせてくれよ」
「お言葉に甘えましょうよ佐倉さん。和泉くんが女性に食事をご馳走できるなんて今後無いんだから。彼にとっても誉れだわ」
「僕の人生をここで確定させるなよ!」
佐倉の印象に残りたくないんじゃないのかよ。
それともこれくらいじゃ僕の失態への溜飲は下がらないって事だろうか。
そんなやりとりを佐倉は楽しそうに見ている。
「あはは、やっぱり仲良しだよね。なんていうか呼吸が合ってる。和泉くんも活き活きしてるし」
「勘弁してくれ佐倉。僕はイジられて喜ぶ趣味は無いんだよ」
「そうかなー?素質はアリと見たね。私もついついイジりたくなっちゃうもん」
なんてことだ。学校のアイドル佐倉つむぎが、サディストだったなんて。これは一大スキャンダルでは無いだろうか。だが僕はマゾヒストでは無い。佐倉になじられたい男はきっと僕以外にいくらでもいるはずだ。ぜひ席を譲りたい。
「佐倉さんは恋人なんているの?」
三上が突然踏む込んだ。
なかなか突っ込んだ質問である。こういうことを土足で踏み込むと言うのだろう。
しかし彼女は土足で踏み込んだくせに、興味は無いのだ。
僕は事前に、この会の方針を聞いている。
基本的には僕達はボロが出ないように口数を減らし、佐倉に話してもらうのだ。
『トークテーマは私が考えておくわ。年頃の女の子が夢中になって時間を忘れるような話題なんて、お手のものよ』と言われたので任せたが、何という事だ。
こいつにとっては全く興味が無く、相手にも関心が無いものだから、この質問のデリケートさを分かっていない。
なんだその誇らしげな顔は、人の心が分からないのかお前には。
「ええっ!?突然だなー。まぁ、いないよ」
「ふうん。気になる人は?」
すごい踏み込む。礼儀がなっていないどころの騒ぎじゃない。土足でルームツアーだ。これじゃほぼ強盗だ。
しかし僕のコミュニケーション能力では、一度された質問を撤回させるなんてテクニックは持ち合わせていない。容赦なく時間は進んで行く。
「気になる人かあー。実はそういうのよく分からないんだよね」
「へえ?」
意外な返答だ。答えてくれたことも意外だが。それよりも、佐倉は人の心に精通しているプロフェッショナルだと思っていた。少なくとも僕達よりは。
それが自分の心が分からないなんて。
「あ、みんなには内緒だよ。円ちゃんも和泉くんもそういうのにあまり興味なさそうだから白状するけど、恋とかした事なくて。この人じゃなきゃ駄目!って1人に依存?執着?する感覚があまり分からないんだよねー」
「家族にもか?」
思わず口を挟んでしまった。僕も大概土足で歩き回ってしまうタイプのようだ。だけど一度踏み入れてしまったら後には引けない。引いたところで足跡は残ってしまうのだ。
「あ、誤解させたらごめんね!愛着は普通にあるよ。家族にも友達にも。なんて言うのかな、なんかうまく言葉にできないや」
3人で首を捻る。どうやら揃いも揃って恋愛には縁が無いらしい。
僕にだって、おそらく三上にだって、佐倉の言う事は分からない。
もちろん言葉の意味は分かる。理解不能なのは感覚の方の話だ。
1人の他人が、自分の一番になるという感覚が分からないのだ。
「ごめんなさいね。私もうまく答えられなくて」
「僕も同じく」
「あは、でも2人と話せて良かったよ。こんな事誰にでもは言えないもん。分からないのに、分かったフリして共感されるよりはずっと嬉しかった」
その後も親睦会はつつがなく進行した。まぁつつがなくと言っても、三上のズレっぷりは相変わらずで、何度かヒヤヒヤしたものだ。それでもタスクは無事に完了となった。




