018.招待
昨日の居酒屋のニュースは大した話題にもならず、SNSで少し騒がれた程度だった。
それすらも一晩でかなり静かになってしまった。不自然なほどに。
こんな事が続けば僕も気付く。
オーバー関連の事件は、すぐに忘れ去られるように、多くの関心が集まらないようにされている。
『意識を逸らして、興味をコントロールする』と三上が言っていた事を思い出す。
かなり規模は大きいが、同じような技術を使っているのかも知れない。
「はあ‥‥」
大学の門を通過し、真っすぐに伸びた石畳の上を歩く。
足が重い。
おまけに深いため息が出た。昨日からずっとこうだ。
考えるべき課題は明白なのに、解決策は全くと言っていいほどに見つからない。
集中力に欠けている。
「朝から随分なため息を吐いているのね。あまりに深いと聞いてる方も不快だわ」
背後からするりと、自然と僕の横んで歩き、会話を始める三上。
さすがにもう驚かない。少ししか。
「深いと不快をかけているのは分かるけど、今の僕にツッコむ元気は無いぞ。というか本当に三上は言葉遊びが好きだな。特に僕への攻撃、いや、口撃に」
「それは初めに言ったじゃない。それにどちらかと言うと、和泉の方が言葉を弄んでいると思うけど」
「その押し付け合いは止めよう。どっちもどっちなんだから、そこで優劣を付けても意味が無い」
そういえば確かに言っていた。『会話』ではなく『言葉』が好きと言っていたのは、こういう事だったのか。
「売られた喧嘩は全て買うの。だいたい和泉って――‥‥」
急に三上の言葉が止まった。だが足は止めることは無く、前を向いて歩いている。
その真意を測りかねていると、おそらく三上が黙るに至った原因から声をかけられた。
「おはようー!和泉くん、円ちゃん。なんか珍しい組み合わせだね」
「あ、おはよう佐倉」
「おはよう佐倉さん。それじゃあ、私は先に行くわね」
「え、待ってよ。3人とも同じ講義だよ。一緒に行こうよー」
三上はその意見に流れるように賛成した。
動揺は微塵も感じられない。
しかし人に覚えられたくない彼女の事だ、おそらく心では舌打ちでもしている。
一瞬だけ目が合った。表情も変わらないその一瞥は、周りから見たら特に不自然には見えないだろう。
だが僕にはわかる。『逃げ損ねた』『あなたと一緒にいなければ』『なんとかしなさい』そんなところだろう。
以心伝心だ。
負の感情の方が、言葉を交わさずとも伝わりやすい気がする。でもそれは、そもそも僕がネガティブな思考を基本としていて、負の言葉の心当たりに行きつくからだろう。
「和泉くんと円ちゃんって仲良しなんだね」
「そんなことないわ。たまたまよ」
「そうだぞ佐倉。僕達はそんなに話したことが無い。今日はたまたまだよ」
三上に話を合わせる。別に僕は三上のように存在を秘匿したいわけではない。下手に身の振り方を考えずに、三上の言葉に追随するのが一番いいと判断した。
「佐倉さんこそ、彼と仲がいいようね。彼は友人が少ないそうだから仲良くしてあげてね」
「おお~?やっぱりなんか親しげだねぇ。和泉くんの事よく知ってるんだ?」
「いえ、そう深い意味があって言ったわけじゃ‥‥」
「そ、そうだぞ佐倉。僕がぼっちなのは周知の事実じゃないか。三上と一緒にいたのは、挨拶程度はする仲だったからさ。でもそれももう済んだから、あとは解散するだけだったところだよ。特に仲良しという事は無いんだ」
「じゃあこれから仲良くなろうよ!私も入れてくれると嬉しいなぁ」
さすがコミュニケーションのバケモノ、佐倉つむぎだ。
僕が一生言わないであろうセリフ。
思えば幼少のころから、『いーれーて』と無邪気には言えなかった。だというのに、遊んでいる子達の近くに行き、誘われるのを待っていた。
思い出したらなんか泣きそうになってきた。
もういい歳だというのに何も変わっていないじゃないか。
そうだ、今こそ成長する時だ。その成長のチャンスは目の前にあるのだ。
「もちろんだよ佐倉。僕も賛成だ。今までがそうだったからと言って、これからもそうである必要は無いもんな。何事も前向きにだ」
言えた。会心の出来だ。爽やかな笑顔のオマケつきだ。
僕にもできるじゃないか。僕だって成長できるんだ!
だがしかし、輝かしい佐倉の笑顔の向こうで、三上の目が座っている。
『何余計な事言ってるのよ』だ。また以心伝心に成功した。
おかげで我に返ることができた。
僕の飽くなき向上心が大変申し訳ない限りだ。ついさっき、三上の意向に沿おうと決めたばかりなのに。
失敗を取り返したかったが、時はすでに遅かった。
「和泉くん良い事言うね!じゃあ3人でごはん食べに行こうよ!」
幸いなことに、そこで教室に到着したので会話は打ち切られた。
佐倉は『また後で』と、前の席へと移動し、友達らしき女性の隣へと腰掛けた。
僕と三上は無言で一番後ろのへと座る。
「‥‥余計な事を」
「す、すまん。僕も成長したくて」
「はあ?なんで私を巻き込んで佐倉さんと仲良くなることが成長なの。あなたの重症なコミュ障のリハビリに巻き込まないで欲しいのだけれど」
「これに関しては僕が全面的に悪かった。ごめん。嫌なら僕だけで行ってくるから許してくれよ」
「そうはいかないでしょう。あの佐倉さんの誘いを無下にしたら、それこそ目立つじゃないの」
それはよく分かる。本来なら、関わりたくないのなら近付かなければ良いだけのはずなのだ。
だが『誘われた』という条件が追加されると、断る方が目立つ。悪目立ちというやつだ。
「はぁ、まぁいいわ‥‥もう避けられないとしても、最善を尽くす。今すぐ佐倉さんに私が言う通りにメッセージを送って」
「はい!仰せのままにぃ」




