016.運命
「店長っ!」
息を切らし、ようやく店の前に到着する。
店長は店の前で魂が抜けたような顔をして店を眺めている。『店だったもの』と言った方がいいかも知れない。
店の顔とも言える正面の引き戸は無くなり、大穴が空いている。
出入口どころか前面の壁のほとんどを失い、大きな口を開けた洞窟のようになってしまった店は、黄色いテープで封をされたいた。
薄暗くなった夕日の明かりが店内に差し込み、洞窟内の凄惨な状況がよく見える。
椅子やテーブル等の、木製のものはことごとく板切れ、もしくは棒切れとなっている。
火の跡は見られない。ガス爆発とかでは無いようだ。
トラックでも突っ込んで来たか?
警察の姿は見えるが、人数は少ない。
そして昨日も見たあの黄色い封印。
どうやら大体の事は、すでに済んでしまった後のようだ。
「店長、何があったんですか!?」
「わっかんねえよ。俺も警察から連絡があって、来てみたらこのざまだ‥‥」
私服だと料理人には見えず、どちらかというと工事現場で活躍しそうな筋肉質な店長。それが今は肩を落として一回りは小さく見える。
「トラックでも突っ込みました?」
「いや、目撃者の話では、店の中からとんでもねえ音がしてきたらしい」
「中から、これを?」
「たぶんな」
外からトラックが突っ込んだのではなく、内側からトラックが現れたのか。いや、もうトラックやその他の車両の犯行では無い事は明白だろう。
「それでよ、怖くて誰も近付けねえってんで離れて見てたら、壁が急に弾け飛んだって」
「い、意味が分かりませんよ。壁は弾け飛ばないでしょう」
「そう見えたって事だろ。中から何か出てきたのを見た人もいたが、すげえ衝撃と土煙で正体は分からねえってさ。中にハルクでもいたかねぇ。へっ」
店長は努めていつも通り振る舞っているつもりらしいが、明らかに覇気が無い。自暴自棄になっているようにも見える。
昔はヤンチャしていた店長が、大恩ある先代からこの店を譲り受けて誇りにしていた事は、店長を知る人ならば誰でも知っている。なんせ酔った店長の鉄板ネタだ。
いつも強面で仏頂面の店長だが、その話をする時、彼はかなりの高確率で泣く。酒の力もあるのだろうが、それ程の想いが込められていた店だったのだ。
「悪いな和泉、電話でも言ったが今日は休みだ」
「いえ、片付けとかあるならやりますけどー」
「警察がしばらくは触るなってよ。明日もまた立ち会いだよ俺ぁ」
店長の事だ、あまり気を遣われるのも嫌だろう。店長に促され、僕は素直にその場を後にする事にした。
アルバイトはしばらく休みになってしまった。
それどころか、稼ぎ先を失った可能性すらある。
気付けば辺りは暗くなっていた。
真っ直ぐに帰る気にもなれず、駅前のベンチに腰を下ろした。
この場所を選んだ意味は無いが、なんとなく人の群れを見ていたかった。
群れの一部にはなれなくても、群れの中に身を置きたかった。
誰かに寄り添って欲しいなんてセンチメンタルな感情でいるつもりは無いが、なんとなく1人でいたくない。
それほどまでに、あの店長が落ち込んでいる姿は、深く僕の心に何かを残していた。
それが傷なのか、穴なのかは分からないが。
「あれ?和泉くん、何やってるの?」
駅へ向かう群れから、1人はぐれて僕の方に向かって来る姿がいた。佐倉つむぎだ。
休日に大学の外で会うなんて、ラブコメやゲームならひとつのイベントだ。
だが僕達は大学生なのだ。見慣れた私服姿に、改めて異性を意識するとか、惚れ直すとか、そんなものはない。僕の佐倉への好感度は不変だ。
「いや、バイト先が爆発?して」
「爆発?あー!なんか少し前にすごい騒ぎになってたあれ!?和泉くんのバイト先だったんだ」
「ああ、無職になってしまった。就活に失敗したら、しばらく世話になろうとも思っていたのに。こうなったら佐倉に養ってもらうしかなくない」
「もっと志を高く持とうよ‥‥怪我とかは大丈夫?」
「ああ、僕はその瞬間に立ち会ってないからな。開店前だし」
「それはよかったよ。でも危なかったね」
確かにあと何時間か遅い時間であれば、巻き込まれていたのかも知れない。特に店長は仕込みもあるから僕達より早い出勤だ。1時間でもずれていたら‥‥
「それで、ここで何を?」
「何ってほど何も。佐倉こそ何してたんだ?ここが最寄り駅なのか?」
「ううん、私は南ヶ丘だよ。今日はサウナにね。好きなんだよねサウナ」
言われてみれば、佐倉からは風に乗って良い香りがしていた。シャンプーの香りだったのか。
この駅周辺は、若者に人気があるとは言い難い地味な店が並ぶ。わざわざこの街に遊び目的で来る人間は少ないだろう。
だがサウナだけはそこそこ有名な店がある。僕は行った事が無いけれど。
『隣いいかな?』と言うと同時に、佐倉は僕の隣に座った。
隣に座られると顔を合わせて話す事が難しくなるのだが、表情に気を遣わなくていいのは返って気が楽だ。
僕は変わらず目の前の人の群れを眺めながら、話を続ける。
「和泉くんはここが最寄り?」
「そうだよ。まぁ駅前の家賃が高いもんで、ここから20分は歩くけど」
「一人暮らし?」
「一人暮らし。佐倉は?」
「私も一人暮らしだよ」
「南ヶ丘で一人暮らしかよ。お嬢様だったりする?やっぱり僕の事養える?」
「親のスネを齧らせてもらってる身だからなぁ〜。私の親に聞いてみる?」
「いきなり親御さんのへの挨拶から‥‥!?」
「どう言っても都合の良い解釈するなぁ」
佐倉は何がそんなにおもしろいのか、肩を揺らして笑っている。悪い気はしない。
僕とは違って一挙一動が、人から愛されるために出来ているような人間だ。
可愛いとは思うが、魅力的だとは思うが、彼女に惚れて告白してきた男達の気が知れない。
彼女は素晴らしいが、そんな彼女に選ばれるほど自分が素晴らしいとはどうしても思えないな僕は。
「佐倉と話していると、人間の格の違いというものを感じるよ。僕はなんてちっぽけなんだろうって」
言ってから失言に気付く。
あんな事があって、心が弱っていたのかも知れない。
弱っていたついでに、その弱さを漏らしてしまった。
大袈裟でなく子供の頃のお漏らしくらい恥ずかしい。
漏れ出た瞬間、自分に驚いた。
目の前で漏らされた佐倉はなおさら驚いただろう。
僕達はそんな本音で話し合えるような間柄では無い。
「あはは、意外な事言うんだね。和泉くんっていつも飄々としてるっていうか、何事にも囚われない雰囲気あるのに」
「そうか?」
「うん。格なんて言って比べちゃ駄目だよ。私は私、和泉くんは和泉くんっていう1人の人間なんだからさ」
参った。本当に格が違う。
羨ましいとすら思えず、妬ましさも無く、ただ尊敬に値する。
よく知りもしない人間の、気分が良いとは言えない吐露に、どうしてこう正解が出せる。
今夜こうして佐倉に会えて良かった。
また不幸中の幸いだな。
どうやら僕の人生は、基本的に不運だが、ギリギリの所で死なない程度には幸運らしい。




