015.封印
送ってもらった位置情報を頼りに、公園まで来た。
夜の公園は静まり返っている。
夜間の利用者なんて見込めない。ほとんど遊具も無い狭い公園の照明は消されていて、暗くて不気味だ。
道路からわずかに届く街灯の光で、辛うじてその中を見渡せる。
とはいえ植木や遊具の影は色濃く、その中に潜んでいる者がいたら見逃してしまうかも知れない。
影に潜む何者かを思うと、全身に鳥肌が立つ。背後に誰かが立っている気がして、振り向くのが怖い。
公園の中を進む。足音はアスファルトとは違う、土を踏む音に変わる。
目の前の光景に立ち止まる。僕の目の前には鉄棒がある。どこにでもあるような、高さが違う三本が連なっているものだ。どこにでもあるとは言ったが、どこにでもは無い特徴もあった。
中央の鉄棒が見るからに歪んでいる。
何か大きな力で、両隣のように真っ直ぐだった鉄の棒が丸みを帯びて歪んでいるのだ。
そして少し移動し、コンクリートでできた、無機質な箱型の公衆トイレを見る。
その壁には車でも激突したかのような大穴が空いている。
穴の周りはひび割れていて今にも崩れそうだ。見るからに近付いたら危険だが、その危険を知らせるために、『立入禁止』と書かれた黄色いテープが、その大穴に貼られていた。穴の上を横断するように貼られた何本もの黄色に黒い文字のテープは、その穴に巣食う何かを封印しているようにも見える。
なるほど。確かにこれを見たら、あの女の姿が、あの夜が、嫌でも思い浮かぶ。
その時、背後から土を踏む足音がした。
背中に電流でも走ったかのような衝撃。
思わず身体が硬直するが、本当に電気を流されたわけでは無い。これは僕の気の持ちようだ。
なけなしの勇気を振り絞り、勢いよく振り返り、その相手へと向き合う。
「ーっ!なんだ、三上かよ‥‥」
「なによ。何やら緊張しているようだし、急に声かけたら驚くと思って、静かに近付いてあげたのに」
「余計にタチが悪いって」
「そもそも、どうしたって和泉はびっくりするしか無いじゃない」
それは否定できない。こんな状況で、どう近付いて来られても、声をかけられても、まずはオーバーの存在が真っ先に脳裏をよぎる。そして僕は、今みたいに全力で過剰な反応をしてしまうのだ。
三上は僕の横に立って、黄色いテープの貼られた穴を眺める。
「これで似たような犯行が8回目。私がこの街に来てからは3回目。死傷者は11人。五体満足でいられたのは1人だけ」
「1人は無事だったんだな」
「それが和泉よ」
「ぁあ、なるほど‥‥」
僕は本当に幸運だったんだ。不運の中ではの話だが。それこそ不幸中の幸いでしか無いのだが。
「被害者は全員成人男性。被害者同士の関係と共通点は特に無し。強いて言えば成人した男ってだけ。年齢に関しては、夜中だと子供はそもそもいないでしょうけどね。いたらどうなるのかしらね」
「それはあまり考えたく無いな。人間を見下してるとしても、少しくらいの同情や慈悲の心は持っていて欲しいもんだ」
「どうかしらね。衝動のままに動く獣みたいな連中だもの。目の前に獲物がいたら、それが赤子でも我慢できるのか」
それより先は想像したが、声にしたく無かった。言葉にすると本当になりそうで、想像を事実だと認めてしまいそうで。
この夜はそれから更に2時間ほど歩いたが、何も成果らしい成果も得られずに帰宅した。
駅前まで行ったが、終電がとうに行ってしまった駅は暗く、人の姿もほとんど見られなかった。
街が寝静まっている。
駅前でこれでは、住宅街を歩く人を見つけ出せる確率はかなり低いだろう。
オーバーもこれでは衝動を満たせまい。
三上は僕をアパートに送り届けると、すぐに帰ってしまった。
ごく当たり前のように『それじゃあ』と別れの挨拶をすると、足取り軽く来た道を戻って行った。
夜闇も、孤独も全く恐れないその姿には素直に関心する。格好良いとすら思えてしまう。
シャワーを浴び、歩き続けて硬くなった筋肉をほぐすようにストレッチをする。ストレッチの知識なんて無いので、義務教育期間中の体育の授業でやった覚えのあるものを、うろ覚えでやっているので効果があるかは分からない。だがやらないよりはマシだろう。
そんな事をしているうちに、もはや夜明けが近付いてきた。
幸い今日も休みだ。アラームもかけずに、気の向くままに、身体が欲するがままに睡眠を取ろう。
目を覚ますと窓の外は橙色に染まっている。
とても綺麗に思える反面、太陽を浴びられる時間をまるっと逃してしまった事に後悔の念を禁じ得ない。
別に太陽の下で元気に遊ぶ年齢でも、趣味も無いのだが、日中を睡眠時間に費やしてしまった時のこの喪失感は何なのだろうか。
さて、今日はアルバイトがある。三上との約束はその後だ。
それよりも起きたらスマホの確認だ。友人知人の少ない僕にも、たまには連絡くらい来る。それを返さないなんて失礼にあたるからな。
着信が一件入っていた。アルバイト先の店長からだ。
遅刻してしまったかとも思ったが、そもそもまだ開店時間ですら無い。電話の理由に思いを馳せながら折り返しの電話をかける。何回かのコール音の後、慣れ親しんだ男の声が返ってきた。いや、正確には声自体に慣れ親しみはあるものの、聞いた事が無いほどトーンは低かった。
「ーえ!?マジですか?ドッキリでもなく!?僕も行きます!」
悪い夢か、ドッキリでは無いだろうかという店長の話。
僕はアパートを飛び出した。飛び出したと言っても僕に翼は無い。翼があれば何分早く到着できるだろうかと、歯痒い思いをしながらも駆け出す。




