014.開始
「それで和泉、本題に入らせてもらうけれど」
「オトリがどうとかっていう?」
「そう。あなたを有効活用するべきと判断された件ね。業腹だけどあなたの言う通り、私は人前に立ちたくない。目立つわけにはいかないし、そうやって生きてきた。オトリだなんて、わざわざ人に見つかるための行為は不得意。それに私が夜道を歩いたところで、あれはきっと襲って来ない」
本当に意外とよく喋る。言葉数は多いが、淡々と、澄んだ声で発せられる澱みのない言葉の数々は、不思議とうるさく聞こえない。
そして僕の質問を必要とせず、なぜ僕をオトリにしたいのかを短くも分かりやすいプレゼンで理解させてくれる。
「分かった。でも初めの女はほとんど僕を追って来なかったぞ。昨日のやつと違って、獲物に執着しないタイプだったりはしないか?」
「何を言っているの。ちゃんと追っていたわよ。追跡をやめたのは私が居たから。あなたがあの路地から出て行った後に、ちゃんとあの女も出てきたもの」
「そう‥‥なのか。顔は見た?」
「いえ、髪が邪魔で見えなかった。私の姿が見えたんでしょうね。その瞬間に、私でも追えない跳躍で消えた。獲物なんて誰でも良いはずなのに、見下しているはずの人間、私を見て即逃げたの。おそらく、私が対抗できる人間だって一瞬で確信して」
そりゃあんな時間に、あんな警棒持って歩いているやつはマトモではないだろう。そりゃ誰でも逃げると思ったが、口にはしない。
「あー、顔も見られてるしな。そりゃオトリにはなれないか」
「そうね。だからそこはよろしくね」
正直言ってまだ体は痛いし、怖くないわけでは無い。
それでもなぜか、三上に見限られることの方が怖いように感じてしまった。
僕だって誰かの役に立てるはずなんだ。
「なるべく早めに助けてくれよ」
「善処するけど、一撃でやられないように気をつけることね」
「それで、いつからやる?今夜か?」
『もちろん』と答えた三上はそのまま僕の部屋に居座り、そのまま2人で夜を迎える事になった。
彼女がどこに住んでいるかは知らないが、一度帰るのは面倒だと。
初めて自宅で過ごす女子との時間に、多少の緊張と、ひとつまみばかりの青春を期待したものだが、三上は座っていたベッドに横になって寝息を立ててしまった。
それもしっかり夜まで。
僕はというと手持ち無沙汰になり、テレビを見たり、スマホを見たりして時間を潰した。
三上は少しすれば起きると思っていた。
そのまま深夜まで彼女が寝ると分かったいたら、他の事をしたというのに。おかげでしたくもない暇つぶしを何時間もする事になってしまった。
食事も買い置きのカップ麺で済ませた。
この時間に無理にでも意味を見出すなら、これで今夜も死にたくなくなった事だけは良かったのかも知れない。
だって人生最後の時間がスマホと無為に向かい合った時間で、最後の食事がカップ麺なんて悲しすぎるだろ。
「おはよう。寝心地は悪くなかったわね。じゃあいきましょうか」
三上は起きるなりそう言った。随分と寝起きが良いようだ。
颯爽と玄関を出る彼女の後を追う。
外はすっかり暗闇に包まれていた。
今までは帰宅中に遭遇していたけども、家からスタートするのは初めてだ。大した違いは無いのだろうけども。
「なぁ三上、当てはあるのか?」
「無いわ。とりあえず好きに歩いてちょうだい」
「好きにって。というか今更だけど、三上を見て逃げたんだろう?そう何度も同じ場所に来るか?しかも頻繁に」
「言ってなかったかしら?いえ、言ってなかったわね」
「なにを?」
「昨日も犠牲者が出ている。ここから1キロも離れていない場所で」
「んなっ‥‥!?」
なんということだ。昨日だって?だって昨日はあの女を捕まえたというのに。その裏で、また惨劇が繰り広げられていたというのか。僕達に関わりもなく。
あの女を捕まえた達成感と自信が萎んでいく。
顔を上げると、すでに三上の姿は無かった。
僕のテンションが下がった事なんてお構いなしに、作戦開始らしい。
三上の声からは感情は読み取れなかったが、どう思っているのだろうか。彼女も悔しいのだろうか。
いや、そりゃ悔しいよな。感情の読めない人間ではあるが、オーバーとやらに対する怒りは本物に感じた。
「‥‥よし」
なんにせよ、それは今考えることでは無い。
時は戻せないのだ。
今できることは、今からでもできることは、今度こそあの怪力女を捕まえて、2度と犠牲者を出さないこと。
そして僕も犠牲にならないこと。これに尽きる。
深呼吸をして決意を固め、足を踏み出した。
とりあえず駅前まで歩こうかとも思ったが、思い直す。
スマホを操作し、三上にメッセージを打つ。
すぐに返事は返ってきて、頼んだ位置情報も送られてきた。
僕は地図を見ながら歩き、その場所を目指した。




