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夜は続くよどこまでも  作者: 10MA
オーバー

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11/35

011.重荷

三上の名前が口から漏れた瞬間。身体にかかる重さが消えた。

恐る恐る顔を上げると、僕を踏み潰そうとした女の代わりに、三上が立っていた。

僕より明らかに小さいはずのその背中が、とてと頼もしいものに見えた。


「遅いって‥‥」

「そう?生きてるじゃない」

「死ぬ事以外はかすり傷って考え方か?悪いが僕は健康寿命の方を重視するんだ」


言いながら立ちあがる。派手な衝撃の割に、骨は大丈夫だったようだ。

とは言え痛いものは痛い。この状態で走って逃げるのは無理なので、いよいよ三上に頼るしかなくなった。


「またお前かあ!?」


さっきまで僕を見下して笑っていた女が、三上には憎らしげな表情と声を向けている。

頭上から照らす街灯が、眉間の皺をより濃いものにしていて、その顔はまるで般若面のようで迫力がある。


「今日は逃げられると思わないで。こちらもそれなりには準備してきたのだから」


女は舌打ちをして、身を屈めた。本気で戦う時の構えなのかも知れない。


「私がお前達相手に逃げるわけないだろうっ!」

「記憶喪失?逃げたじゃないの。二度も」

「そんな事はしていないっ!」


三上も姿勢を低くする。手にはすでに黒い警棒が握られていて、向かい合う相手に集中している。

そんな場合では無いのだが、その姿に見惚れた。

僕に武道の心得なんて無いが、三上のこの構えはきっと理に適ったもので、何かしらの技術の結晶なのだろう。

だって、こんなにも美しい。


「来なさい」

「ぁああああ!!」


女が三上に飛び掛かる。2人の間にある距離は、普通の人間ならば数歩は必要とするだろう。

だが、その距離を女は一歩で跳んだ。それどころか、まだ余裕があるようで、三上の頭の高さほども飛んでいた。

手を振り上げ、着地の勢いのまま殴打を狙っているのだろう。まるで獣の、肉食獣の狩りだ。

しかし三上は表情ひとつ変えない。女の腕を潜り抜けながら、警棒を容赦なく振るう。

硬いもの同士がぶつかる鈍い音がして、飛びかかってきた女は、地面に足をつける事なく、空中に弧を描いて背から落ちた。

言葉も出ず、時間が止まったようにしばらくその光景に見入ってしまった。

女は床に投げ捨てられた人形のようになって動かない。


「こ、殺した?」

「死ぬような殴り方はしてないはずだけどー、昨日よりは良いのが入ったかな」


三上は倒れた女に近付いて、その顔を覗き込む。

頭の周りに血溜まりができたように見えて、死んでいると思ったが、髪が広がっているだけだった。


「うん。死んで無い」

「そりゃあ、良かった‥?」

「お疲れ様。ここからは私の仕事じゃないから帰ろうか。痛いんでしょ?肩くらい貸してあげる」


そう言うと半ば無理やり僕の腕を自分の肩へと回し、僕の体重を、文字通り肩代わりしてくれる。

驚いてバランスを崩し、思わず体重をかけてしまったが、三上の体幹は相当なものらしく、びくともしなかった。

僕より頭ひとつと少し低い身長と、腕に伝わる細い肩の感触からは考えられない強靭さだ。

そしてそんな僕の心情なんてお構いなしに、歩き始めてしまう。


「おい、あのまま放っておいていいのか?」

「いい。これ以上は私の仕事じゃない」


『じゃあ誰の』とは聞かなかった。どうせこれは答えてもらえないタイプの質問だろう。

これも『君子危うきに』だ。『知らぬが仏』『見ぬが極楽』でもいい。

これ以上の詮索は、きっとあの倒れている女よりも危ういのだろう。

もう終わったのだ。痛みと引き換えに平和を取り戻した。マイナスがゼロに戻っただけではあるが、これ以上何かを望むのはやり過ぎなのだ、きっと。


「それにしても、一発で終わるなんて」

「物足りないの?あの女の代わりに、明日からは私が恐怖に叩き落としてあげようか」

「やめろ。そうじゃない。あんなものに目を付けられてさ、僕の人生は終わったと思ったんだ。さっき殴り飛ばされた瞬間も思った。なのに僕の今後の人生全てが込められた諦念は、三上の1秒にも満たない一発で吹っ飛んでいったわけだ、あの女と一緒に」

「そんなもんでしょ、よく分からないけど。想いの重さと、起こる事実の重さが必ず釣り合うものでもないんじゃないの」

「そう、かもな。重いも軽いも無いよな。大事なのは僕がこうしてまだ生きていられるってことだ。とにかくありがとう。助かった」

「ははっ、ごちゃごちゃ言ってないで早くそう言えば良かったのに」


三上は目を細め、口の端を上げて穏やかに笑った。

初めてこいつの笑顔を見た。驚いた。笑えるのかと失礼な事すら思ってしまった。

言うと失礼に当たるだろうから口には出さない。

色々と大変な目には合ったものだが、なんか最後に報われたような気になってしまった。これも絶対に口には出さないが。

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