第5話:有名武将たちが大集合?〜自慢の特大花火で、盛大におもてなしの準備です!〜
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
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戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
永禄三年(一五六〇年)五月十九日、
未の刻(午後二時前)
尾張国 桶狭間
空はどす黒い雨雲に覆われ、身を切るような驟雨が大地を激しく叩きつけていた 。尾張の泥と血の匂いが立ち込める戦場には、十六世紀の日本列島が生み出した最高峰の「知性」と「暴力」がひしめき合っている 。のちに彼らが神の如く歴史書に名を残すことを我々は知っている 。だが今、彼ら自身はただ己の野心と一族の存亡を懸け、泥まみれになってこの日を生きていた 。
大高城の周辺で今川軍の先鋒を務める、松平元康。御年十九歳 。世間では駿河に囲われた忍従の哀れな人質と見なされているこの若武者は、雨よけの陣笠から滴る水を払いもせず、鋭い猛禽のような眼光で周囲の山野を睨んでいた 。
彼は昨日、織田方の幾重もの包囲網を鮮やかに突破し、兵糧の尽きかけていた大高城への荷駄の搬入を完璧に成功させている 。並の武将ではない 。その底知れぬ胆力と兵の動かし方は、三河の荒くれ者たちをすでに完全に掌握していた 。
「…数正。兵たちの具合はどうだ」
元康が振り返ると、傍らに控えていた腹心の石川数正が、泥まみれの具足を鳴らして平伏した 。
「はっ。昨夜の夜通しの兵糧入れにより、皆、疲労の極みに達しております 。しかし、殿の初陣に等しきこの大任を見事果たしたことで、三河衆の士気は天を衝くほどにございます 。今川の麾下とはいえ、我らの槍の鋭さ、義元公にもよう見えたことでしょう 」
「そうだな。だが、我らの真の戦はこれからよ」
元康は小さく息を吐き、降りしきる雨の向こう、尾根沿いにひっそりと続く「奇妙な道」を見つめた 。それは、幅四間にも及ぶ、岩盤が平坦に露出した巨大な道だった 。木々の合間に隠れるように横たわっているが、どう見ても人がすれ違うのがやっとの獣道ではない 。
「殿、あの岩道が気にかかりまするか 。昔から木こりや猟師が『神代の磐座』と呼んで恐れ、避けている場所にございますが 」
「ああ。三河から尾張へと続くこの深い山中に、これほど見事な平道が眠っていたとはな 。見よ、あれほどの豪雨にもかかわらず、水溜まり一つできておらん 。水捌けすら計算し尽くされているのだ 」
元康は、ぬかるんだ足元の泥を力強く踏みしめた 。
「数正よ。戦とは、槍の数や将の勇猛さだけで決まるものではない 。兵を滞りなく動かし、米や弾薬を望む場所へ瞬時に運ぶ『道』こそが、戦の要ぞ 。もしこの乱世を終わらせ、日の本すべてを統べる真の覇者が現れるとするならば…その者は、武威を誇るだけでなく、この古の道のように、列島全土に太き血脈を通し、万民の米と商いを自在に巡らせる力を持たねばならんのだろうな 」
元康の言葉に、数正は息を呑んだ 。十九歳の若武者の瞳には、今川の先鋒としての手柄などではなく、さらにその先、天下静謐の青写真がすでに微かに描かれていた 。いつか自らの手でこの乱世を終わらせる 。その野心が、若き三河の主の胸の内で静かに、しかし熱く燃えている 。
同じ頃。
その大高城へ向かう道を大きく逸れ、暴風雨を突いて田楽狭間の裏山へと駆け上がる一団があった 。織田上総介信長。御年二十七歳 。
常識を嘲笑う尾張の「うつけ」は、濡れそぼった南蛮胴を身に纏い、愛馬の首筋を叩きながら狂気じみた笑い声を上げていた 。
「風が鳴っている! 雨が我らの足音を、具足の鳴る音をすべて掻き消している! 天は、この信長に義元の首を獲れと叫んでおるわ! 」
信長の周囲には、彼が己の目利きのみで選び抜き、鍛え上げた精鋭の馬廻衆がピタリと追従している 。彼らは神仏の加護など信じていない 。信長が信じるのは、極限まで研ぎ澄まされた己の勘と、敵の隙を突く絶対的な速度だけだ 。
「申し上げます! 殿が抜け道に選ばれたこの裏山、尋常ではありませぬ! 」
泥まみれの斥候が、息を切らせて馬上の信長に追い縋った 。
「木々に隠れておりましたが、岩山を切り裂いたような見事な平らな道が続いておりまする! 伏兵を隠すにうってつけの、開けた場所すら幾つも! まるで、見えざる大天狗が殿のために道を切り拓いたかと! 」
「馬鹿めが! 天狗などおらん! 」
信長は鞭を振り上げ、豪雨の空を睨みつけた 。
「この見事な古道も、大昔のどこぞの王が己の覇道のために築き、そして朽ち果てただけの残骸よ! 過去の遺物なぞどうでもよい 。だが、我らの前にある道ならば、すべてしゃぶり尽くして利用するまで! 槍を捨てよ! 具足の重き者は脱ぎ捨てよ! この平道なれば、馬の脚は倍稼げるぞ! 」
信長は手綱を強く引き、馬を前へ躍り出させた 。
「狙うは今川の先鋒でも、遊軍でもない! 本陣のただ一点、義元の首級のみぞ! 一気に裏山を駆け上がり、義元の頭上から雷雨と共に雪崩れ込め!! 」
信長には見えていた 。古い権威にすがり、身分と家柄で凝り固まったこの国の淀んだ空気を、自らの苛烈な武力で完全に破壊し尽くした後の「新しい世界」が 。関所を廃し、無駄を省き、古き寺社勢力を焼き払い、実力のみで評価される冷徹な国 。その第一歩が、今まさに、田楽狭間で休止している巨大な獲物の喉笛を食いちぎることだった 。
そして、その巨大な獲物 。
田楽狭間、今川軍本陣 。東海道一の弓取り、今川義元 。御年四十二歳 。
後世の歴史家や講談師が面白おかしく描く「お歯黒を付けた公家被れの愚将」などという姿は、そこには微塵もない 。豪雨を避けるために張られた長大な陣幕と、見事な塗輿が置かれた本営 。床几に腰を下ろす義元の体躯は武将らしく引き締まっており、放たれる威圧感は周囲の空気を歪ませるほどだった 。彼が公家の文化を愛し、都の作法を取り入れているのは、朝廷の権威すらも己の支配に組み込むための、高度な政治的計算に過ぎない 。
「…織田の小倅が、熱田を動いたか」
義元は、運び込まれた斥候の報告を聞き、白扇で手元の絵図面を静かに叩いた 。
「若さゆえの蛮勇よな 。この天候を好機と見て、我らが先鋒を迂回し、この義元の首だけを狙いに来るか 。見事な兵法だ 。尾張の泥水で育った泥鰌にしては、よく頭が回る 」
「殿、いかがなされますか 。念のため前衛を呼び戻し、迎撃の陣を厚く敷き直しまするか 」
歴戦の重臣、朝比奈泰朝が問いかけると、義元は静かに首を横に振った 。
「その必要はない、泰朝 。我が本陣の周囲には、すでに幾重もの強固な備えを置いている 。信長がどの古道や獣道を這いずってこようと、本陣の帷幕に届く前に、圧倒的な兵の多寡という『戦の理』によってすり潰される 。…我々は堂々と、ここで休息を取ればよい 。この嵐が過ぎ去れば、我らは悠々と尾張を平らげ、上洛の途につくのだ 」
義元の瞳には、信長のような一介の戦術家には見えない、さらに高い次元の「国家の青写真」が描かれていた 。
武士たちが土地を奪い合い、果てしなく血を流す無秩序な世界は、彼が駿河で作り上げた分国法『仮名目録』のような厳格なる「法」によって統治されねばならない 。圧倒的な武威をもって洛中を制圧し、公方様を擁立し、朝廷という至高の権威を自らの手で庇護する 。力と法、そして権威 。そのすべてを完全に掌握して初めて、日の本全土に絶対的な平和と秩序がもたらされるのだ 。
「信長よ 。そなたの足掻きは嫌いではないが、天下の理を知らぬ者の刃は、決して王道には届かぬ 」
義元は白扇を閉じ、静かに目を瞑って雨音に耳を傾けた 。
元康の、泥を這いながらも未来を見据える忍耐 。
信長の、古い常識を嘲笑う破壊的な苛烈さ 。
義元の、法と権威による絶対的統治の理想 。
永禄三年のこの日、彼らは間違いなく、日本列島の頂点に立つ最高峰の英傑たちだった 。彼らの頭脳と胆力は、これから何百年も続く歴史を創り上げるだけの、圧倒的な生命力と魅力に満ち溢れていた 。彼らはそれぞれがこの時代の真の主人公であり、己の知略と武勇を尽くして、誇り高くこの血塗られた盤上で戦という名の遊戯をプレイしていたのだ 。彼らは勝ち、或いは負け、生きて死ぬだろう。それがこの世界の常識であるからだ。
そして今、彼らは引き絞られた弦の矢の様に、それぞれの知る知略の全てを投じて、戦の始まりへと突き進もうとしていた。
―ただし 。
彼らの完璧な「中世の盤上」の、遥か八千メートル後方の死角に 。彼らがいかに知恵を絞っても絶対に理解できない『未来の暴力』が、冷酷なまでに照準を合わせ、雨の中で息を潜めていることだけを、除いて 。
午後一時四十五分
田楽狭間の今川本陣では、兵たちが降りしきる雨を避けながら、握り飯を頬張っている 。義元は床几に座り、堂々たる態度で嵐の終わりを待っている 。
その裏山の斜面では、信長の馬廻衆が、滑る足元に悪態をつきながら、今まさに一気呵成の突撃に移るべく、刀の柄を固く握りしめている 。
大高城周辺では、元康が周囲の警戒を怠らず、自らの出番に備えて槍の穂先を布で拭っている 。
雨音が、すべてを包み込んでいた 。武士たちの荒い息遣い、馬の嘶き、雨具に当たる雨だれの音 。中世という時代の、最も美しく、最も残酷な華が、今まさに開こうとしていた 。
桶狭間合戦、開戦十五分前
第三三五独立機動重砲大隊の陣地。偽装網の下で雨を弾く九六式十五糎榴弾砲の冷たい鉄の薬室には、すでに「曳火信管」を装着した四十キロの榴弾と、最大装薬が、冷徹な金属音と共に装填されていた 。
「全門、装填よし 」
堤大尉が、雨に濡れた計算尺を握り締めながら、無機質な声で秒針を見つめている 。彼らの頭上に、英雄たちの名乗る言葉を聞き届ける情けなど、微塵も存在しなかった 。
第5話了




