第4話:神様特製のVIPロードで快適ドライブ!〜ピクニック気分で、ちょっとお出かけ〜
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
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戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/
戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
永禄三年(一五六〇年)五月十二日。
遠江国相良、第三三四独立混成連隊・連隊本部庁舎 。
「桶狭間作戦」発動まで、あと六日 。
木造の会議室には、青い紫煙が重く澱んでいた。広げられた周辺地形図を前に、幕僚たちが沈痛な面持ちで頭を突き合わせている。現在地である相良から、目標地点たる尾張国・田楽狭間までは、直線距離にして百キロ強 。
本来であれば、九六式十五糎榴弾砲のような数屯の重量を誇る重砲群を牽引し、泥濘にまみれた中世の東海道を進軍するなど、狂気の沙汰である 。大井川や天竜川といった大河を越えるだけでも、工兵中隊が数日がかりで重架橋を行わねばならないはずだった 。
「…如月。これは、貴様が上空から見て、素面で書き起こした偵察図だな? 」
私が卓上の図面を指差すと、独立航空分隊長の如月大尉は、油まみれの飛行帽を弄りながら、酷く疲労した顔で頷いた 。
「はっ。九八直協による低空偵察の結果です。相良から西方、三河を経て尾張へと至る丘陵地帯の尾根沿いに…『自然の地形』が存在します。幅員約八メートル、極めて平坦な岩盤が露出しており、まるで長大な石畳のように続いています。ところどころに、部隊が野営するのにうってつけの、木陰に覆われた自然の広場すら点在しています。しかもその起点となる箇所はこの衛戍地の…」
「ああ、五十メートル先から始まっていたな」
全く感情を込めることのできない声で、私が答えた。
歩兵大隊の武田少佐が、信じられないというように太い唸り声を上げた。
「まるで羅馬の軍道ではないか。だが、この時代の東海道にそんなものを作れる者がいるはずがない」
「ええ、ですから『自然の地形』です」
如月大尉は、あからさまに感情を排した棒読みで答えた 。
「大井川や天竜川といった大河の渡河点においても、長年の水流による浸食と、奇跡的な地殻変動が生み出したと思われる『巨大な複数アーチ状の岩の橋』が川を跨いでおります。低空からよく観察しましたが、人工物ではありません。科学的に解明可能な、ただの自然環境の悪戯です。…ただ、我々が通るのに、これほど都合の良い自然の悪戯もありませんな」
図面を見た黒田少佐が、計算尺を弾きながら冷徹に分析する。
「これならば、九八式四屯牽引車の履帯が沈むこともなく、十五糎榴弾砲を最高速度で牽引可能です。渡河の遅滞もゼロ。進軍速度は平時の演習並みに向上します」
あまりにも不自然で、あまりにも都合の良い奇跡 。
我々は皆、これが誰の仕業であるか、痛いほど理解していた 。あのふざけた口調の「神」とやらが、我々が予定通りに祭りを始められるよう、砂盆の砂でも弄るように地形を作り変えたのだ 。
『んー、テステス。ん、聞こえてっけ? 』
突如、脳蓋の裏側に、あの北関東訛りの声が直接響き渡った 。
会議室の空気が、一瞬にして凍りつく 。
『なんかよぉ、道が無くて大砲運べねぇとか言ってっから、ちっとばかし地面を均しといてやったかんな。昔の超古代文明の遺跡の生き残り…みたいな設定で、みんな気付いていたけど、使っちゃいけないって考えてたってことで、ヨロシクな。これなら川んトコもスイスイ行けっぺ? 』
私は奥歯を強く噛み締め、虚空に向かって低く吐き捨てた。
「…余計な真似を。我々を、貴様の盤上の駒とでも思っているのか」
その瞬間だった。
『————駒?』
空間から「音」が消失した。
いや、違う。聴覚という器官が機能不全に陥ったのではない。我々の存在しているこの三次元空間の物理法則そのものが、たった一言の『声』によって強引に上書きされたのだ。
先ほどまでの軽薄な訛りの雰囲気は跡形もなく消え去っていた。代わりに脳髄を直接侵犯してきたのは、絶対零度の宇宙空間から冷ややかな網膜で見下ろされているような、圧倒的な「虚無」だった。
「ガッ……ァ……!」
皆が白目を剥いて卓にすがりつき、そのまま両膝から床に崩れ落ちた。
私もまた、全身の骨格が内側からひしゃげるような次元の違う重圧に息を呑んだ。心臓を、目に見えない巨大なピンセットで直接弄ばれているような根源的で生理的な恐怖。人間が、這い回る蟻を見下ろすよりもさらに遥か遠い高みからの、無機質で絶対的な視線。
『勘違いをするな、炭素で編まれた脆弱な泥人形ども。貴様らに、我が盤上で駒を気取るほどの知性があるとでも?』
それは、言語ですらなかった。
『ここは我が定めた観測槽だ。這い回り、血と脂を撒き散らし、無為に熱量を消費して潰れあう様を観測する。貴様らに許された機能は、ただそれだけだ』
人間の脳神経の電気信号に直接書き込まれる、絶対的な情報流。それは多分、言葉として脳に入ってきたのではなかった。しかしメッセージの意味だけは確実に脳に焼きこまれた。彼我の次元の差という残酷な事実が、情報の暴力となって神経を焼き切ろうとする。
駄目だ彼らのことを、彼らの在り様を理解しようとしてはいけない。多分それだけで全理性が崩壊する。全身の毛細血管からどす黒い脂汗が噴き出し、意識がブラックアウトしかけた、その時。
スッ、と。
そう、スッ、と。
我々の存在を圧し潰していた高次元の重圧が、文字通り『電源を切られたように』消失した。
『なーんてな! ちっとビビったけ? いやー、いっぺんこういう神様チックなセリフ言ってみたかったんだわー!』
空気が戻り、肺が痙攣しながら酸素を吸い込む。床では、武田少佐が激しく嘔吐している。
『まあ、せっかく極上の舞台を整えてやったんだからよ、派手な祭り、期待してっかんなー! じゃ、準備がんばれや!』
プツン、と
通信が切れる 。
会議室には、将校たちの荒い息遣いだけが残された 。皆、顔面を死人のように蒼白にしている。我々は思い知らされたのだ。我々がどれほどの近代兵器を持とうと、歴史を変えると息巻こうと、あの存在から見れば、虫籠の中の蟷螂の歯ぎしりに過ぎないという残酷な事実を 。
「…大佐殿」
乾が、微かに震える手で軍服のポケットからハンカチを取り出し、額の汗を拭った 。
「気にするな」
私は大きく息を吐き、卓上の軍刀を引き寄せた 。
「神が用意した道だろうと、悪魔の罠だろうと、我々のやることは変わらん。盤上の駒にすらなれないのであれば、盤の外で神も目を留めざるを得ないほどの愉快な踊りを見せてやるまでだ」
私は黒田少佐に向き直った 。
「地形の憂いは消えた。これより、全軍の行軍計画の詳細を策定する。いかに超常の道があろうとも、我々は誇り高き皇軍だ。軍紀を徹底し、粛々と進軍するぞ」
「はっ」
黒田が、己を取り戻すように居住まいを正した 。
「輜重中隊を中心とする補給段列の編成、および燃料弾薬の積載基準を直ちに下達します」
「工藤中尉」
私は工兵中隊長を見た 。
「貴様の部隊は先陣を切れ。あの『自然の岩橋』とやらが、重砲の重量に耐えうるか、入念に調査し、必要であれば補強を行え」
「了解しました。…神様の土木工事の強度検査、やらせていただきます」
工藤中尉が、破壊の快楽を秘めた獰猛な笑みを浮かべて敬礼した 。
五月十五日。
相良衛戍地から、長大な鋼鉄の縦隊が這い出した 。
進軍の陣容は、厳格な教範に則っている 。
前衛を務めるのは、偵察小隊の九五式軽戦車、その後ろを柴田大尉率いる機動歩兵第一中隊の一式半装軌装甲兵車 十四輌。さらに影山曹長の斥候班が、九七式側車付自動二輪車で周辺の山林へと散開し、異常がないかを警戒する 。
本隊には、二階堂少佐の戦車大隊から第1、第2中隊の三式中戦車と九七式中戦車が地響きを立てて続き、その後方に、今回の作戦の主役たる砲兵群が続く。九八式四屯牽引車の重低音エンジンが唸りを上げ、その後ろには長大な砲身を後座させた十五糎榴弾砲が、黒光りする車輪を回して牽引されている 。
彼らが進むのは、尾根沿いに突如として「発見」された奇跡の古代道である 。森の木々は道の両脇に避けるように生え揃い、麓からの視線を遮る天然の天蓋となっていた 。
「まったく、呆れた軍道だ。大名行列が十列縦隊で歩けそうだぜ」
装甲兵車から身を乗り出した柴田大尉が、鼻で笑った 。
「だが、これで進軍計画は分刻みで完遂できる。…各車、車間距離を維持せよ! 上空警戒厳とせよ! 」
たとえこの時代に敵の航空機など存在しなくとも、彼らは皇軍の行軍教範を崩さない。対空機銃は常に空を睨み、兵士たちは私語を慎み、九九式短小銃を腕に抱いて自動貨車に揺られている 。
沿道の山間部に隠れ住む戦国時代の農民や木こりたちは、この日、世界の終わりを見たと信じた。轟音を立てて爆走してくる鋼鉄の異形の獣の群れ。石油とひまし油の焦げた異臭。彼らは腰を抜かし、泥に額を擦り付けてガタガタと震え、ただ厄災が通り過ぎるのを待つしかなかった 。
彼らの目には、我々が超常のものだとしても、けして神仏の使いなどではなく、地獄の釜から溢れ出した「鉄の悪鬼」にしか見えなかっただろう 。
やがて、難所であったはずの大井川に差し掛かる 。眼下には猛る濁流。だが、その上には、川の両岸からせり出した巨大な石灰岩が繋がり、見事なアーチ状の「自然の橋」を形成していた 。
「工兵中隊、渡河点確保完了! 橋の耐荷重、二十屯以上を確認! 重砲、そのまま渡れ! 」
工兵たちが手旗を振り、車列を誘導する 。九六式十五糎榴弾砲の重みが岩橋にのしかかるが、神の悪戯で形成されたその橋は、微かな軋みも上げずに皇軍の重機材を通していく 。
「素晴らしい」
私は九五式小型乗用車の後部座席で、エンジンの微振動に身を任せながら恩賜の煙草を吹かした 。
「これで、戦国の英雄どもが汗水垂らして泥道を行軍している間に、我々は悠々と死刑台を組み上げることができる」
五月十七日。作戦発動前夜 。
我々は、目標である尾張国・田楽狭間を遥かに見下ろす丘陵地帯の裏側に到達していた 。完全に敵陣の予想接地位置の目視圏外の、八キロほど離れた稜線の陰である。野砲大隊は護衛の歩兵1個中隊と共に更に四キロ前進している。いずれも敵の肉眼では到底見えない。
「陣地進入、完了しました」
堤大尉が、闇の中で分厚い眼鏡の奥をギラつかせながら報告に来た 。第三三五独立機動重砲大隊の、九六式十五糎榴弾砲十六門と機動九一式十糎榴弾砲四門が偽装網の下で、冷たい鋼鉄の砲身を夜空に向けている 。四キロ先では同様に第三三四独立野砲大隊の野砲と山砲群が準備を整え終えたころだろう。すべての火砲が「田楽狭間」という一点の殺戮領域に向けて、完璧な射撃準備を整えていた 。
「射撃諸元、算定完了」
堤は、天幕の中で計算尺と対数表を睨みながら、狂気に満ちた正確さで数値を弾き出している 。
「風向、風速、気温、装薬温度、すべて計算済みです。目標上空での曳火信管の炸裂タイミングも、誤差零点一秒以内に設定完了。…重砲群全砲門、いつでも火を噴けます」
そこへ、情報将校が暗号無線の受信紙を持って駆け込んできた。前方で網を張っている影山曹長の斥候班からの、歩哨通信網《有線電話》による報告だ 。
「今川義元の本隊、約二万五千。予定通り田楽狭間に向けて進軍中。明日、五月十八日の昼過ぎには完全に目標座標へ入り、休息をとる見込みです。また、織田信長の軍勢も、熱田神宮方面から密かに機動を開始しました」
「歴史の歯車は、我々の記憶通りに動いているというわけか」
私は冷たい笑みを浮かべた 。
「彼らはこれから、奇襲と白兵戦という誇り高き武士の戦い、中世の小奇麗なロマンを演じようとしている。だが、残念な事に彼らに用意されているのは、圧倒的な火力による、無慈悲で事務的な間引きだ」
私は天幕を出て、夜風に吹かれた。陣地の奥では、歩兵たちが小銃の手入れをし、戦車兵たちが履帯の泥を落としている 。一切の油断も慢心もない。ただ粛々と、翌日の大量殺戮の準備を整える、冷徹で美しき皇軍の姿がそこにあった 。
「…見ているか、嗤う観測者よ」
私は夜空に向かって、紫煙と共に悪態を吐き出した 。
「貴様の用意した盤上を、我々は冷徹な鋼鉄の機構として蹂躙する。誰一人、名乗りを上げる暇すら与えん」
歴史殺しまで、あと十数時間 。
鋼鉄の砲身は、黙して暁を待っていた 。
第4話了
旧しはいしゃさまは勝手で傲慢がデフォです




