第3話:美味しい朝ごはんと、初めての街づくり会議〜面倒なご近所付き合いは、きっちりお断りしちゃおう〜
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
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戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/
戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
永禄三年(一五六〇年)五月十日。
狂気と大質量の情報に脳髄を蹂躙された時空転移から、一夜が明けた。
木造の連隊長室に設えられた硬い寝台の上で、私は静かに目を開き、肺の底に溜まった澱んだ空気を吐き出した。窓の外からは、相変わらずポンピングジャックが上下運動を繰り返す単調な金属音と、製油所のボイラーが吐き出す重低音が、微振動となって床板を伝わってくる。鼓膜を圧迫するような昨日の異様な静寂も、脳蓋を直接揺らしたあのふざけた北関東訛りの「神」の声も、もう聞こえない。
ただ一つ、窓から見える空だけが、昨日までの「B公(B-29)の飛来を待つ絶望の空」から、不気味なまでに澄み切った「中世の青空」へとすり替わっていた。飛行機雲の欠片すらない、むき出しの原始の空だ。
午前六時。衛戍地に、喇叭手による『起床』の譜が鳴り響いた。
外に出てみると、実に奇妙にして滑稽な光景が広がっていた。五千名の皇軍兵士たちが、中隊ごとに兵舎の前に整列し、軍衣袴のまま一斉に体操を始めているのだ
この時代にラジオの電波など飛んでいるはずもないのに、下士官が「イチ、ニ、サン、シ! 」と大声で号令をかけ、それに合わせて兵士たちが生真面目に手足を伸ばしている。
数百年後の世界の終末を知らされてなお、身体の芯まで染み付いた軍隊の規律から逃れられない。人間の悲しい習性がそこにあった。
「…おはようございます、大佐殿。見事なまでに、日常ですね」
後ろから声をかけてきたのは、副官の乾宗谷中尉だった。彼の目の下にはドス黒い隈ができている。昨夜は狂乱した将校たちを医務室へ縛り付け、手持ちの鎮静剤を打って回るのに徹夜したのだろう。
「人間というのは、案外と図太いものだ。太陽が昇り、腹が減れば、とりあえず日課をこなそうとする」
私は苦笑し、軍服の襟を正した。
「朝飯にするぞ、乾中尉。腹が減っては、歴史の簒奪は務まらん」
我々が向かったのは、兵士たちの喧騒から少し離れた高台にある「将校集会所」だった。
皇軍において、将校と下士官兵の生活空間は厳格に分けられている。兵たちが内務班で飯上げされた麦飯をかき込んでいるのに対し、ここは文字通りの別天地だ。純白の卓布が敷かれた長机に座ると、当番の従兵が音もなく盆を運んでくる。
配膳されたのは、陶器の茶碗に盛られた白米、近海で獲れた鯵の干物、豆腐とワカメの味噌汁、そして地元で作られた上質な梅干し。
いくら相良が自給自足の独立施設とはいえ、ここは資源の枯渇した本土のど真ん中である。かつてのような豪勢な洋食など出るはずもない。しかし、他の部隊がサツマイモや大豆粕を混ぜた泥のような雑炊を啜っている現状を思えば、この純白の米と干物だけでも、将校たる者の品位を保つには十分すぎる贅沢だった。
私は無言で箸を取り、白米を口に運んだ。
美味い。だが、味がしない様な気がする。
周囲の卓を見渡せば、他の将校たちも皆、白い卓布の上で陶器の小鉢を睨みつけながら無言で咀嚼している。
彼らの目は、目の前の干物を見ているのではない。昨日、あの無音の瞬間に脳内へ叩き込まれた記憶―我々が時を飛んだ「その直後」に発せられた無条件降伏の詔勅。進駐軍による国土の蹂躙、復興と経済的狂乱、そして二〇二七年の空を覆う絶望の閃光を、昭和二十年の価値観を持った脳髄で必死に処理しようと、ギリギリの思考を巡らせているのだ。
「…食えるうちに食っておけ。昼からは、胃液を吐くほど頭を使うぞ」
私は乾中尉に短く告げ、残りの白米を味噌汁で流し込んだ。
午前九時。連隊本部の会議室。
昨夜のメンバーの乾副官、黒田首席参謀、武田少佐、二階堂少佐、堤大尉、海堂中尉、そして民間人の結城所長が顔を揃えた。皆、腹にメシを入れたおかげか顔に血の気は戻っているが、その瞳には尋常ではない重圧と、昏い知の光が宿っていた。
「では、軍議を再開する」
私は卓の最座から、全員の顔をゆっくりと見渡した。
「昨夜、私は『歴史の破壊』を宣言した。本日は、そのための具体的な理論構築を行う」
私は立ち上がり、黒板に白墨で大きく「今川」「織田」「松平」と書き殴り、そのすべてに力強くバツ印をつけた。
「まず大前提だ。我々はこの時代のいかなる大名とも同盟を結ばないし、従属もしない。すべて討ち滅ぼす」
私がそう告げると、歩兵大隊の武田少佐が、太い腕を組んだまま野太い唸り声を上げた。
「…大佐殿。我々の脳に叩き込まれたあの歴史の俯瞰図を見れば、織田信長や徳川家康が、いかにこの国の骨組みを構築したかは理解できます。そして我々は皇軍の将校だ。皇国を形作った過去の英傑たちを全否定するということは、我々が忠義を尽くす国体そのものを根底から否定することになりはせんか? 」
武田の言葉には、血を吐くような葛藤があった。彼らは未来の破滅を知らされてもなお、心根の底には天皇に対する絶対的な尊崇がこびりついている。昨日まで信じていた正義と、脳内に巣食う「敗北と滅亡の歴史」の板挟みになり、精神が引き裂かれそうになっているのだ。
主席参謀格の黒田少佐が、卓上の煙缶にタバコの灰を落としながら、冷たい声で引き取った。
「武田少佐。我々の忠義が向かう先は天皇陛下であり、武家政権ではありません。あの歴史の記憶を冷静に分析してください。源頼朝以来、武士という階級は『幕府』という名の覇府を築き、朝廷から政治的実権を簒奪し続けてきた。徳川が築いた二百六十年の停滞と厳格な身分制度も、結局は武士が己の既得権益を守るための機構に過ぎないのです」
「だが、明治維新で大政奉還がなされ、統治権は朝廷に返上されたはずだ! 」
武田が食い下がる。
海軍の海堂中尉が、腕を組んで鼻で笑った。
「陸さんはおめでたいですね。維新なんて、薩長という田舎の侍が、徳川という巨大な権力を出し抜くために『錦の御旗』を利用しただけでしょう。その証拠に、維新の後に何が起きました? 藩閥という新たな特権階級が生まれ、統帥権の独立を盾にした我々『軍部』という化け物が、かつての幕府と同じように政治を牛耳った。その成れの果てが、昨日、我々が消えた直後に下された無条件降伏ですよ」
会議室に、息を呑む音が響いた。
それは、彼らが最も直視したくない残酷な史実だった。
「その通りだ」
私は卓に両手をつき、全員を見据え一言ずつゆっくりと話した。
「我々軍人自身の存在こそが、皇国を滅ぼした最大の病巣なのだ」
「記憶を掘り起こせ」
「あの焼け野原で、我々が絶対の神と仰いだ天皇陛下は、進駐軍の毛唐の隣で一人の人間として立たされる。軍が国体を人質に取り、暴走した結果が、あの無惨な敗戦と屈辱だ」
私は恩賜のタバコを取り出し、マッチを擦った。紫煙が重苦しい空気を揺らす。
「諸君。我々が本当に陛下を尊崇し、皇国の永遠を願うのであれば、陛下をあのような政治的敗北と軍事の泥沼に引きずり込んだ仕組みと、それを構成する要素そのものを、この永禄三年の段階で完全に切除せねばならないのだ」
二階堂少佐が、湯飲みの縁を指でなぞりながら、微かに肩を震わせた。
「…大佐殿。それはつまり、武家政権という体制の根源たる『侍・武士』そのものを、この日本から消し去る、と? 」
「そうだ」
私は低く、地這うような声で言った。
「武士という『暴力によって特権を貪る血族集団』が存在する限り、歴史は必ず同じ轍を踏む。彼らは最終的に、朝廷の権威を自らの正当化に利用する。…ならば、我々がやるべきことは一つだ。日本中の武将を徹底的に鏖殺し、『血筋と刀で国を治める』という野蛮な仕組みを、圧倒的な威力で削除する」
息を飲む声が聞こえた。
私は言葉を区切り、全員の目を見た。
「そして陛下には、一切の俗世の権威権力から切り離された『純粋な象徴』としてのみ存在していただく。権威を持たねば、敗戦の責任を問われることも、我々のような愚かな軍人に利用されることもない。…これこそが、皇国を護り、陛下を永遠の安寧にお導きする唯一の道だ」
沈黙が降りた。
皆が無言でうなずいていた。
それは、彼らの中で「昭和の軍人」という古い殻がひび割れ、歴史の理を超越した「建国者」としての自覚が芽生えた瞬間だった。天皇を護るために、天皇の統治する国そのものを一度根底から破壊する。あまりにも背徳的で、悪魔的な忠義の形だった。
「…なるほど。朝飯を食う時、将校集会所の純白の卓布を見ながら私も考えていましたよ。我々軍人もまた、今の武士と同じ『特権階級』の傲慢に染まっていたのだと」
武田少佐が、苦渋に満ちた顔で、しかしどこか憑き物が落ちたように笑った。
「我々の手はとうに泥と血で汚れている。未来の悪魔の業火からこの列島を救えるのがその大逆の道しかないのなら…喜んで修羅となりましょう」
「我々は自覚的な簒奪者となる」
私は頷き、言葉を継いだ。
「未来の歴史の俯瞰図と、我が連隊の火力をもって、この列島を更地にする。そして武士も公家も存在しない、法と理性と合理性によって統治される新たな国家を打ち立てる。…結城所長」
私は、黙って軍人たちの狂気じみた問答を聞いていた民間人の長を見た。
「我々軍人は破壊しかできん。脳に刻まれた情報によれば、後世の兵器の図面がそのまま頭に入っているわけではないようだ。だが、大まかな科学発展の道筋はわかっている。あんたの製油所複合体やうちの工場の技術力があれば、蒸気機関や初期の電力、公衆衛生といった基盤を、数百年も前倒しして列島に敷き詰めることができるはずだ」
結城所長は、静かに丸眼鏡の位置を直し、初めて重い口を開いた 。
「ええ。大佐殿らの『大逆』は、私の立場と考えからも極めて合理的であり……必然です」
結城の冷徹な声が、会議室に響く 。
「私は貧農の出でしてね。必死に帝大を出て技術を修めましたが、結局あの国を動かしていたのは、旧大名上がりで威張り散らす華族どもに絡んだ財閥と、非科学的な精神論を振りかざす軍部の特権階級でした。私が心血を注いだ合理的な産業網は、彼らの汚職と横槍で無惨に破壊され、あの敗戦という破滅に至ったのです」
技術と数字にしか興味がない様に見える冷徹な合理主義者である結城が、軍の精神論を心の底から軽蔑している事は以前から知っていた 。丸眼鏡の奥の瞳には、国を破滅へ追いやった旧体制への昏い憎悪が宿っていた。
「武士とは、まさに我々の国を滅ぼしたその『特権階級』の源流です。血筋と刀という非科学的な暴力だけで民草を搾取し、技術の発展を阻害する不合理の極み。そんな連中が支配する封建制度の血の上に、近代的な思考が根付くはずがない。……武士、それと公家とかいう『何も生産せず、ただ血筋を誇り支配者然として振舞うだけの不合理な存在』は、根絶すべき癌なのです」
結城の言葉は、軍人たちの精神論とは別次元の、容赦のない「技術者としての冷酷さ」を持っていた。
「大佐殿。貴方が言うところの前近代の妄想を、圧倒的な火力で破壊し尽くし新しい世界を作るというのなら、私は輝かしい未来のために、喜んでこの油田複合体の全資源をもってご協力いたしましょう。 」
「頼もしいことだ」
私は再び黒板に向き直り、尾張・桶狭間周辺の略図を描いた。
「さて、その輝かしい未来のための、最初の仕事だが…極めて残酷な威力牽制を行う必要がある。民衆の骨の髄まで『武士の時代は終わった』と刻み込むための祭りだ」
野砲大隊の堤大尉が、待っていましたとばかりに立ち上がった。分厚い眼鏡の奥の瞳が、狂気じみた数学者のそれになっている。
「大佐殿のおっしゃる通り、五月十九日の桶狭間、田楽狭間。ここに今川義元の本陣が置かれ、そこへ織田信長の本隊が奇襲をかけます。…双方の首脳陣が一箇所に密集する、絶好の弾着地域です」
「我々機動歩兵が突っ込むのか? 」
武田少佐が問う。
「いや、それじゃただの乱戦だ。武士の刀や槍が通用しないという絶望を味わわせるには…」
堤が我こそはと答える。
「白兵戦などやらんよ」
私は堤の言葉を遮り、彼を見た。
「堤。重砲大隊の九六式十五糎榴弾砲十六門と機動九一式十糎榴弾砲四門による同時弾着射撃、および郷田君のところの野砲大隊の九五式野砲四門、九四式山砲八門を用いた視程外からの面制圧。全力射、可能だな?」
「容易いことです」
堤大尉は、黒板の桶狭間の図に、白墨で幾重にも重なる美しい円を描いた。
「田楽狭間を囲む丘陵地帯の死角に砲兵陣地を展開します。目標座標は、我々の頭の中の歴史図絵が寸分違わず教えてくれています。重砲群の計二十門は敵の約八キロ先から、野砲と山砲の計十二門は四キロ前進し四キロ先の地点から、いずれも敵の目視圏外から効力射を実行いたします」
堤の声が、じわじわと熱を帯びる。彼の脳内では既に完璧な弾道計算と殺戮のシミュレーションが完了しているようだった。
「まず、今川と織田の両本陣の頭上二十メートルで炸裂するよう調整した、時限信管の十五榴と十榴の第一撃です。三十六キロを超える十五榴弾十六発と、十五キロの十榴弾四発による同時空中爆発……これは榴散弾のような生温いものではありません。数万の鋭利な鋼鉄の破片が超音速の暴風雨となって頭上から降り注ぎ、竹束や木盾はおろか、重厚な甲冑ごと彼らを細切れにします。名乗りを上げる暇もなく、武将から馬に至るまで人馬の区別なく原型を留めず消滅するでしょう」
白墨で黒板をカン、カン、と叩きながら、堤はさらに言葉を継ぐ。
「そして間髪入れず、野砲と山砲による第二撃が着発信管で弾幕を張ります。九五式野砲四門の高速かつ低伸する平射が、混乱し逃げ惑う敵兵を薙ぎ払い、同時に九四式山砲八門が急角度の曲射軌道を描き、谷底や稜線の裏側などの死角に隠れようとする残敵の頭上へ正確に死を落とします。圧倒的な炸薬の爆風によって桶狭間一帯は完全に更地と化し、文字通り一つの草の根も残りますまい」
会議室に、再び重たい沈黙が落ちた。
誇り高き武将たちの命のやり取りを、一方的な「害虫駆除」へと貶める、悪魔の戦術だった。
信長も、義元も、家康も。のちに神の如く崇められる英雄たちが、ただの肉の塊として無意味に吹き飛ばされるのだ。
「…ひでえ話だ」
海堂中尉が、額を押さえて吹き出した。
「鎧兜が何の役にも立たないとわかれば、日本中の武将が小便を漏らして震え上がりますよ。…痛快じゃないですか」
二階堂少佐も、冷酷な笑みを浮かべた。
「その砲撃の後、混乱して逃げ惑う残存兵どもを、我が大隊の戦車、それと武田少佐のとこの機動歩兵で掃討しましょう。誉れ高き三河武士や尾張の精鋭が、ただの鉄の履帯に轢き潰される光景こそ、新時代の幕開けにふさわしい」
将校たちが、次々と獰猛な笑みを浮かべ、賛同の声を上げる。
かつて皇軍を縛り付けていた名誉も体面ももうない。ここにあるのは、近代兵器の暴力を冷徹に計算し尽くした、純粋な殺戮の論理のみだった。
「決まりだな」
私は煙缶にタバコを押し付け、軍議の終了を宣言した。
「詳細はこの後詰めていくが、作戦発動日は五月十八日。第三三四独立混成連隊は、これより尾張・桶狭間へ向けて作戦行動を開始する。念のために言っておくが、これは戦争でも合戦でもない。この国の未来を変えるための地道な作業の第一歩だと考えてほしい」
私は、純白の卓布で拭った手を軍刀の柄に掛け、歴史の神殺しへ向けて立ち上がった。
建国の最初の一歩は、この上なく不条理で、血に塗れた蹂躙から始まるのだ。
第3話了
チートは異世界物の基本です。




