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第24話:船から煙モクモクで大ピンチ!?〜勘違い君たちは、木工細工で遊んでて〜その2

三月二十四日、午後二時。


「艇長。どうやらあいつら、俺たちを『宝船』だと思ってるらしいぜ。接舷の準備をしてやがる」

 第二十三号艇の艦橋で、海堂は、皮肉たっぷりに口の端を歪めた。


 海堂は今回、船団全体の指揮を執る「艦隊司令官」としての席に座っている。実務としての艇の指揮は、相良に転移してから何かが吹っ切れたような、後輩の艇長に任せていた。

 二十七歳の若すぎる司令官は、艦橋の窓枠に身を乗り出し、双眼鏡で迫り来る木造船の群れを冷静に観察していた。


「……石川殿、見ておきな。これが、あんたの主君が踏み入れた『新しい世界』の、最も野蛮な側面だ」


 傍らで、あまりの威圧感に震えが止まらない一正にそう告げると、海堂は短くなった煙草を灰皿に押し付け、無線士に吠えた。


「各艦に連絡。……距離一五〇〇。第一海東丸だいいちかいとうまる、八糎高角砲にて威嚇射撃。鼻先に喰らわせろ。無駄弾は撃つな。一発ずつ、狙い澄ましてだ」



 船団の先頭、カツオ漁船を改装した「第一海東丸」の甲板が動いた。

 砲台長を務める海軍下士官の佐藤一等兵曹が、汗を拭いながら照準器に目を押し当てる。


「目標、右前方・先頭の関船。……撃てッ!」



ドォォォォン!!  


 一五〇〇メートル。北条の兵たちが「鉄砲の届かぬ安全圏」と信じて疑わなかった距離で、近代の理不尽が炸裂した。


 放たれた八糎砲弾は、初速を維持したまま海面スレスレを飛び、標的の関船のわずか三メートル前に着弾した。

 凄まじい衝撃波と、十メートルを越える巨大な水柱。 至近弾の波濤だけで、木造の関船はバランスを崩し、漕ぎ手たちは何が起きたのかも分からず海へと放り出された。


「な……なんだ!? 何も聞こえなかったぞ!」  

北条側の兵士たちが動揺し、櫂の動きが乱れる。



「司令。威嚇でよろしいのですか」

 艇長が静かに指摘する。


「いいんだよ、あれで。中世の侍に『距離』って概念を教えてやってるのさ」

 海堂は冷めた目で、逃げ惑う小舟の群れを見つめていた。


「次は本番だ。観洋丸かんようまる、二十五ミリ機銃射撃開始。……弾幕を張る必要はない。確実に見える相手だけを、処理していけ」



中型貨物船「観洋丸」の右舷。

九六式二十五粍単装機銃の傍らには、船舶砲兵の山田一水(一等水兵)と国民軍の兵士で、機械操作に適性ありとされて抜擢され、先日まで訓練に明け暮れていた兵助が弾薬補助役として張り付いていた。


「兵助、震えるなよ! 練習通りだ!」

 山田が、重い十五連発の弾倉を構えて必死な形相の兵助に声をかける。


山田は、照準器の中に飛び込んでくる北条の武者たちの「顔」が見える距離まで引き付けていた。


距離、三〇〇。


北条の関船から、威勢のいい鬨の声とともに火縄銃の火がチラリと光った。


「……馬鹿が。届くわけねえだろ」


 山田は引き金を引いた。  


タ、タ、タ、タッ、と、一発ずつ狙い撃つような独特の連射音。


 二十五ミリ機関砲弾は、木造の楯板を紙細工のように貫き、その裏にひしめいていた兵士たちを物理的に解体した。


五連射しては、次の船。また五連射しては、次の船。


「弾倉、交換!」  

十五発を撃ち尽くすと、兵助が流れるような動作で空の弾倉を叩き落とし、新しいものを叩き込む。その間、わずか数秒。だが、その数秒の間に、機銃の銃身は硝煙を上げ、灼熱の熱を帯びていた。



 北条側の船上は、地獄と化した。

弾丸に直接当たらずとも、弾けた木片(ウッド・スプリッター)が散弾となって降り注ぎ、兵たちの手足を、顔を、無残に削り取っていく。


「……これは戦ではない。祟り神の仕業じゃ!祟りじゃあ!」

 勇敢なはずの東国武士たちが、武器を捨て、船底に蹲って震え始めた。



 第二十三号艇は、そんな阿鼻叫喚の海域を、微速で悠然と突き進んでいった。 目標は、なおも旗を翻し、こちらに突き進んでくる総大将が乗る安宅船だ。


「……距離、五〇〇」


 海堂が、艇長に短く合図を送った。

「艇長、あとは任せるぜ。……短十二糎、一発で終わらせろ」


第二十三号艇の艦首。

 本来は商船の自衛用に開発された、大口径・低初速の「短砲身砲」 

それが、ゆっくりと安宅船のど真ん中へと向いた。

 砲手の山下二等兵曹は、額の汗を拭い、一呼吸置いてから、撃発の紐(ランヤード)を引いた。



ズ、ドォォォォォォォンッ!!


相模湾の空気を物理的に圧縮するような重厚な咆哮。  鋼鉄の殻を持った十三キロ高性能爆薬が、わずか五〇〇メートルの至近距離で安宅船の船腹を捉えた。


 貫通ではない。それは「消滅」であった。着弾の瞬間に大量の炸薬が爆発し、過圧によって安宅船の板材はすべて継ぎ目から外側へと吹き飛んだ。

 一拍置いて、巨大な木造船は竜骨キールから真っ二つに裂け、マストが倒れ、まるで巨大な墓標のように海面へ没していった。



静寂。

 海面には、北条水軍の誇りであった漆塗りの残骸と、血に染まった木屑が漂うばかり。

 生き残った小早や関船の漕ぎ手たちは、もはや逃げることすら忘れ、天を仰いで呆然としていた。




艦橋の窓枠に肘をついたまま、海堂は、再び新しい煙草に火をつけた。


「石川殿。見ての通り、この世界には、神仏も武勇も通じない無理矢理ってやつがある。……理解できたかな?」


一正は、何も答えられなかった。

 ただ、黒い煙を吐いて北上を続ける鋼鉄の塊を、何か恐ろしい神でも見るかのように見つめることしかできなかった。




午後三時。

三浦沖、戦闘終了。


 相良の船団は、かすり傷一つ負うことなく、北上の途に就いた。間も無く城ヶ島に、昭和の楔が戦国の土壌に深く、無慈悲に打ち込まれようとしていた。






三月二十五日、午前五時。


三浦半島の先端に位置する城ヶ島は、春先特有の、身を切るような冷気を孕んだ薄闇に包まれていた。

 海霧が立ち込め、視界は百メートルにも満たない。だが、その沈黙を切り裂くように、沖合の船団から鈍い、しかし規則正しい内燃機関の排気音が響き始めた。


 特設運貨船「観洋丸」と「第二十三号艇」の舷側から、六メートル通船やカッター、そして八馬力の焼玉機関を積んだ内火艇が次々と降ろされる。


「……音を立てるな。櫂は水面を滑らせろ。内火艇はクラッチを切り微速で寄せろ」

第一波を率いる田中一等兵曹が、低い声で命じる。


 彼らは「国民軍」の農民兵ではない。真の戦の玄人である陸戦隊の精鋭たちであった。

 田中自身、上海事変の市街戦でコンクリートの残骸に身を隠しながら戦い、南洋の玉砕島で飢えと渇きに耐え抜いた経験を持つ。しかし、彼らは決して血も涙もない殺人機械ではなかった。むしろ、死線を潜り抜けすぎたがゆえの、どこか投げやりで、それでいて生活感の滲む人間味を漂わせていた。


「おい、足元気をつけろよ。戦国時代に海草に足を取られて溺死したんじゃ、上海の仲間に笑われるからな」


 陸戦隊員の一人が、隣の若手に冗談を飛ばす。彼らは九九式短小銃を頭上に掲げ、腰まで海水に浸かりながら、慣れた足取りで砂浜へと踏み出した。


 上陸すると同時に、彼らは砂浜を全力で駆け抜ける。一〇〇メートル。二〇〇メートル。要所要所に身を潜め、安全を確保していく。その挙動には、無駄な飾りも、英雄的なポーズもない。ただ、一日でも長く生き延びるための合理的な動作の集積があった。



 陸戦隊が橋頭堡を確保したことを確認し、ようやく「第七大黒丸」が船首を砂浜に向けた。


 総トン数四十八トンの木造機帆船。その船底には、急造で貼り付けられた鋼板が鈍い音を立てて砂利を噛んでいる。この船の舳先には、小さな港での荷下ろしに使われていた、古びた木製のランプが備わっていた。それを相良の工廠で鉄板を継ぎ足し、無理矢理に補強された即席の坂道が、ギギギィッという悲鳴を上げて砂浜へと倒れ込む。

 ランプの隙間からは砂がこぼれ、木材が軋む。その不安定な足場を通って、まず一台の「均土機ブルドーザー」が、ヴォォォォンッ!という暴力的な黒煙を吐き出しながら這い出してきた。



 重機と資材の揚陸が進む中、カッターに乗った「国民軍」の二個分隊、二十名が砂浜に到着した。

 彼らは新品の黒い軍服を海水でずぶ濡れにし、重い村田銃に振り回されながら、波打ち際で無様に転んでいた。


「うわっ、冷てぇ! これ、本当に乾くのかよ……」

元・農民の留吉が、砂まみれになった膝を見て泣き言を漏らす。


「立つんだ、留吉! 陸戦隊の方々が見てるぞ!」

分隊長の辰三が、自分の震える足を隠すように叱り飛ばす。


 その様子を、岩陰に陣取っていた陸戦隊の田中一等兵曹が、タバコの煙を吐き出しながら眺めていた。


「……へっ、案山子どもが。ありゃ、一ヶ月交代の守備につくだけで精一杯だな」

隣の隊員が鼻で笑ったが、田中は首を振った。


「そう言うな。あいつら、訓練を始めてまだ三ヶ月だろ。その割には、銃だけは離さねぇ。……それに、いざ陸で何かあった時、俺たちの代わりに真っ先に弾を受けるのは、あいつらなんだからな」


 田中の言葉に、周囲の陸戦隊員たちが沈黙した。彼らは知っている。櫻井大佐が国民軍を設立した真の目的の一つが、貴重な「相良の将兵」を温存するための、物理的・心理的な盾であるということを。

 それを知っているからこそ、ベテランたちは彼ら素人部隊に対して、ある種の憐憫と、そして「よくやっている」という奇妙な共感の混じった視線を送っていた。


「おい、国民軍! そこじゃ波にさらわれるぞ! こっちの岩陰に集まれ!」

陸戦隊員の一人が、不器用な親切心で留吉たちを呼び寄せた。  


 国民軍の兵士たちは、その「本物の兵隊」の言葉に、救われたような顔をして駆け寄る。彼らにとって、城ヶ島の暗い松林の向こう側は、いまだに幽霊や物の怪が潜む中世の闇そのものだったのだ。



 工事は、陸戦隊の警戒網の中で、工兵たちと国民軍兵によって狂気じみた速度で進められた。

 排土板が、数百年かけて形成された砂丘を無慈悲に削り取り、松の根をなぎ倒していく。その背後では、国民兵たちが汗だくになりながら、第七大黒丸から運び出された「敷鉄板しきてっぱん」を、パズルのように砂地へと叩き込んでいた。


「一、二! 一、二!」


 数十キロもある鋼鉄の板。それに開けられた無数の穴。それらがガシャン、ガシャンと規則正しい金属音を立てて連結されていくたびに、城ヶ島の土壌は近代という名の、抜くことのできない棘を埋め込まれていった。




三月三十一日、夕刻。


 島の南側に、長さ二〇〇メートルに及ぶ、鈍い銀色に光る滑走路が完成した。周囲の松林や、岩陰で怯える島民たちの目から見れば、それは大地に刻まれた「神の爪痕」にしか見えなかっただろう。




四月一日。午前十時。


 水平線の彼方から、相模の空を切り裂くような、しかしどこか懐かしいエンジンの音が響いてきた。


「……来たね。一番機だ」

 高台の監視所に立つ海堂が、双眼鏡を下ろして呟いた。


 雲の中から現れたのは、九八式直接協同偵察機。如月大尉が駆る長距離型ではない、補助タンクのみを装備した通常型の機体だ。

 操縦桿を握るのは、風間勇中尉。 かつて南方戦線で敵艦隊への突入に失敗し、対空砲火で片眼の視力を失った男だ。黒い眼帯でその傷を隠した彼は、生き残ってしまった自分を「死に場所を失った幽霊」のように感じていた。彼の操縦には、生への執着がないがゆえの、狂気じみたまでの精密さがあった。


 風間は、眼下の城ヶ島に横たわる銀色の「線」を視界に捉えた。


「……よくぞ三日で仕上げてくれた。感謝するぜ、土方の連中」


 彼はスロットルを絞り、ハ一三甲エンジンが「パン、パン」と乾いたアフターファイアを上げながら、機体は鋭い角度で高度を落としていく。  


接地。  


 ガガッ、という激しい金属的な振動が、敷鉄板からタイヤを通じて機体を揺さぶる。猛烈な砂塵を巻き上げながら、一番機は城ヶ島の土を初めて踏みしめ、ピタリと停止した。



 風防を跳ね上げ、眼帯の風間中尉が降り立つ。 迎えに出た海堂は、完璧な、しかしどこか皮肉を隠しきれない丁寧な敬礼を送った。

 海堂は守備隊から、陸軍と海軍のバランスを取るため、陸軍の特務少佐という怪しげな肩書きを預けられていた。そのため風間に対して上官にあたるので、海堂から先に敬礼を送るのは不自然ではあったが、実際のところ風間は中尉として先任だ。


「風間中尉、相模湾へようこそ。見事な着陸でありました。……足元が少々跳ねたようですが、お怪我はありませんか?」


「海堂司令。……相良より一番機、到着しました。いい滑走路ですよ、少々鉄の味がしますがね」


 風間は片眼で周囲を睥睨し、最低限の礼は失せず、それでも無愛想に答えた。


「贅沢を言わんでください。土と砂しかない島に、三日で鉄の絨毯を敷いたのですから。……ところで、如月大尉はどうされました?」


「大尉は長距離型で、今頃は常磐の沿岸を撫で回しているはずですよ。明日にはこちらに戻り、そのまま次の侵攻先の偵察に飛ぶ予定です。あの人は、空の上にいないと死んでしまうらしいですからな」



夕闇が城ヶ島を包み始める。

 滑走路の周囲には有刺鉄線が張り巡らされ、国民軍の守備隊二十名が、震えながら村田銃を抱えて歩哨に立っていた。

 彼らの背後では、陸戦隊の兵士たちが、観洋丸から降ろされた缶詰や乾パンを分け合い、時折笑い声を上げながら夕食を摂っている。その日常的な光景こそが、国民軍の兵士たちには、最も異常で、かつ心強いものに見えた。



 海堂は、第二十三号艇の艦橋に戻り、暗くなった海を見つめていた。一正が、隣で静かに口を開く。


「海堂殿……。貴殿らは、この島を一体何に変えるおつもりか。この、異様な城壁と、鉄の道……」


「石川殿。まぁそこまで大事に捉えずとも大丈夫ですよ。ここは言うなれば峠の茶屋のようなものです。九八直協が翼を休め、船や乗組員が一息をつく、そんな場所作っただけですよ」


 海堂の言葉は、少し皮肉っぽくそれでいて楽し気に響いた。この拠点がある限り、相良の眼は空から北を見下ろし、相良の腕は海を通じて東北の資源地帯へと確実に伸びていく。



 一五六一年の闇は、探照灯の暴力的な光と、内燃機関の咆哮によって、否応なく暴かれようとしていた。

 「新世紀」は、相模の海を越え、さらに北へとその航跡を伸ばし始める。




第24話 了


最後までお付き合いいただき感謝します。

気に入っていただけたら、ページ下部よりブックマークとポイント評価をお願いします。


海戦の描写は難しいですね。


別シリーズの短編をアップしました。

「異聞 五稜郭」

https://ncode.syosetu.com/n4984mc/


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