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第24話:船から煙モクモクで大ピンチ!?〜勘違い君たちは、木工細工で遊んでて〜その1

この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。

 

零戦様HP https://mypage.syosetu.com/26122/ 

戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/

戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/

永禄四年(一五六一年)三月二十一月。

午前十時。


 相良港の春の陽光は、微塵も容赦のない強さで艦艇の艦肌を照らし出し、海水と混じり合った重油の匂いが、じっとりと重い熱を帯びて岸壁に立ち込めていた。


 私の鼻腔を突くのは、もはや潮騒の香りではない。ディーゼル機関が吐き出す濃密な排気、焼玉機関から立ち昇る青白い不完全燃焼の煙、そして可動部に注されたばかりの新しいグリスの臭気だ。それらが相まって、この中世の海岸線を強引に「昭和の工廠」へと塗り替えている。


 岸壁は、足の踏み場もないほどの群衆で埋め尽くされていた。


 そこには、一月の結成時に支給された黒い軍服を誇らしげに、しかしどこか緊張で強張った顔で纏う国民軍の兵士たちがいた。その周囲を取り囲むのは、彼らを見送るために集まった家族たちだ。


 かつて今川の徴兵に怯え、あるいは野盗に怯えていた農民の女たちが、今は相良の紡績工場で織られた清潔な着物を着て、必死に声を張り上げている。


「兵吉! 弾はたっぷりあるんだろう? 無理しちゃ駄目だよ!」


「父ちゃん、お土産はいらないから、元気で帰ってきておくれ!」


 上等兵の腕章を巻いた兵吉とやらは、甲板の端で直立不動の姿勢を取りながら、遠ざかる妻と幼い息子の姿を網膜に焼き付けているようだった。その手には、手入れの行き届いた十八年式村田銃が握られている。かつて鍬を握っていたその手は、今や近代的な軍事システムの一部として、家族に「相良での安泰な暮らし」を約束するための道具を握り締めていた。



「おい、あんた……。俺たちは本当にこれに乗って海を渡るんだな」

 隣に並ぶ元今川の家臣だった老兵が、兵助に小さく呟く。

「ああ。大佐殿が言ってた。この先には、俺たちの家族が一生食っていけるだけの宝が眠ってるんだと。……嘘じゃないさ。大佐が俺たちに嘘を言った事は無いだろ?」

 彼ら国民軍にとって、相良はもはや占領者ではなく、自分たちの運命を預ける唯一の居場所となっていた。



 私は軍帽のひさしを抑え、眼下に停泊する七隻の艦影を静かに数え上げた。


 一、二、三……。


 これが現在の相良が動員しうる海上戦力のすべてだ。陸軍の論理からすれば、自らの命脈を担うすべての海上兵力を、この一度の遠征に投じるのは極めて大きな決断と言える。だが、これは無謀な博打ではない。我々が持ち込んだ技術の優位と、造船班や技術班の諸君たちが、不眠不休で整備し抜いた機械の信頼性を考えれば、これは勝つべくして勝つための投資であった。


 この船団が常磐の石炭と釜石の鉄の供給ルートを構築できれば、相良という生き物は真の意味で自立し、この戦国の地で永劫の炎を灯し続けることができるのだ。



 船団の先頭を切るのは、旗艦・第二十三号艇。鋼鉄の船体は春の光を跳ね返し、艦首の短十二糎砲は、これから出会うあらゆる戦国の幻想を粉砕する準備を整えていた。


 その後方には、特設艇の勇士たちが続く。

 遠洋マグロ漁船の素性を隠しきれない第二永徳丸。マストの上では、水平線の微かな影さえ見逃さない異常な視力を持つ見張員たちが双眼鏡を首にかけ、一点の曇りもない空を睨み据えている。


 カツオ一本釣り漁船を改装した第一海東丸は、船団随一の速力を誇り、甲板に据えられた八糎高角砲が、その攻撃的なシルエットを際立たせていた。


 そして、酷使され続けていた第三天祐丸も、ドックでの徹底的な修理を終え、今は焼玉機関の快いビートを響かせながら、巧みに帆を張って風を孕んでいる。その船底を叩く波の音に、もはや漏水の不安はない。


 浅喫水を活かした揚陸の要、第七大黒丸もまた、エンジンを回しながら帆走を併用し、しなやかな航跡を描いていた。


 その後ろを行くのは、木鋼交造の堅牢な船体を持つ観洋丸だ。二百二十トンという、この船団の中ではバランスの取れた端正な体躯を誇り、かつての瀟洒な一等船室は今、重要な無線機や医療物資を運び、二等船室には陸戦隊の諸兵を載せ、かつての南洋の貴婦人としての品格を漂わせている。


 最後尾には、すべての命脈を繋ぐ巨大な鋼鉄の貯蔵庫、油槽船目白丸が、そのずんぐりとした船体に膨大な燃料を詰め込み、静かにその巨体を動かし始めていた。





第二十三号艇 艦橋。


 海軍中尉、そして陸軍特務少佐と言う何やら怪しげな階級を守備隊から与えられた海堂は、不敵な、それでいてどこか冷めた笑みを浮かべていた。


 年齢は二十七歳。本来ならばエリート街道の只中にいるはずの彼が、今ここで皮肉屋としての仮面を被っているのには理由がある。

 彼は、かつて海上勤務の際、自身の婚約者を不当な手段で寝取った上官の大尉を半殺しにするという事件を起こしていた。海軍は組織の面目を守るために事件を隠蔽したが、代償として彼の昇進は凍結されたのだ。


 恩賜の短剣組とまではいかなかったが、それなりのハンモックナンバー(士官学校卒業席次)を持ち、優秀な操艦技術と状況判断力を兼ね備えた、将来有望な海軍士官と評価されていた彼であったが、転移前までは汚れ仕事を転々とさせられる厄介者として扱われてきた。だが、その屈折した野心と有能さが、今この非常事態において、相良の海上戦力を束ねる最高の要となっている。



「……石川殿、そんなに手すりを握りしめても、船は速くなりませんよ。それとも、船の心臓の音が怖くて、足元が落ち着きませんか?」


 海堂は、隣で顔を青くしている石川一正に、わざとらしいほど軽い口調で皮肉を投げた。

 松平元康の代行として交渉役を務める一正は、足元から伝わるディーゼルの重低音と、帆を張っているのに黒煙を吐く機帆船の異様な光景に、まるで黄泉の国の軍勢に連れ去られるかのような戦慄を覚えていた。


「海堂殿、これほどの大軍を動かすのに、風の一陣も待たぬとは。貴殿らは、天の理さえも踏みにじるおつもりか……」


ことわりなんてのは、強い方が決めるもんです。今は、このディーゼルが俺たちの天ですよ。……さあ、見送りの人たちに、景気いいのを一発食らわせてやりましょう」


 海堂は艇長に軽くうなずいてから、伝声管に向けて叫んだ。


「両舷前進微速。…… 長声一発(汽笛を鳴らせ)。抜錨だ!」





 ヴォォォォォォォッ!!


 第二十三号艇の汽笛が、相良の港に響き渡った。重低音の衝撃波が、岸壁の住民たちの肌を直接震わせ、一瞬、喧騒を静寂へと変えた。


 続いて、各船が次々と咆哮を上げ、黒い煙が春の青空へと力強く突き刺さる。


 岸壁の端で、一人の老女が数珠を握り締め、鋼鉄の船に向かって深く頭を下げていた。彼女にとって、それは神仏の乗り物にも、あるいは地獄の船にも見えたかもしれない。だが、その船に乗っているのは、かつて村を焼かれ、行き場を失った自分の孫なのだ。


 船団がゆっくりと港を離れ、白波を立てて進み始める。岸壁で見送る私の視界から、七隻の艦影が小さくなっていった。



 海堂中尉は、艦橋の窓から振り返ることなく、太平洋の水平線を見据えていた。彼の背中には、自分に託された重責への自覚と、過去の汚名をこの「新世紀」で雪ごうとする、冷徹なまでの野心が宿っているように見えた。


「全艦、単縦陣。目標、三浦半島・城ヶ島。……これより、海軍の時間を始めるぞ」


 昭和の技術と、二七歳の皮肉屋の矜持。それが、戦国の海を真っ二つに裂き、輝く航跡を描き始めた。





 これは後になってからわかった話をいろいろと分析した結果だが、我々の船団が駿河湾を抜け、伊豆半島を回り込んで相模湾へと侵入した際、関東の覇者・北条氏康がこれを「明白な侵攻」と断じ、水軍の総力を挙げて迎撃を命じたのには、彼らなりの極めて真面目で、かつ悲劇的な「理屈」があったそうだ。


 そもそも、北条という組織は戦国時代においても指折りの「情報重視型」の勢力だ。風魔ふうまを筆頭とする透波すっぱたちが、今川領内で起きた「異常事態」を小田原へ逐一報告していなかったはずがない。


 彼らは見ていたのだ。今川軍が文字通り蒸発するように消滅した戦場を。夜の帳を太陽のような光が切り裂く新相良の街を。そして、泥傀コンクリートが数日で石へと変わり、巨大な城壁を形成していく様を。


 氏康ほどのリアリストであれば、それらが「魔法」や「呪術」ではなく、未知の圧倒的な「技術」であることを、本能的に理解していたに違いない。だからこそ、彼は当初、極めて慎重な「内陸避難」と「沿岸放棄」を指示していた。


 だが、中世の組織構造というものは、頭脳が合理的であっても、手足がそれに従うとは限らない。


 北条水軍という組織にとって、海は単なる魚を獲る場ではなく、巨大な利権そのものだった。三浦半島の先端に位置する城ヶ島は、相模湾の喉首を抑える栓のような場所だ。そこを通過する船から通行料を徴収し、自らの制海権を誇示することで、彼らは北条家内での地位と経済基盤を確立していた。


 そこに、正体不明の、帆を持たぬ鋼鉄の巨艦(第二十三号艇)を引き連れた船団が、轟音を立てて土足で踏み込んできたのである。これは彼らにとって、生存権そのものの侵害であり、武士としての誇りを公衆の面前で泥に塗られる屈辱に他ならなかった。


 そして、彼らが我々の艦隊を観測した際に抱いた「合理的誤解」が、その無謀な突撃に拍車をかけた。


 北条の斥候たちが、伊豆の断崖から海を睨んだ際、彼らの網膜に映った相良の船団は、彼らの知る「最強の船」の定義からあまりにも大きく外れていた。

 まず、どの船からも不気味な黒い煙が立ち昇っていたことが、彼らの判断を狂わせた。


 中世の船乗りにとって、船から煙が出るということは「火災」か「致命的な故障」の二つに一つだ。彼らは真面目な顔でこう報告したという。

「南蛮の巨船と見えたが、内情は火事か故障で難儀している。黒い煙を噴き、あちこちに火を抱え、海を漂うだけの哀れな漂流船である。あるいは、今川の祟りにでも遭ったのであろう」と。

 彼らにとって、煙を吐くことは「不気味な攻撃」ではなく「断末魔の悲鳴」に見えたのだ。


 さらに、機帆船(第三天祐丸、第七大黒丸、観洋丸)たちが、帆を張っているにも関わらず、風向きを完全に無視した軌道で、しかも一定の速度を維持して進む様は、彼らの目には「死に物狂いでを漕ぎながら、火災に混乱して操船が狂っている姿」に映った。


「船は大きいが、風を掴むこともできず、迷走している。今なら容易に近づき、接舷できる」

 彼らの戦術の基本は、接舷しての移乗攻撃、すなわち白兵戦だ。彼らは、鋼鉄の壁の内側に隠れている我々の乗員を、「船が燃え、逃げ場を失って震えている臆病者」と結論づけた。


 これに加味されたのが、現場の武将たちの「功名心」という不治の病だ。


 氏康が「相良とは戦うな」と命じれば命じるほど、血気盛んな水軍の将たちは「殿は未知の怪物を恐れているが、我々があの火を噴く漂流船を拿捕し、その技術を手に入れれば、北条は天下を獲れる」と、自分勝手な解釈を膨らませていった。


 彼らにとって、相良の船団は「恐怖の対象」ではなく、「故障して動きの鈍くなった、莫大な財宝を積んだ宝船」に見えていたのである。


 さらに皮肉なのは、彼らが抱いた「数の優位」という幻想だ。

 北条の安宅船には、一隻に数百人の戦闘員がひしめき合っている。対して、相良の船の甲板には、ほとんど人影が見えない。


「船はデカいが、中に人はまばら。切り込めば数分で制圧できる」


 彼らはそう信じて疑わなかった。近代兵器の火力が、一対一の斬り合いではなく、数百人を一瞬で「処理」するためのシステムであることなど、想像の範疇を超えていた。


 物理法則という冷徹な神が支配する世界で、中世の「常識」という極彩色に歪んだバイアスを以て、我々を測ろうとした。


 彼らは自分たちの培ってきた伝統的な戦技、接舷、放火、乱取りが、音速を超える砲弾や、一分間に数百発の鉛玉を吐き出す機銃の前で、どれほど無力であるかを悟る機会さえ与えられなかった。


 北条水軍の将たちは、勇ましく法螺貝を吹き鳴らし、自らの死へと続く航跡を意気揚々と描き始めた。


 彼らが、自らの「合理的判断」がいかに無慈悲に粉砕されるかを思い知るまで、あと数時間に迫っていた。





三月二十四日、午後二時。


相模湾を包む春の霧が、潮風によってカーテンを開けるようにゆっくりと払われていった。

 三浦半島の最南端、城ヶ島の切り立った断崖を右手に捉える海域で、相良の船団は、待ち構えていた「中世のことわり」と対峙した。


 水平線を埋めていたのは、北条水軍の主力、およそ八十余隻。

 中央に並び立つ二隻の大型安宅船は、漆塗りの重厚な屋形を冠し、数多の軍旗が春の陽光に翻っている。その周囲を固めるのは、細身で快速を誇る関船せきぶねと、無数の小早こはやだ。


 彼らにとって、この海域は聖域であり、領土であった。そこを帆も持たぬ、あるいは煙を吐く不気味な巨躯で蹂躙しようとする「南蛮船もどき」を、彼らは武士の誇りを賭けて排除せねばならなかった。





 安宅船「小田原丸」の甲板では、将の富永左衛門尉が、眉根を寄せて眼前の敵を見据えていた。


「……やはり、風を受けておらぬな。にもかかわらず、あの速さで波を割るとは」


 富永の目には、相良の船団が「神仏の加護を得た怪異」には見えなかった。長年海を走ってきた男の勘が、あれは「何らかの理屈に基づいた、不気味なまでに精密な機械」であると告げていた。

 だが、同時に彼の経験則が、致命的な誤認を導き出す。


「見ろ。どの船からも黒い煙が立ち昇っておる。駿河の忍びが言うた通りよ。あの船は内側から燃え上がっておる。火災に慌てて、兵も満足に甲板に出てこれぬのだ」


 相良の船は、人影が極端に少なかった。砲塔や機関室、あるいは鋼鉄の壁の内側に兵が隠れているなど、移乗攻撃を本義とする彼らには想像すらできない。


「帆もなく、火に焼かれ、兵もまばらな漂流船よ。近づいて接舷せよ! あの船を分捕れば、北条は天下を握れるぞ!」


 法螺貝が吹き鳴らされた。中世の海の掟に基づいた、総攻撃の合図だった。




この項つづく






最後までお付き合いいただき感謝します。

気に入っていただけたら、ページ下部よりブックマークとポイント評価をお願いします。


次回は戦闘シーン!


別シリーズの短編をアップしました。

「異聞 五稜郭」

https://ncode.syosetu.com/n4984mc/


宜しければこちらもどうぞ

「南山共和国建国史シリーズ」

https://ncode.syosetu.com/s0124k/


ご興味がある方はご一読くださいませ。



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