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第21話:春のワクワク船旅へ向けて、レッツDIY!〜今日も活気あふれるホワイト職場で、楽しくモノづくり〜

永禄四年(一五六一年)一月十四日 


 三が日の静寂が嘘のように、相良の地は、本格的な戦争準備体制へと移行していた。


 三月上旬に予定されている「東方資源回廊」確立作戦。それは、相良が中世の枠組みを食い破り、一九世紀、そして二〇世紀の工業力を自走させるための、失敗を許されない取り組みであった。


 私は連隊本部の地下、作戦会議室にて、参謀諸君が休日返上で作成された膨大な兵站計画図を睨みつけていた。卓上には、各部隊の編制と装備の移動状況を記した最新の報告書が並んでいる。


「各員、準備に手落ちはないか」


 私が煙草の煙を吐き出しながら低く問うと、主任参謀の黒木少佐が澱みのない動作で編制表を指し示した。


「はっ。今回の遠征計画『東方派遣作戦』の部隊編成の最終案であります。まず陸海合同となる派遣隊の指揮は、陸軍特務少佐待遇となる海堂中尉が直率致します。

彼の元に陸戦隊と、特務艇三隻と運貨船三隻及び油槽船一隻の相良の海上戦力の総力を預けます。そこに連隊から小部隊を加えて派遣隊の編成を完結します」


「別に如月大尉の指揮下の航空分隊から、直協機の長距離偵察爆撃型が、事前の偵察と開始日の直協を実施します」


「なお、艦艇と船舶は、第23号艇が作戦旗艦且つ第一海東丸と共に上陸作戦の火力支援。第二永徳丸が九十九里沖で通信中継。目白丸は安全圏内での艦艇群への燃料等の補給。

上陸作戦は干潮時に第七大黒丸が着底し第一陣を揚陸。その後、観洋丸と第三天祐丸が搭載艇で追加部隊を揚陸します」


 海図の上に、各船の名前が書かれた板が並ぶ。今回の作戦の肝は、ただ目的地を占拠することではない。航路上の脅威を排除し、拠点を確実に制圧する「力」の誇示にある。


「油槽船『目白丸』に配備されていた過剰な九六式二十五粍高角機銃を、運貨船三隻へ載せ替えました。目白丸に乗り組んでいた陸軍の船舶砲兵せんぱくほうへいも、それぞれの銃座と共に移動。一挺につき四名の操作員を配置し、船団全体の対水上火力を均一化させております」


 もともとこれらの機銃は目白丸に対空火器として備え付けられていたものだが、対空警戒が無用となった今、これを効率的に再配置することで、船団は単なる輸送の群れから、相互に援護可能な洋上戦闘集団へと変貌を遂げている。船舶砲兵たちは、慣れ親しんだ機銃を新たな相棒となる船へと据え付け、その射角を厳格に調整していた。


「最重要となる上陸拠点制圧部隊については、相良警備隊の戦車隊を除いた陸戦隊(海軍歩兵)中隊を主力とし、そこに第一機動歩兵大隊から抽出した一個軽迫撃砲小隊と輜重段列を加えて共同させます。また、陸戦一個小隊毎に予備兵器庫から擲弾筒を一門づつ貸与しております。彼らには九九式短小銃に加え、分隊支援火器として九九式軽機関銃を通常より厚く配備し、圧倒的な面制圧力を維持させております。陸海共同の電撃的な進駐により、拠点を一気に掌握する構えです」


黒木の説明を聞きながら、私は編制表の隅々に目を走らせる。

「さらに、工兵中隊は『第七大黒丸』に、土工用履帯式均土機(ブルドーザー)二台と敷き鉄板(PSP)を積み込みました。島嶼部の迅速な拠点化、並びに滑走路整備に万全を期しております」


船舶砲兵による洋上からの濃密な援護、海軍陸戦隊と陸軍支援部隊による精鋭の上陸。そして、均土機による瞬く間の陣地構築。中世の軍船や城郭など、この近代の理不尽なまでの暴力と効率を前にしては、ただの木屑と泥の山に過ぎなくなるだろう。


「……良し。再配置した火力を無駄にするな。不確定要素はすべて、その弾幕で薙ぎ払え」

私の言葉は、一切の躊躇を排した、冷徹な勝利への宣告であった。






一月五日、作戦計画「甲〇號」が正式に発令されると同時に、相良衛戍地さがらえいじゅちの空気は一変した。

 それは単なる出撃前の緊張感ではない。五千を超える人間が、一つの巨大な精密機械の部品として、それぞれの持ち場へと猛烈な速度で吸い込まれていく「組織の組み換え」の熱気であった。


私は「くろがね四起」の助手席に揺られながら、衛戍地の正門を抜けた。

 かつては鬱蒼とした森と荒地が広がっていた衛戍地の東側には、今や整然と区画整理された新しい街「新相良しんさがら」が、幾何学的な美しさを持って産声を上げている。


「……随分と、街らしくなりましたな、連隊長殿」


ハンドルを握る乾中尉が、前方の喧騒に目を細めて呟いた。

 新相良の工業区画。そこでは、今回新たに発令された「第二次人材再配置」によって抽出された男たちが、文字通り泥にまみれて「文明」を叩き出していた。


今回の移動は、 技術・工作系に八十六名。土木・測量系に二十五名。建築・営繕系に三十名。

 計百四十一名の将兵が一時的に銃を置き、今や腰に図嚢や工具袋を下げ、自らの「本来の職分」へと回帰していた。


「くろがね四起」の車窓から眺める新相良の街並みは、一週間ごとにその姿を変えていた。  かつての荒野には、鋸屋根のこぎりやねの工場棟が立ち並び、そこへと続く道路は、二十五名の土木兵と田中曹長の指揮する測量隊によって、幾何学的な直線で貫かれている。


新しく稼働を始めた「第二工場棟」へ足を踏み入れる。

 鋸屋根から冬の淡い光が差し込む広い板張りの床には、16世紀の世界のどこにも見る事のできない「ベルト」の林がそびえ立っていた。


「よいしょォ! ベルト掛けるぞ! 指詰めんなよ!」


野太い声が響く。声の主は、かつて第一大隊の機関銃手だった佐藤伍長だ。

 昭和の世では東京・大田区の町工場で、職人の父からスパナの回し方を教わっていたという男。彼は今、天井から伸びる伝動シャフトに革ベルトを器用に掛け、小型の「焼玉機関やきだまきかん」と旋盤を繋いでいた。


パカッ、パカッ、パカッ、という焼玉特有の乾いた爆発音が、工場内にリズミカルに鳴り響く。

 十五馬力や三十馬力といった、初期量産型の小動力機関たち。それらが長いシャフトを回し、その回転がベルトを通じて、ずらりと並んだ工作機械群へと伝わっていく。

 

「連隊長殿! 見てください。こいつが、俺たちの『第一陣』です!」


佐藤が誇らしげに指差したのは、相良の工廠でリバースエンジニアリングされ、現地生産された手動・小動力兼用の汎用旋盤だ。

 

「昭和の最新鋭機とは比べるべくもありませんが、こいつには俺たちが慣れ親しんだ『センチ』と『ミリ』の刻みが、完璧な精度で刻まれています。ネジの溝一つ、ボルトの太さ一つ。この工場で産まれる部品は、どれもが相良の規格スタンダードになります」


八十六名の技術兵たちは、三交代制でこの機械に張り付いていた。

 彼らが今削り出しているのは、常磐じょうばん釜石かまいしへ送り込むための「手押しトロッコの車輪」と「軸受ベアリング」、そして簡易コークス炉の送風機に用いる「鋳鉄製の羽根車」だ。

 

 一つずつ、ヤスリを掛け、ノギスで測る。

 彼らの指先は、戦場での引き金の感触を忘れ、金属を削る振動と油の匂いの中に、人としての矜持を取り戻しつつあるようだった。






工場を出て、建設が進む新市街の端へと向かう。

 そこでは、建築・土木系の専門家たちが、この泥だらけの土地に「近代の骨格」を刻み込んでいた。


「そこだ! その杭から三〇センチ左! 排水の勾配が狂ったら、次の大雨で工場が水没するぞ!」


二十五名の土木兵を率いるのは、元・地方自治体の土木技師だった田中曹長だ。

 彼は木製の三脚を立て、真鍮製の測量機器を覗き込みながら、現地の農民たちに指示を出していた。

 

「連隊長殿、お疲れ様です。……この新相良の街割りと工場の基礎は、将来の鉄路の敷設まで見越して設計しています」


田中が広げた図面には、現在建設中の工場棟から相良港までを最短距離で結ぶ、緩やかなカーブを描いた軌道路盤が赤線で引かれていた。

 三十名の建築系兵士たちは、元・大工の棟梁や設計事務所の所員。彼らは、石灰石の確保に見通しがついた今でも、コンクリートは工場の基礎と動力室の壁に集中させ、その他の構造体には、現地の木材と工廠で焼かれた煉瓦を組み合わせていた。

 

 新相良。そこは軍事基地としての衛戍地とは異なり、生産と生活が密接に絡み合う「機能的な都市」であった。

 通りには、軍票を握り締めて堺や近江からやってきた商使たちが、驚愕の眼差しでこの建築現場を眺めている。

 彼らが目にしているのは、武士の館でも寺社でもない。ただひたすらに効率と機能を追求した、美しくも残酷な、昭和から見た産業革命時の日本の再生なのだ。外壁には量産された赤煉瓦あかれんがを多用していた。新相良の街は、その赤煉瓦の色によって、急速に「近代の顔」を帯び始めていた。





再び工場区画の一角、「特殊採掘用具生産ライン」を視察する。

 そこでは、昭和のスクラップ鋼材を溶かし、叩き出された「近代の採掘用具」が、鈍い銀色の輝きを放って山積みになっていた。


「これを見ろ、連隊長殿」

 平賀技師長が、一つの中型のツルハシを手に取り、私に差し出した。

 手にとってみると、驚くほどバランスが良い。先端は高周波焼入れ――もとい、相良の職人たちが手作業で焼き入れを施した特殊鋼が、岩盤を砕くためだけに研ぎ澄まされている。


「中世の農民が使っている、あの土掘り用の木ベラや、脆い和鉄の鍬とは次元が違います。これを与え、トロッコの効率を教えれば、彼らは自分たちの労働がどれほどの価値を生むかを、その身で知ることになるでしょう」


平賀の言葉には、技術者特有の冷徹な熱が宿っていた。

 三〇〇〇組に及ぶ近代的なツルハシ、タガネ、そして五〇台の手押しトロッコ用の鋳鉄製車輪。。

 これらは単なる道具ではない。


「……現地の農民が、これを使ったらどうなると思う、田中曹長」

 護衛が少ないのを心配してついてきた田中に、私は問いかけた。


「はっ。おそらく、自分たちが今までやってきた『土木』が、ただの砂遊びだったと気づくでしょう。このツルハシ一本で、中世の男三日分の仕事が半日で終わる。……一度この効率を知れば、彼らは二度と元の世界(中世)には戻れなくなります」


田中の言葉は、正鵠せいこくを射ていた。

 我々が準備しているのは、軍事的な制圧だけではない。

 圧倒的な「道具の暴力」によって、中世の住人たちの価値観を根底から破壊し、相良のシステムという巨大な歯車の一部に書き換えていく。そのための、大事な段取りなのだ。






「……乾、街にいる連隊の連中の顔を見たか」


視察を終え、再び車に乗り込んだ私は、静かに問いかけた。


「はっ。皆、衛戍地にいた頃よりも、眼差しが真っ直ぐになっているように見受けられます。……彼らは今、自分が『何のために、何を造っているのか』を、はっきりと理解しています」


「そうか。……なら、いい」


私は珈琲の苦味が残る口中を、煙草の煙で満たした。

 一月五日から現在に至るまでの、この「準備」の期間。

 人材が、機械が、そして物資が。

 すべてが「甲一五六一號」という巨大な作戦図に沿って、一寸の狂いもなく収束していく。


相良の翼が太平洋を北上し、黒潮の彼方に煙突の煙が立ち上るその日まで。

 私たちはこの「理性の段取り」を、一ミリの妥協もなく完遂し続けなければならない。


新相良の街に響く、焼玉機関の規則正しい爆発音。

 それが、一五六一年の冬。古い日本が死に、新しい文明が産声を上げている、何よりの証左であった。






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