第20話:お正月休み明けも絶好調!〜ご近所さんには農業を教えて、今年ものんびり領地経営スタートです〜
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
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永禄四年一月四日、午前八時。
三日間の静寂を破り、相良の谷に再び工廠の蒸気ハンマーの地響きが戻ってきた。
三が日の「骨休み」を終えた将兵たちの顔には、正月特有の緩みなど微塵もなかった。むしろ、英気を養い、新相良の街で自らが築きつつある「日常」を目の当たりにしたことで、彼らの内にある国家建設への狂熱は、より一層の鋭利さを増していた。
連隊本部の第一会議室。
重厚なナラの木の長机を囲むように、相良守備隊の頭脳たる面々が顔を揃えていた。
主任参謀の黒木少佐、民政部長の桂木少佐、各大隊長たち。そして民間からは製油所複合体所長の結城蔵人、工廠長の平賀技師長。さらに兵器補給廠の真田廠長。海軍からは、陸戦隊隊長であり軍港開発の責任者でもある海堂竜一中尉。
私のすぐ傍らには、副官の乾中尉が記録用のノートを広げて控えている。
室内には、赤々と燃える石油ストーブの熱気と、私が燻らす恩賜の煙草の匂い、そして淹れたての濃い珈琲の香りが入り混じっていた。
「正月気分はここまでだ。これより、永禄四年における相良守備隊の全体戦略会議を始める。……乾、始めろ」
私の短い促しに、乾中尉が機敏に立ち上がった。
「はっ。まず、本日の議題に先立ちまして、各部署の現状を共有いたします」
会議室の空気が一瞬にして張り詰めた。全員が、ここから語られる言葉がこの世界の数十年、数百年の歴史を決定づけることを理解していた。
「まずは、人材の適正配置について報告します」
黒木少佐が、分厚いファイルをトントンと机に揃えて口を開いた。
「以前から『調整室』において進めていた、将兵の前職および保有スキルの調査に基づいた再配置ですが、現在までに大きな成果を上げています。特に機械工作、金属加工、冶金、造船といった技術を持つ下士官・兵については、すでに戦闘部隊から引き抜き、必要に応じて工廠や造船所、製油所へと実務ベースで異動させております。彼らはもはや兵士というより、熟練工としてこの国の屋台骨を支えています。
正直、原隊からは良い顔はされていない様ですが、調整室の諸君の健闘と、大隊長諸官のご協力のおかげで、何とかなっておるようです」
大隊長たちが苦笑混じりに頷く。
「そのお陰で助かっているよ、黒木少佐」
結城が、丸眼鏡の奥の冷徹な瞳を光らせて言葉を継いだ。
「製油所のメンテナンスや、新設された化学プラントの配管作業に、元・配管工や溶接工の兵士たちが投入された」
民政部の桂木少佐も頷き一気に説明した。
「行政面も同様です。先に指導員として入ってくれた巡回指導分隊の諸君と硫安(硫化アンモニウム)のおかげで、相良は神仏の使いだと言ってくるものまで出る始末で、各村々とは非常に友好的に関係を構築できました。硫安でやらかして神様扱いされている間に、科学的堆肥の作り方や木製プラウ(鋤)の導入を実地で示しているため、予想以上に反発もなく受け入れられています」
「先月の農閑期から相良の元・役所勤めや農協職員だった者たちが、旧領内の村々を農政指導官として、帳簿の整理や徴税について説明して回っています。彼らは『銃を持つより、算盤を弾くほうが性に合っている』と笑っていますよ。この再配置は、将兵の精神的な安定にも寄与しています」
「また、摂取した今川家の資産を使って引き込んで、その後に相良の大量の塩・砂糖・ガラス等で雁字搦めにした堺や近江の商人を通じた米の大量買い付けも順調です。十月下旬から入ってきているこの時代の西国の米は、まぁ昭和の米に比べてがうまいとは言いがたいですが。
十二月からは海路で定期的に取引が順調に行われています。食糧の裏付けができたことで、域内での相良圓の信用は盤石になりつつあります」
「結構だ」
私は珈琲を一口含み、卓上の地図を睨みつけた。
「内政の地固めは、調整室による実務的な異動を加速させることで継続しろ。さて……問題は、我々が近代国家として真に自走するための『血と骨』、すなわち資源の確保だ」
結城が、待っていましたとばかりに一枚の地質図を広げた。
「私の製油複合体は順調に稼働しておりますが、所詮は限られた油です。ここの軍隊を動かすには充分ですが、結局は限られた熱源でしかありません。
継続的で不可逆な工業化を達成していくためには、工作機械の量産と、強力な蒸気機関が必要なのは言うまでもありません。そのためには、皆さんご承知の通り圧倒的な量の鉄と熱量が不可欠です。
金谷に建設中の小型ベッセマー転炉を稼働させるためにも、釜石の鉄鉱石と、常磐の石炭を、何としても持ってきていただきたい。
いずれ石炭については北海道の無煙炭を、鉄や鉱物については朝鮮半島の端川それと茂山は確保が必須ですな」
「その他の必要資源や埋蔵場所等については、別紙をご覧ください。まあ石灰石についてはすぐ近くの天神山が丸ごと石灰石の塊みたいんものですから、コンクリについては心配はいりませんがね」
「製油所の書庫にあった地質学の専門書、および私の知識を照合した結果、ターゲットは完全に絞り込めました。三河、北伊勢、そして美濃・岐阜。ここには銅、石灰石、マンガン、硫黄……そして岐阜周辺には亜鉛の有望な鉱脈が眠っています。場所はピンポイントで分かっています。中世の山師のような勘に頼る探索は不要です。工兵隊の方々に最初のあたりを付けてもらい次第、現地農民などを使って即座に露天掘りから開始します」
「美濃か。斎藤道三の旧領にまで手を伸ばすことになるが、抵抗は予想されるな」
黒木少佐の指摘に、私は冷徹に答えた。
「治めてる国人領主がいたら話はしろよ。恭順せず抵抗するなら、それはそれ。害虫と同じだ。……資源なくして、我々の明日はない」
「結城さん、地学の教科書に書かれた真実を、力で掘り出して下さい。詳細は黒木と詰めていただいて、必要なものがあれば最優先で用意します」
「了解しました。外れはありませんよ。なんせ、未来の教科書ですからな」
結城が不敵に笑う。
私の視線は、向かいに座る海軍の海堂中尉に向けられた。
「海軍の準備はできているな、海堂中尉」
「無論です、大佐殿」
海堂は不敵な笑みを浮かべ、腕を組んだ。
「三月には冬季の荒天も落ち着きます。補修中の第二十三号艇を含む艦艇群で、常磐および釜石への『飛び地強襲作戦』を決行します。陸さんの工兵隊を伴い、まずは相模湾の城ヶ島、次いで東北の網地島を制圧。強引に滑走路と燃料庫を拓き、航空隊の中継基地兼、我々の補給拠点とします。まあ交代で監視と護衛のフネを貼り付けになるでしょうな」
「途上、北条の水軍と衝突する可能性が高いが」
黒木少佐の懸念に対し、海堂は鼻で笑った。
「戦国の安宅船や関船が何百隻群れてこようが、近代兵器の敵ではありません。アウトレンジして砲火を浴びせ、中世の海軍というものを文字通り『粉砕』してご覧に入れます。……ただ、問題はやっぱり弾数ですね。各艇、ほぼ定数一杯の搭載量があったことは確認してますし、油槽船の目白丸の陸さんの砲兵さんたち(陸軍船舶砲兵)の居住区の半分が、弾火薬でいっぱいになってましたからね。一年やニ年はバンバン撃っても大丈夫でしょうが、結局無くなりゃお終いです。それと輸送力です。暫くは三隻の運貨船で間に合うでしょうが、それもいずれ手いっぱいになることは目に見えている」
そこで、工廠のトップである平賀技師長が身を乗り出した。
「輸送の足については、工廠と造船部門が責任を持ちます。御存じの通り、現在、相良港で七十五トン級の帆走木造輸送船を建造中ですが、これに試作段階の六十馬力の軽質油蒸気機関を搭載します」
「帆走用の船体に、蒸気機関を? 強度が保ちますかね」
海堂が問う。
「保たせます」
平賀は分厚い手で図面を叩いた。
「竜骨の真上に船尾管の穴をぶち抜き、プロペラシャフトを通す難工事ですが、航空隊の鳶沢曹長や荒木曹長らの知見もお借りして、元船大工だった熟練工や見習い、計二十五名が付きっきりで作業にあたっています。六月には必ず、黒煙を吐いて海を渡る機帆船を就役させます。
九月には二番船も間に合わせましょう。また焼玉機関の複製再現も順調です。これは沿岸用の運貨船や曳船、小型砲艇などに最適です」
「結構だ。その鉄と石炭が届けば、私はこの戦国に鋼鉄の雨を降らせてみせる」
私は珈琲の最後の一口を飲み干した。
話は、その資源をどう『力』に変えるかへと移った。
「我が連隊の弾薬と燃料は有限だ。先の見付での戦闘や大晦日の空爆で、その消耗の早さは嫌というほど痛感した。いずれやってくる白人列強の関与を排除するため、昭和の兵器群は出来るだけ温存しておきたい。無論、出来るだけではあるがな」
黒木少佐が頷き、資料をめくった。
「その通りです。戦国武将相手に三式中戦車や機関銃を撃ちまくるのは、明らかな過剰攻撃です。とはいえ、それ以外に我々は手を持っていなかったわけですが。
正直、海堂中尉の真似じゃ無いですが、一年や二年、派手に戦える分くらいの武器弾薬は充分残っています。しかし、連隊長殿の仰った今後の未来を考えたとき、我々は、中世の農民兵でも扱え、かつ場合によっては相良の外でも量産可能な近代兵器体系へ移行する必要があります」
「ふむ、真田廠長。検討していた小銃と火砲の設計は上がっているか」
「はい」
真田が立ち上がった。
「主力小銃は、九九式小銃(短小銃)ではなく、予備小銃の中から村田銃を基本に模倣複製しています。単発・金属薬莢式のボルトアクションの構造はそのままで、その他を一部簡略化した物の、試作と試射が完了しています。転炉から鋼鉄が出たら、すぐにでも日産数十挺の量産が可能です。
……火砲についても、予備砲の四斤山砲を模倣生産いたします。ただ模倣といっても、四斤山砲は青銅製で、青銅の材料の銅も亜鉛も現在の在庫量は少量です」
「ならばどうする」
桂木少佐が顔をしかめる。中世において、銅はそのまま銭(貨幣)の材料でもあるからだ。
事前に解決案を聞いていた私が答える前に、真田が極めて事務的な、しかし背筋の凍るような提案を口にした。
「旧今川領、および三河・尾張の制圧地域にある寺の梵鐘(釣鐘)と仏像を接収し、溶鉱炉に放り込むことを検討しました」
会議室が、一瞬の静寂に包まれた。
仏を溶かして大砲を造る。それは、中世の民生や宗教観を根本から否定し、神仏の権威を物理的に消滅させるという、究極の唯物史観の具現化であった。正直面白いなと思っていた。
「……一揆が起きますぞ。ただでさえ、一向宗などの宗教勢力は、我々の不換紙幣や法治体制を『神仏への冒涜』として激しく憎悪しているとの情報があります」
桂木が青ざめた顔で警告した。
「検討していたと申し上げたのです。連隊長……あれは無期限延期いたします」
「ほう、中止か。反対が強そうだったからか?」
「いえ、もっと単純な理由です。鋼鉄の方が安くて強くて軽かったからです」
真田は誇らしげに、無骨な筒の断面図を広げた。
「製鉄所の資材倉庫に眠っていた、高圧用の鋼鉄パイプ材。あれを暫定的に流用して『四斤山砲改』を試作しましたところ、腔圧の低い褐色火薬に対しては、過剰なほどの強度を発揮しました。青銅のような複雑な鋳造工程を省き、旋盤での切削加工のみで完成します。重量はオリジナルの半分以下。これを新造する『鋼鉄製四斤山砲』の標準とします。大量に量産するとしたら、さすがに昭和のモリブデン入りの特殊鋼は作れないでしょうから、もう少し重量が重くなるでしょうが」
仏像を溶かすという、中世の民情を逆撫でするリスクを負う必要がなくなった。桂木少佐が目に見えて安堵の溜息を漏らす。
「良い判断だ」
少し残念だとは思ったが、顔に出さず、続いて兵器廠の工場長に尋ねた。
「平賀工場長。火薬の自給の進捗はどうだ。新規で銃や大砲があっても、弾がなければただの鉄パイプだぞ」
兵器補給廠の平賀工場長が、神経質そうに眼鏡を拭いながら答えた。
「硝石については、転移前の硝石丘が完全に機能しており、安定した供給が続いています。懸案だったカリウムについても、海藻からの抽出プラントが稼働し、黒色および褐色火薬の生産ラインは、すでに少ロットですが二十四時間稼働の状態にあります。……いつでも、戦国武将たちがひっくり返るほどの弾薬を供給できます」
報告を聞き、私は一同を見渡した。
「結構だ。……さて、ここからが本題だ」
私は煙草を揉み消し、室内の空気を一段と重くした。
「我々の昭和の兵士たちは、一人一人がこの時代では得られようもない技能と知識の財産そのものだ。そして兵器群は極力温存しなければならない。ならば何が必要だ?」
全員が何か理解したような面持ちで頷く。
「本日付で現在訓練中の現地編成の『保安隊』を『国民軍』へと改称する。彼らには、先ほどの鋼鉄製四斤山砲と、予備兵器倉庫にあった村田銃、および量産が始まる新型銃を装備させる。十九世紀レベルの兵装による近代戦術。これで中世の軍隊を圧倒できることを証明し、我々の『新軍』の試金石とする」
海軍の海堂中尉が、腕を組んで不敵に笑った。
「海軍が掘り出した資源を運び、工廠がそれを銃砲に変え、補給廠が火薬を詰め、この時代の兵士で構成された国民軍がそれを使う。……そして我々昭和の皇軍は、その背後にあって、未来から来た絶対的な死神として君臨する、というわけですな」
「そうだ。……諸君、正月休みで鈍った身体を叩き直せ」
私はゆっくりと立ち上がった。
「我々の手で、この不条理な戦国に昭和の我儘という逃れられぬルールを叩き込む。……海堂、三月からの釜石・常磐への飛び地強襲作戦、抜かりはないな」
「無論です、連隊長殿。北条の水軍が何百隻群れてこようが、我が駆潜艇の十二糎砲で、海というものの本当の怖さを教えてやりますよ」
「良し。……解散!」
「「「はっ!!」」」
幹部たちが一斉に退出し、会議室には再び、遠くから響く蒸気ハンマーの規則正しい鼓動だけが残された。
一五六一年、一月四日。
相良という名の巨大な文明の機械が、真の出力で唸りを上げ始めた瞬間だった。
第十九話 了




