第19話:お正月休みもワクワクがいっぱい!〜手作りのストーブでぽかぽか温まったら、秘密の温室で内緒のティータイムです〜
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
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戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/
戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
永禄四年(一五六一年)一月一日。
相良衛戍地に、新しい年の朝が訪れた。
牧之原台地の稜線から昇る初日の出が、冷え切った谷底を黄金色に染め上げていく。
コンコン、と執務室の扉を叩く音がし、誰よりも早く、凛と糊の効いた軍装に身を包んだ副官の乾中尉が入室してきた。
「司令。新年、あけましておめでとうございます」
乾は踵を鳴らし、見事な直立不動の姿勢で敬礼した。
「……ああ、おめでとう。乾。今年も頼むぞ」
私も立ち上がり、答礼を返す。この孤独な異世界にあって、彼の有能さと揺るぎない忠誠心には幾度となく救われてきた。
「司令の特命通り、本日から三が日は、浄化槽や発電機などの基幹維持要員、および緊急展開部隊を除き、全軍に特別休暇を通達しております。工廠の蒸気ハンマーも、今日ばかりは火を落としております」
「当然だ。人間は機械じゃない。張り詰めた糸はいつか切れる」
私は窓辺に歩み寄り、静まり返った相良の谷を見下ろした。
あの日、時空転移の混乱の中で迎えた絶望の夏から、半年。我々はこの狂った中世日本において、ただ生き延びるだけでなく、国家の基盤となる楔を打ち込むことに成功したのだ。
午前八時。
衛戍地の大練兵場。
洗濯された冬用の外套を羽織った連隊の将兵五千名が、一糸乱れぬ隊列を組んで集結していた。
昭和の皇軍であれば、この時刻、東の空の宮城に向かって「宮城遥拝」を行い、天皇陛下万歳を三唱するのが鉄則である。
だが、我々はあの日、自分たちの祖国がどのような結末を迎え、あの「現人神」がどのような宣言を行うかを知ってしまった。正月のあり様を変える事に、未来の真実を共有した幹部連からの異論はなく、兵たちもまた、誰一人として疑問を挟むことはなかった。
私は壇上に立ち、静まり返った五千の影を見据えた。
「―黙禱」
号令とともに、五千の軍帽が脱がされた。
それは、二度と帰ることのできない昭和の空、失われた家族、そして無残に散っていった戦友たちへの、深き鎮魂の祈りであった。
一分間の静寂。
その後、私は深く息を吸い込み、あらかじめ打ち合わせていた言葉を、腹の底から叫んだ。
「日本、万歳!!」
「「「日本、万歳!! 万歳!! 万歳!!」」」
地響きのような怒号が冬の空へ突き抜けた。それは王への盲信などではない。自分たちが守るべき「同胞」と、この地に築き上げる「新しい日本」への、己の血と肉を懸けた誓いであった。
儀式を終えた後、各兵舎では待ちに待った祝宴が始まった。
本日の献立は、この中世においては奇跡に近い「昭和の正月」を再現したものだ。
堺の商人を通じて買い集めたもち米で搗いた餅に、戦国時代の野趣溢れる猪の肉と、相良分院の農園で収穫された小松菜を合わせた、しっかり出汁をとった雑煮。畑の甜菜からとった砂糖をたっぷり使った南瓜の汁粉。同じく砂糖を贅沢に使った黒豆の煮物と、田作り。
そして何より兵たちが目を輝かせたのは、一人一皿ずつ振る舞われた「鯨の大和煮」の缶詰だった。転移の際、貨車に紛れ込んでいた貴重な備蓄品の大盤振る舞いである。
「……甘さが五臓六腑に沁みやがるぜ」
どこからか聞こえてきた兵の独白に、私は微かに頬を緩めた。
醤油の焼けた匂いと、鰹出汁の香りが、殺伐とした軍事基地を束の間の「故郷」へと作り変えていた。
敵のB29に怯えることもなく、飢えに苦しむこともない。戦時中の末期に比べれば、彼らの生活面は劇的に改善されていた。規律こそ少しも緩んではいないが、兵たちの顔からは、死に場所を探すような幽鬼の暗さは消え去っていた。
一月二日。
私は軍服の襟を幾分か緩め、愛車であるくろがね四起(九五式小型乗用車)の助手席から、衛戍地の外縁に広がる新しい街「新相良」の様子を視察していた。
正月休み二日目ということもあり、新相良の街並みは昨日を上回る熱気と喧騒に包まれていた。
三班交代制で特別休暇を与えられた兵士たちが、連れ立って街の目抜き通りへと繰り出している。彼らの分厚い冬用外套のポケットには、この半年の過酷な軍務で貯め込んだ真新しい軍票「相良圓」が詰め込まれていた。
昭和二十年の戦時下、本土では既に消え失せていた「消費」という快楽。それが今、この中世の新たな街で爆発している。
整備された広大な大通りには、近江や堺から入り込んだ商人たちが、粗末な葭簀張りの屋台を隙間なく並べていた。串に刺して焼かれた野鳥や猪肉の脂の匂い、甘酒の湯気、そして大声で客を引く商使たちの怒号が、冷たい冬の空気に白く入り混じる。
兵士たちは市場で飴細工を買い食いし、あるいは商人たちが持ち込んだ色鮮やかな反物を冷やかし、束の間の平和を謳歌していた。彼らの傍らには、真新しい小袖を着せてもらった現地の若い娘が、少し照れたように寄り添っている姿も珍しくない。
通りをゆっくりと流していくと、周囲を高い板塀で囲われた一角に差し掛かった。
公営の慰安所「特飲街」である。
昨年末、戦災や今川社会の崩壊で行き場を失った女性たちを救済し、同時に部隊の軍紀を維持するために民政部主導で設置されたその場所は、正月から目の回るような大繁盛を見せていた。
私はあえて車を止め、特飲街の内部の様子を第三者の視点で確認することにした。
板塀の門を抜ければ、そこは中世の遊郭とは一線を画す、冷徹なまでの「管理」が行き届いた空間であった。
入り口の受付では、相良分院から派遣された衛生兵が、列をなす全ての兵士たちの「検印」を厳格に確認している。週一度の検診をパスした女性のみが接客を許され、建物の内部には遊郭特有の白粉の匂いよりも、清潔なリネンと消毒用石鹸の匂いが漂っている。
「お疲れさん。はい、これ相良圓ね。お釣りはいいよ」
馴染みの女性に対し、上機嫌で軍票を握らせる一等兵。対して、受け取った女性は、ただ男に媚を売るのではなく、そこに「自らの労働に対する確かな対価」と「明日の食糧への保証」を見出していた。
接客の合間に、女性たちが石炭ストーブを囲んで配給の菓子を食べる姿には、かつての売色奴隷のような悲壮感はない。彼女たちは相良の経済システムに組み込まれることで、初めて「衛生」と「安全」、そして「経済的自立」を手に入れたのだ。
軍隊という巨大な雄の集団が抱える本能の澱を、理性の濾過装置で吸い上げる。それは合理性を追求する統治において、どうしても不可欠な装置であった。
「……賑やかですな、連隊長殿」
ハンドルを握る乾中尉が、再びくろがね四起を発進させながら低く呟いた。
「ああ。銭が回り、欲が回っている証拠だ。ここにあるのは、死を待つだけの戦場ではない。生きるための活力だ」
車は市場を抜け、工業予定区画へと差し掛かった。道端に設けられた吹き晒しの鍛冶場から、激しい言い争いの声が聞こえてきた。
見れば、カーキ色の軍服を着た一人の下士官が、現地の鍛冶職人の親父に対し、真っ赤に焼けた鉄板を突きつけて何やら喚いている。
「だから、この寸法だって言ってんだろ! この型紙にきっちり合わせろ! コンマ一ミリのズレも許さねぇ!」
「無茶を言うな兵隊殿! 鉄を叩いてりゃあ、わずかな歪みは出るもんだべ!」
私は乾に命じて車を止めさせ、二人のもとへ歩み寄った。
「騒がしいな。何をしている」
声をかけると、下士官は弾かれたように振り返り、慌てて直立不動の姿勢を取った。
「はっ! 連隊長殿! 失礼いたしました!」
彼は第一機関銃中隊に所属する軍曹だった。昭和の世では、蒲田にある旋盤工場の熟練工だった男だ。
「休みの日に、現地の職人と喧嘩か」
「い、いえ! 喧嘩ではありません! この親方に『工業規格』の概念を叩き込もうとしていたところであります!」
軍曹は、足元に積まれた鉄板製の「薪ストーブ」の試作品を指差した。
「連隊長殿、今、民生向の技術移転を始めているこの鉄板ストーブですが、親方たちは未だに一品一品、自分の感性で形を変えちまう。それじゃあ、部品が壊れた時に交換がききません! このネジの位置、板の厚み、扉のサイズ……。全てを『規格』に合わせれば、金谷の職人が作った扉を、相良の職人が作った本体にハメることができる。それができて初めて、我々は『量産』という魔法を手に入れられるんです!」
軍曹の瞳には、かつて前線で敵を撃ち殺していた時の虚無感はない。一人の技術者としての、純粋で狂気じみた野心が燃え盛っていた。
「……なるほど。機械文明の基礎単位は互換性か。親方をいじめ過ぎない程度に励め。工業規格は必ずこの国の屋台骨になる」
「はっ! ありがとうございます!」
私が再び車に戻り、大井川の河川敷へと向かう街道筋に出ると、今度は奇妙な集団が目に入った。
三人の兵士が、木製の三脚の上に真鍮製の測量機器(トランシットの代用品だろう)を据え付け、紅白に塗られた長い棒を持った別の兵士に対して、手旗でしきりに指示を出している。
彼らは工兵隊の所属だが、その手つきは陣地や塹壕の構築のそれではない。
「おい、そこだ! そこに杭を打て! 勾配がきつすぎる、これじゃあ車輪が空転して登れねぇぞ!」
私が近づくと、リーダー格の伍長が気づいて敬礼した。
「連隊長殿! お疲れ様であります!」
「お前たちも休みのはずだが。何の測量だ?」
「はっ! 将来、相良港から工業地帯、そしてこの大井川の自然橋へと至る『鉄の道(鉄道)』を敷設するための、軌道勾配と曲線半径の基礎測量を行っております!」
伍長は、霜焼けで赤くなった顔を誇らしげに輝かせた。彼は元・鉄道省の保線技師だった男だ。
「いずれ転炉から鋼鉄のレールが吐き出され、蒸気機関車が完成した時、路盤の設計が甘ければ脱線事故を起こします。自分たちは、いつかあの黒い鉄の塊が、この戦国の地を時速五十キロで駆け抜ける日のために、今から完璧な『道』を引いておきたいのです!」
ここにもまた、未来の幻影に取り憑かれた男たちがいた。
くろがね四起が新都市の建築予定区画へと差し掛かった時、一人の男の姿が目に留まった。
私服の作業着に身を包み、板の上に広げた和紙に木炭で熱心に図面を引いている若者だ。
彼は確か、第一大隊の工兵伍長だったはずだ。昭和の世では東京・深川にある老舗工務店の次男坊だったと、身上書で見た記憶がある。
私は乾に命じてまた車を止めさせた。
「おい、伍長。せっかくの二日だ、休まなくていいのか」
声をかけると、彼は驚いたように飛び上がり、慌てて直立不動の姿勢を取った。
「はっ! 櫻井連隊長殿! 失礼いたしました!」
「……街に繰り出すより、図面引きか。工務店の跡を継ぐわけでもない次男坊の分際で、よほど仕事が好きらしいな」
私が冗談交じりに言うと、彼は照れくさそうに頭を掻いた。
「自分は次男ですから、親父の店は兄貴が継ぎました。ですが、この新相良に引かれた町割りを見ていると、腕が鳴ってしまって……。ここには昭和にもなかった、理想の街を造れる『余白』がある。それを考えると、寝てなどいられません!」
彼の瞳には、徴兵された兵士としての諦観ではなく、一人の技術者としての純粋な野心が宿っていた。
「伍長、期待しているぞ。お前たちの引く線の一本一本が、この国の骨組みになるのだからな」
市場の隅の小さな広場まで戻ると、そこにも人だかりができていた。
軍服のボタンを外した一人の上等兵が、地面に座り込んで十人ほどの現地の子供たちに囲まれている。
「いいか、これが『あ』だ。大きな口を開けて『あ』。次はこれ。これは『一』。一本の指で『一』だ。これがわかれば、お前たちは親父の帳簿を読み、相良の掲示板に書いてあることを理解できる」
子供たちは目を輝かせ、上等兵が枝で地面に書く文字を熱心に真似ている。
彼は元・小学校の教員だった男だ。空襲で教え子たちを失い、絶望の果てに徴兵されたという経歴を持つ。
「上等兵、休みを返上して授業か」
私が声をかけると、彼は子供たちを優しく制しながら立ち上がり、静かに敬礼した。
「連隊長殿。……自分は、教え子たちを地獄へ送るために教育していたのだと、ずっと己を責めてきました。ですが、この子たちの瞳を見ていると、ふと思うのです。彼らに文字を教え、算術を教えることは、決して死への準備ではない。彼らがこの過酷な時代を生き抜くための、最強の『武器』を与えることなのだと」
上等兵は、泥だらけの手で一人の子供の頭を撫でた。
「この子たちが将来、相良の役所で帳簿をつけ、あるいは工廠で図面を引く。その時、初めて私の『教育』は報われる気がするのです」
私は言葉を返さず、ただ彼の肩を一度、強く叩いた。
「……皆、本来の自分を取り戻しつつありますね」 ハンドルを握る乾が、前方を見据えながら静かに呟いた。
「軍隊という鉄の枠組みに押し込められていた彼らが、自分の持つ技術や知識で、この中世の国を造り直そうとしている。……これこそが、連隊長殿が意図された変革なのですね」
「破壊は終わった、とは口が裂けても言えんさ」
私は紫煙をくゆらせ、窓の外を流れる景色に向けて独り言のように漏らした。
「我々はこの平和な正月の景色を守るために、いずれまた凄惨な破壊を行わねばならん。だが……今は構築の歩みを止めるわけにはいかない。中世の因習を物理的に塗りつぶすほどの速度で、新しい文明の土台を築き上げる。そうしなければ、この脆弱な平和はすぐに戦国の泥に飲み込まれてしまうからな」
破壊の修羅としての自覚と、構築の主導者としての焦燥。 その相反する感情を抱えながら、私は一五六一年の冬、急ぎ足で変貌を続ける新相良の息吹を肌で感じていた。
明けて一月三日の午後。
街の喧騒から少し離れた、相良分院の地下に設けられた化学・精製部。
私は人気のないその一角、ボイラーの余熱で暖められた「温室」へと一人で足を運んでいた。
熱帯の植物が青々と葉を茂らせる中、白衣に身を包んだ危険棟職長、神崎玲子が、手作業で土の配合を行っていた。
彼女は私の足音に気づくと、ハッとして立ち上がり、泥のついた手を慌てて白衣の裾で拭った。
「大佐殿……。三が日はお休みのはずでは」
「暇を持て余してな。少し、この温かい空気を吸いに来た」
私が苦笑して見せると、玲子は少しだけ困ったように、しかし、以前のような張り詰めた氷のような冷たさはない、柔らかな微笑みを浮かべた。
彼女のデスクの隅には、私がかつて「火気厳禁の職場で使うように」とぶっきらぼうに渡した、あの青いガラスのコップが置かれている。
中には温かい麦茶が注がれており、微かな湯気を立てていた。
「……少し、休みましょうか。お茶を淹れます」
玲子は魔法瓶から湯を注ぎ、野戦用のアルミカップを私に、そして自分はその青いガラスのコップを手にして、温室の隅に置かれた木箱のベンチに腰を下ろした。
二人きりの、静かな時間。
ボイラーの微かな稼働音と、植物が発する湿気を含んだ青い匂いが、張り詰めた神経をゆっくりと解きほぐしていく。
「……街の子供たちの声が、時折ここまで風に乗って聞こえてきます」
玲子が、ガラスのコップを両手で包み込むように持ちながら、不意に呟いた。
「この戦国の世に生まれ、ただ明日の戦火に怯えていたあの子たちが……今は、笑って泥だらけになって遊んでいる。連隊の兵隊さんたちも、まるでお兄さんのように彼らの面倒を見ていると聞きました」
彼女はうつむき、手の中の青いガラスを見つめた。
「連隊長殿が、彼らに『明日』を与えてくださったのですね」
「私ではない。彼ら自身が、生きるために自らの手で歯車を回しているだけだ」
私はアルミカップの縁を見つめながら、静かに答えた。
「私はただ、その歯車が止まらないように、邪魔な石を徹底的に排除しているに過ぎない。……血と泥にまみれた、不格好な仕事だ」
「それでも」
玲子は顔を上げ、その静かで強い瞳で私を真っ直ぐに見据えた。
「その不格好な仕事の先に、誰も理不尽に命を奪われない明日があるのなら……私は、貴方の横で最後までこの土を弄り続けます。少しでも、貴方の背負う重さを軽くできるように」
彼女の言葉は、熱を帯びた温室の空気よりも真っ直ぐに、私の胸の奥底に届いた。
血と硝煙にまみれた修羅の道を歩む私にとって、彼女が淹れてくれるこの無骨な一杯の茶と、静かに寄り添ってくれるこの時間は、人としての矜持を繋ぎ止めるための、何よりも確かな錨となっていた。
第19話了




