第18話:迷えるヒヨコのお悩み相談室!〜お年玉を配った後は、みんなでワイワイあったか年越そば〜その3
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
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戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
永禄三年(一五六〇年)十二月三十一日。大晦日。
昭和の世であれば、人々が故郷へ帰り、除夜の鐘を待ちながら家族と温かい蕎麦をすする日である。だが、ここは血と泥にまみれた戦国時代の遠江であり、我々相良の将兵にとって、感傷に浸るような年末の平穏などどこにも用意されてはいなかった。
相良の谷底は、一年で最も深い底冷えに沈んでいた。吐く息は白を通り越して灰色に見え、空は鉛色に重く垂れ込めている。
私は連隊本部の執務室で、ストーブの火を背にしながら、主任参謀の黒木少佐と松平元康から上がってきた最終報告書を睨みつけていた。
「……遠江と三河の国境付近、奥三河の山間部に位置する廃村『黒這』。ここに集結している野盗の群れ、およそ三百。間違いないな、黒木」
「はっ。強行偵察の結果、間違いありません。今川の残党兵を中心とした凶悪な徒党です」
黒木少佐が、指揮棒で壁の航空測量図をピタリと指し示した。
それに続くように、防寒着を着込んだ元康が険しい顔で口を開く。
「奴らは、我々が敷いた『相良の掟と銭の巡り』を真っ向から拒絶しております。そればかりか、雪に閉ざされる前に冬営の準備を整えるべく、近隣の村々を襲い、容赦のない略奪を行いました。米や塩、冬着、そして多数の女たちが攫われております。……奴らは谷の奥深くに陣取り、相良の歩兵もこの雪山には踏み込めまいと高を括っている様子」
「放置すれば、我々が四カ国に張り巡らせた相良の法と経済への深刻な不信を招く。……年を越させるわけにはいかん」
私は傍らに立つ乾中尉に視線を向けた。
「乾。航空分遣隊の如月大尉に伝えろ。これより直協二機を出撃させる。目標は奥三河の黒這村。航空測量図の『方眼区画・ハの七』だ。……大掃除だ。一つ残らず更地にしろ」
「はっ! 直ちに」
乾が踵を返し、執務室を出て行く。私は懐中時計を取り出し、冷たい金属の感触を確かめた。
昭和の空では無意味な特攻を強いられた若者たちが、この中世の空では、国の掟と商いを守るための冷徹な死神となる。その大晦日の出撃を、私は司令部の窓から静かに見届けることにした。
新しい七〇〇メートル滑走路に隣接した航空機待機所では、凍てつく寒気の中、航空整備班の「魔法使いたち」による凄まじい熱気を帯びた出撃準備が始まっていた。
「おい! 一番機、二番機ともに、九二式十五キロ爆弾の懸架を急げ! 両翼に三発ずつ、一機につき計六発だ! 信管の取り扱いには命を懸けろ!」
航空整備班長の鳶沢源太特務曹長が、白い息を荒く吐き出しながら待機所に怒声を響かせる。
その怒号の下、かつては死の淵を彷徨い、今や機械油の匂いに魂を救われた「ひよこ達」田中、伊藤、佐藤の三人の少尉が、整備兵たちに混じって泥臭く立ち働いていた。
「田中少尉殿! 十五キロとはいえ、滑って足に落とせば骨が砕けまっせ! 慎重にウインチを回してくだされ!」
大阪出身の坂本軍曹が声をかけると、大柄な田中慎一少尉が「押忍!」と快活な声を上げた。
田中は、かつてラガーマンとして鍛え上げた太い腕で、弾薬庫から運び出された黒鈍く光る九二式十五キロ爆弾を的確に支え上げ、主翼の下の爆弾懸架装置へと正確に押し上げていく。本来なら前席に乗って親友を助けたかったという彼の重すぎる後悔は、今、先輩たちが飛ぶための確かな「力」へと変換されていた。
機体の心臓部では、発動機班長の荒木曹長が、素手でハ一三甲星型エンジンのカウリングに触れ、その微かな振動と音に全神経を集中させていた。零下に近い気温の中で、彼の分厚い手にはオイルと泥がこびりつき、指先はひび割れて血が滲んでいる。だが、彼は痛みなど感じていないようだった。
「……坂本。二番機の左舷シリンダー、タペット音がコンマ一秒遅れてる。キャブレターの混合比をわずかに濃くしろ。今日の空気は冷てぇ、このままじゃ上空で息継ぎを起こすぞ」
「了解や、親父さん! すぐ調整します!」
荒木の神業のような聴覚による診断に、坂本が瞬時にドライバーを突っ込んで調整を施す。二人の間に無駄な言葉はない。極寒の戦場でエンジンを完璧に回し切るための、整備士としての執念の連携だった。
一方、操縦席周りでは、二番機操縦員の赤星曹長が、昇降舵と方向舵のワイヤーの張りを自らの手で確かめていた。支那事変から如月大尉の僚機を務め続けるこのベテラン操縦員は、飄々とした笑みを浮かべながら愛機の胴体をポンと叩いた。
「坂本、こっちの滑りも極上だ。今日は機体が羽毛みたいに軽く感じるぜ。如月大尉に遅れは取らねえよ」
「赤星曹長、あんまり無茶な機動してワイヤーぶち切らんといてくださいよ!」
操縦席に潜り込んでいるのは、電装・計器班長の寺本軍曹だ。彼は分厚い瓶底眼鏡の奥の目を細め、爆弾の投下スイッチと翼下のラックを繋ぐ電気配線の導通テストを、電圧計を見ながら執拗に繰り返していた。
「伊藤少尉殿。投下回路の三番、抵抗値が規定よりわずかに高い。接点の磨きが甘い証拠です。空の上で十五キロ爆弾が引っ掛かれば、機体のバランスが崩れて大尉殿たちが死にます。やり直しなさい」
「はっ! 申し訳ありません、寺本軍曹! 直ちに!」
生真面目な伊藤少尉が、寺本の厳しい指摘に青ざめながらも、すぐさま接点復活の作業に取り掛かる。寺本は小言を言いながらも、伊藤の作業を最後まで見守り、正確に組み上がったことを確認すると、無言で一つだけ頷いた。
通信・電装の三ノ輪伍長は、機体後部の無線機に耳を当て、ノイズの中から司令部との周波数を完璧に同調させている。
十二名の整備班と、三人の若鳥たち。彼らの流れるような連携と、機体のボルト一本にまで込められた職人としての誇りは、まさに狂気じみた「芸術」の域に達していた。彼らにとって、機体を完璧な状態で空へ送り出すことこそが、唯一無二の信仰なのだ。
「大尉殿! 一番機、二番機、出撃準備完了です! 発動機、計器、爆装、すべて極上ですぜ!」
鳶沢曹長が、油で汚れた顔を拭いもせず、駆け寄ってきた如月響大尉に向かって胸を張った。そこには「俺たちの機体は絶対に落ちない」という、圧倒的な矜持が満ち溢れていた。
「ご苦労、鳶沢。お前らが組んだ機体だ、目を瞑ってても飛べるさ」
飛行隊長の如月大尉は、裏ボアのついた分厚い飛行服の襟を立てながら、不敵な笑みを浮かべた。
彼の背後には、二番機操縦員の赤星曹長、そして一番機偵察員の高木特務曹長と、二番機偵察員の中田軍曹が、防寒用の飛行帽とゴーグルを身につけて控えている。
「高木、中田。それに赤星。聞いての通り、標的は奥三河の黒這村で震えてる野盗ども三百だ。座標は『方眼区画・ハの七』」
如月は煙草を雪の上に捨て、軍靴で踏み諂いながら、短いブリーフィングを始めた。
「連中は谷底に身を潜めてる。俺たちは太陽を背にして一気に降下し、まずは翼下の『お年玉』六発ずつを村のど真ん中に叩き込む。逃げ惑う奴らは、後席の旋回機銃で端から刈り取れ。……大晦日だ。こんなうすら寒い空飛ぶ鉄屑の上で年は越したくねぇ。一五分で終わらせて、とっとと帰ってくるぞ」
如月の声には、悲壮感も罪悪感も欠片ほどもなかった。だが、その時間計算を聞いた一番機偵察員の高木特務曹長が、深い皺の刻まれた顔をわずかにしかめて口を挟んだ。
「大尉殿、一五分じゃあ少々急ぎすぎですぜ」
「ああん? なんだ高木、年寄りには寒さが堪えるか?」
「俺たちの旋回機関銃は、一弾倉六十八発入りの皿型です。予備を含めてきっちり五個、一機につき計三百四十発しか積んじゃいません。弾幕を張るような無駄撃ちはできねえし、上空での弾倉交換の手間と、村の端から端まで念入りに大掃除する時間を考えれば、きっちり二〇分はかかりますぜ」
長年、空から戦友の死を見送ってきたこの老兵にとって、敵を殺すことは息をするのと同じだが、物理法則と弾数制限を無視した無理な機動は命取りになることを誰よりも知っていた。
如月は一瞬目を丸くしたが、すぐに苦笑して肩をすくめた。
「……チッ、違えねえ。職人の計算には逆らえんな。なら二〇分だ」
「俺の航空カメラも、極上のフィルムを詰めてありますよ。連中の大パニックになる顔、しっかり写真に収めて大佐殿への土産にします」
中田軍曹もまた、写真館の息子らしい軽口を叩きながら、愛用のカメラのレンズを愛おしそうに撫でた。
如月が一番機の翼に足をかけた時、三人の若者――田中、伊藤、佐藤が、直立不動で彼らの前に整列した。
「大尉殿! 赤星曹長、高木曹長、中田軍曹! 我々が全力で準備した機体です! どうか、ご武運を!」
代表して田中少尉が、腹の底から声を振り絞って敬礼する。佐藤少尉の目には、かつての幽鬼のような暗さはなく、自分たちが磨き上げた航空機への信頼と、先輩たちへの純粋な敬意が宿っていた。
如月は操縦席に身を滑り込ませると、風防ガラス越しに若者たちを見下ろし、ニヤリと笑った。
「おう。お前らが血の涙を流して磨いた風防だ、敵の顔のシワまでよく見えるぜ。……いいか、今日は大晦日だ。俺たちが帰ってくるまでに、極上の熱い蕎麦を茹でて待ってろ。出汁はしっかり効かせろよ」
「はっ! どんぶり鉢を温めてお待ちしております!」
キュルキュルキュル、という慣性始動機の回転音が響き、次いでハ一三甲エンジンが猛烈な白煙を吹き上げながら、咆哮を上げた。
爆音。風圧。
重武装を施した二機の九八直協が、雪の舞う新しい七〇〇メートル滑走路を蹴り立て、重々しく、だが力強く冬の鉛色の空へと舞い上がっていった。
狂った善人たちによる、容赦のない殺戮の時間が始まったのだ。
同じ頃。遠江と三河の国境、奥三河の深い山谷に位置する廃村『黒這』。
そこは、雪と霜に覆われた白黒の世界の中で、異様な熱気と腐臭を放っていた。
村の広場にはいくつもの巨大な焚き火が焚かれ、周辺の村から略奪してきた米俵や冬野菜、そして屠殺されたばかりの豚や猪の肉が乱雑に転がっている。
集まっているのは、桶狭間の戦いで主君を失い逃亡した今川の足軽や、元からこの山を根城にしていた野盗の群れである。総勢三百を超えるならず者たちは、奪った酒をあおり、下卑た笑い声を上げながら、火の周りで肉を貪っていた。
村の崩れかけた堂の裏手からは、周辺の村から攫われてきた女たちの、絶望に満ちた泣き声が絶え間なく聞こえてくる。
「……ぎゃはは! 相良の腐れ野郎どもめ、今頃は雪にビビって砦の奥で震えておるわ!」
群れの頭目格である、くすんだ朱色の鎧を着た元・今川の地侍が、酒の入った瓢箪を振り回しながら下品に笑った。
「『相良の掟』だの『税は紙切れで払え』だの、寝言をほざきおって! 天下の金銀ならいざ知らず、あんな紙切れで飯が食えるか! 俺たちはこの山奥で、奪った米と女で春までぬくぬくとやり過ごすんじゃ!」
「御大将の言う通りだ! 相良の鉄砲も大砲も、この雪深い谷底までは引っ張ってこれまいよ!」
周囲の野盗どもが、下劣な歓声を上げて同意する。
彼らは自分たちの「隠れ家」が完璧であると信じて疑っていなかった。中世の軍隊の常識からすれば、彼らの考えは正しい。深い雪に閉ざされた山道を、重装備の軍隊が進軍するなど不可能に近い。春の雪解けまでは、この谷底は絶対の安全地帯のはずであった。
彼らが、空から聞こえてきた『異音』に気づいたのは、まさにその時だった。
ブォォォォン……!
最初は遠くの雷鳴のように聞こえたその音は、急速に物理的な振動を伴って谷底に響き渡った。
野盗の頭目が、肉を頬張ったまま不審そうに空を見上げる。
「……なんだ? 地鳴りか? いや、上から……?」
彼らが上空の鉛色の雲の切れ間を見つめた瞬間。
逆光の冬の太陽を背にして、二つの巨大な黒い十字架が、音を置き去りにするような猛烈な速度で谷底へ向かって急降下してくるのが見えた。
「な、なんだあれは! 鳥か!? 天狗か!?」
頭目が悲鳴を上げた時には、すでに手遅れだった。
上空千メートル。急降下する一番機の操縦席で、如月大尉は風防ガラス越しに、焚き火の煙が立ち上る廃村を冷徹な視線で捉えていた。
「目標捕捉。村の広場に密集。……馬鹿どもめ、上空からの格好の的だ。高木、赤星、機銃と爆撃の用意はいいな」
『二番機、いつでもいけます』『後部機銃も極上ですぜ』
「よし。俺たちが前方の広場を潰す。赤星の二番機は、背後から逃げる奴らを村の出入り口で叩け」
如月は操縦桿を前に倒し、エンジンの出力を絞った。
九八直協の頑丈な機体が、凄まじい風切り音を立てながら谷底へ突っ込んでいく。両側から迫る切り立った崖の木々が、恐ろしい速度で視界の端を飛び去っていく。一歩間違えれば崖に激突する極限の低空飛行。だが如月は、まるで自分の手足を動かすように機体を操り、谷の地形を縫うようにして滑り降りていく。
僚機の赤星曹長もまた、如月の無茶な機動にピタリと食らいつき、寸分の狂いもなく降下姿勢に入っていた。
高度三百、二百、百。
地上でパニックに陥り、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う野盗たちの顔のシワまでがはっきりと見えた。
「……お年玉だ、受け取れ」
如月は投下スイッチを連続で押し込んだ。
ガコン、ガコン、という小気味良い音とともに、両翼のラックから三発ずつ、計六発の九二式十五キロ爆弾が切り離される。二番機からも同様に六発の爆弾が投下された。
合計十二発の黒い鉄塊は、逃げ惑う群れの頭上、広場のど真ん中へと正確な放物線を描いて降り注いだ。
ズドォォォン!! ドガァァン!!
連続する轟音。
この九二式十五キロ爆弾は、その重量に反して、充填された炸薬の威力は歩兵部隊を恐怖のどん底に陥れる十五糎榴弾砲の砲弾(約三十六キロ)に匹敵する。さらに、分厚い鉄の塊である砲弾に比べて弾殻が薄く作られているため、爆発と同時に細かく砕けた無数の鋼鉄の破片が四方八方へと凄まじい速度で飛び散るのだ。対人殺傷においては、これほど恐ろしく最適な兵器はなかった。
合計十二発、大砲十二門の同時着弾にも等しい爆発力が、谷底の密集地に炸裂した。
それぞれの爆心地にいた百人以上の野盗は、爆炎に包まれて文字通り肉片となって吹き飛んだ。運良く爆風から逃れたと思った者たちも、秒速千メートルを超える鋼鉄の破片を全身に浴びて、手足を吹き飛ばされ、血だまりの中に崩れ落ちた。
「ひ、ひぃぃっ! 化け物だ! 逃げろ、山へ逃げろ!」
生き残った頭目が、酒の瓢箪を投げ捨て、雪の中を這いずり回る。
だが、その頭上を、村の反対側から進入してきた二番機が、腹の底を這うような超低空でかすめていった。
「逃がすかよ。笑え、田舎侍ども」
二番機の後席で、中田軍曹が冷酷に呟いた。彼は航空カメラのシャッターを切り、パニックに陥る敵の惨状をフィルムに焼き付けた直後、据え付けられた八九式旋回機銃のグリップを握り締めた。
銃口が火を吹き、ダダダダダダダッという強烈な連射音が響く。
毎分七百発の鉛の雨が、雪面を一直線に跳ね上げながら、逃げ惑う野盗の背中を次々と貫いていく。
数十発を撃ち込むと、中田は流れるような手つきで空になった七十五発入りの皿型弾倉を引き抜き、足元から新しい弾倉をガチャンと叩き込んだ。手持ちの弾薬は三百発しかない。一発必中の正確な射撃だけが要求される職人技だった。
一番機の高木特務曹長もまた、反転して再進入する機体の上で、一切の感情を交えることなく、逃げ遅れた者たちに正確な短いバースト射撃を浴びせていた。
彼らの射撃は、怒りも憎しみもない、ただの「作業」だった。
害虫を駆除し、自分たちの後輩が生きる場所を掃除するための、極めて事務的で無慈悲な手順。
三百いた野盗の群れは、高木が予告した二十分という時間すら使い切ることなく、雪を赤黒く染める肉塊へと姿を変えた。女たちが押し込められていた堂の周辺だけが、まるで神の加護があったかのように、無傷で残されていた。
「司令部へ。一番機より報告。大掃除、完了。これより帰投する」
如月は無線に向かって短く告げると、血塗られた谷底を背に、機首をふわりと引き上げた。
数十分後。
相良の新しい七〇〇メートル滑走路に、硝煙とオイルを纏った二機の九八直協が帰還してきた。
見事な三点着陸を決め、尾輪を滑らせながら停止した機体に、プロペラが完全に止まるのも待たずに、整備班の男たちが群がっていく。
「タイヤ止めェ! 荒木の親父、エンジン温度どうでっか!」
「問題ねぇ! 極上の回り方だったはずだ!」
荒木曹長は、素手で熱々に焼けたエンジンのカウリングを叩き、「よく耐えたな、いい子だ」と機体そのものを労うように撫で回した。
鳶沢特務曹長が、主脚のサスペンションの沈み込みを確認し、機体全体を鋭い目で舐め回す。
「大尉殿! 二番機の左翼端に、敵の矢らしきものがかすった跡がありますぜ! 布が五センチほど裂けてやがる」
「うるせぇな鳶沢。ただの蚊に刺されたようなもんだろうが」
操縦席から降り立った如月が、肩をすくめて笑う。
「馬鹿言ってんじゃねぇ! 空の上じゃ、この五センチの裂け目が風を巻き込んで命取りになるんだ! 坂本! すぐドープ塗料と当て布持て! 五分で塞ぐぞ!」
口うるさく怒鳴りながらも、鳶沢の顔には「無事に帰ってきた」ことへの深い安堵と喜びが滲み出ていた。
そこへ、田中、伊藤、佐藤の三人の若鳥たちが、お盆の上に湯気を立てる大きな陶器のどんぶり鉢を載せて走り寄ってきた。極寒の風の中に、鰹出汁の濃く甘い匂いがふわりと漂う。
「大尉殿! 赤星曹長、高木曹長、中田軍曹! お疲れ様であります! 極上の年越し蕎麦であります!」
田中の元気な声が響く。佐藤は、中田軍曹から受け取った航空カメラを大切に受け取り、「レンズに傷はありません。お見事です」と深々と頭を下げた。伊藤が震えない手で、熱い蕎麦のどんぶりを先輩たちに配って回る。
「おう、ありがとよ。……ああ、極上の出汁が五臓六腑に沁みやがる」
如月が、手袋を外した手でどんぶりを受け取り、美味そうに蕎麦をすすった。
赤星も高木も中田も、若者たちに背中を叩かれながら、湯気の中で顔をほころばせている。その隣では、整備班の男たちが休む間もなく次の飛行に向けて機体の磨き上げを始めている。
大佐の目から見れば、彼らがたった今、奥三河の谷底で三百人の人間をミンチにして帰ってきたばかりの部隊とは到底思えない、あまりにも眩しい光景だった。
そこにあるのは、血塗られた殺戮者の集団ではなく、自分たちの仕事に命を懸け、互いを信頼し合う、奇妙で爽やかな「家族」の姿そのものだった。
私はくろがね四起の傍らに立ち、彼らの輪に加わることはなかった。
ただ、新しく巻き直した恩賜の煙草に火を点け、その騒ぎを少し離れた場所から静かに見つめていた。
彼らの倫理は狂っている。
中世の人間を虫のように殺戮し、その狂気を仲間同士の笑いと蕎麦の温もりで包み込んでいる。
だが……。
国体という名の下に無意味な死を強要し、若者たちを使い捨ての駒とした、あの狂気に満ちた大日本帝国の空よりは。
この血塗られた戦国の空の方が、彼らにとってはよほど『青春』にふさわしいのだろう。
西の空に、一五六〇年の最後の日が沈んでいく。
私は、自らもたった一人の息子をあの狂った帝国の空で失った深い後悔の念を、ほんの少しの救済とともに、紫煙に混ぜて冬の空へと吐き出した。
大晦日の透き通った冷たい空気の下、空のならず者たちと若鳥たちの、生きている喜びに満ちた笑い声は、いつまでも響き渡っていた。
第18話了
最後までお付き合いいただき感謝します。
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