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第18話:迷えるヒヨコのお悩み相談室!〜お年玉を配った後は、みんなでワイワイあったか年越そば〜その1

この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。

 

零戦様HP https://mypage.syosetu.com/26122/ 

戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/

戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/

永禄三年(一五六〇年)十二月中旬。


 遠江の谷に吹き込む冬の風は、まるで研ぎ澄まされた刃物のような鋭さを持って、容赦なく肌を削りにくる。牧之原台地から滑り落ちてきた冷気が谷底に滞留し、相良の秘匿滑走路は、夜が明けてもなお乳白色の濃い霧のヴェールに包み込まれていた。


 私は防寒外套の襟を立て、くろがね四起(九五式小型乗用車 )の冷え切ったボンネットに腰掛け、その霧の底をじっと見つめていた。


 空冷V型二気筒エンジンの微かな余熱が背中越しに伝わってくる。手元の懐中時計がチクタクと刻む規則正しい音だけが、私がまだ「昭和」という時代の人間であることを辛うじて繋ぎ止めているようだった。


 視線の先、霧の向こう側から、断続的に金属を叩く音ややすりを掛ける音が響いてくる。


 カィン、カィン、という硬質な響き。そして、キィィィという鉄の悲鳴。


 そこは、滑走路の脇に急造された屋根だけの吹き晒しの施設「航空機解体場ジャンクヤード」である。相良の航空分遣隊を支える魔法使いたちが、今日も死んだ鉄の塊に命を吹き込もうと、泥と油にまみれながら格闘していた。


「……いい音だ。そうは思わんか、乾」


 傍らに立つ連隊副官の乾中尉が、白い息を長く吐き出しながら頷いた。


「はっ。鳶沢特務曹長以下の整備班、昨夜も徹夜だったようです。あの残骸の再生作業、やはり素性の違う部品のすり合わせに想像以上の時間を喰っているようで」


「無理もないさ。神業にも限界はある」


 私は外套の懐を探り、見慣れた菊の御紋があしらわれた紙箱を取り出した。

本来ならばとっくに品切れになっているはずの「恩賜の煙草」である。有能な私の副官が、司令の嗜好を察して部隊のあちこちから掻き集め、密かに大量に隠匿しておいてくれたものだ。

一本抜き取り、マッチで火を点ける。安物の代用煙草とは違う、バージニア葉の芳醇で甘い香りが、冬の冷たい空気の中にゆっくりと溶けていった。


 滑走路の脇に待機している、稼働可能なニ機の九八式直接協同偵察機。

我々陸軍の人間が「直協機」と親愛の情を込めて呼んだその機体は、海軍の零戦や我らが陸軍の隼のような、スマートで華々しい流線型の戦闘機とは無縁の存在である。


 空気抵抗を減らすための流線型スパッツを備えつつも、どこか無骨さを残す太く頑丈な固定脚。圧倒的な下方視界を確保するため、胴体側面の低い位置まで広くガラス張りになった巨大な風防。そして、搭乗員の視線を翼が遮らぬよう、前縁に強い後退角を持たせた主翼。およそ『大空の英雄』が乗るようなスマートな戦闘機とは違う、前線の泥臭さを体現したような、ずんぐりとした頼もしい姿だ。


だが、地上を這いずり回る我々歩兵の指揮官にとって、この不格好な機体ほど頼りになる相棒はいなかった。


 思い出すのは、昭和十三年、支那の泥濘に塗れた奥地での戦いである。当時の無線機は重く壊れやすく、前線では使い物にならないことが多かった。地図にない村落や、見えない丘の向こうの伏兵に怯える我々の上空へ、九八直協はいつも悠然と現れた。


 時速百キロを切るような超低速でも決して失速せず、まるで獲物を探す鷹のように空中に留まり続ける驚異の低空運動性。彼らは地上の我々にも見えない敵の機関銃座や迫撃砲の陣地を正確に見極め、通信筒を落として知らせてくれた。


 それだけではない。この機体は「野原があればそこが基地になる」のだ。

刈り取った後の荒れた田畑や、少し広い河原さえあれば、あの頑丈な固定脚で平然と着陸してくる。パイロットが機体から飛び降り、泥だらけの飛行服のまま私の元へ駆け寄ってきて、


「中佐殿、あそこの敵はもう崩れかけています! 今叩けば落ちますぞ!」と、息を弾ませながら直接地図を指差して教えてくれたものだ。


 盤上の駒ではなく、同じ戦場の泥をすする戦友としての「顔の見える連携」。それこそが、九八直協が戦場の万能機と呼ばれ、我々に愛された最大の理由だった。





 私は煙を細く吐き出し、解体場へと視線を戻した。


 今、鳶沢たちが格闘しているのは、七月の着陸失敗事故で大破した二機の九八直協の残骸である。


 一号機は機体中破・エンジン中破。二号機は機体大破・エンジン小破という惨状だった。しかし、不幸中の幸いと言うべきか、どちらも機体の「カタチ」そのものは辛うじて保っており、最も頑丈な星型エンジンのコア(シリンダーやクランクシャフト)も致命的な歪みは免れていた。


 そこで鳶沢たちは、中破で済んだ一号機のフレームを骨格のベースとし、そこに二号機の再生したエンジンと補器類を移植。さらに、五月に不時着したキ五四(一式双発高等練習機)の残骸から剥ぎ取った電装品やワイヤ類を強引に結線するという、狂気の再生手術を行っていたのだ。


「……如月はどうした」

「飛行隊長の如月大尉なら、あそこです」


 乾が顎でしゃくった先、解体場の最も奥まった場所で、一人の男が油まみれのツナギに身を包み、発動機班長の荒木曹長らと共にクランクシャフトを凝視していた。


如月響きさらぎひびき大尉。三十一歳。士官学校第四十八期卒。


 この相良の空を支配する、航空分遣隊の若き隊長である。


 彼は元々、華々しい戦闘機乗りを嘱望された天才肌の操縦士だった。しかし、大陸の戦線で「歩兵と呼吸を合わせる直協機」の泥臭くも実戦的な価値を見出し、自らその道を志願したという変わり種だ。


 生真面目で理知的だった青年将校は、しかし、泥沼化する戦局と、特攻という名の精神論を強要し始めた軍上層部の腐敗を目の当たりにし、次第に冷徹なリアリストにして権力を嫌う「はみ出し者」へと変貌していった。


 彼にとって、この戦国時代への転移は、理不尽な帝国陸軍の鎖からの『解放』に他ならない。ここには憲兵の目も、狂った参謀の無謀な命令もない。あるのは、物理法則に従って回るエンジンと、己の腕一つで切り拓ける空だけだ。


 私はくろがね四起から降り、霜柱を踏み砕きながら解体場へと歩み寄った。

近づくにつれ、むせ返るような油の匂いと、ガソリンの芳香、そして男たちの汗の臭気が鼻を突く。それは、草と土の匂いしかしない中世の世界において、唯一、我々の文明がここに存在することを主張する「暴力と知性の匂い」だった。



「鳶沢曹長、芯出しはどうだ」

如月が、傍らに跪く航空整備班長、鳶沢源太特務曹長に声をかける。


「大尉殿、あとコンマ二ミリ……。いや、零・一五といったところです。荒木の親父がヤスリ一本で削り出してますが、こいつは機械の仕事じゃありませんよ。神業です」


 口より先にスパナが出るという無骨な職人の鳶沢が、すすけた顔に油の筋を作りながら、ニヤリと笑った。


 彼ら整備班十二名は、まともな予備部品など一つもないこの時代において、墜落した機体のボルト一本、風防の破片一枚すらもしゃぶり尽くす。専用の工作機械が必要なミリ単位の調整すら、「音」と「指先の感覚」だけでやってのける。

 彼らは中世に迷い込んだ魔法使いであり、狂人であった。



 私が歩み寄る気配に気づくと、如月と鳶沢が油まみれの手をツナギで拭い、直立不動で敬礼した。鳶沢は下士官らしい節度を保ちつつも、その目には職人としての強烈な矜持が宿っている。


「大佐殿、朝早くから視察ですか。……見ての通り、死骸のボロを掻き集めて、なんとかもう一羽のカラスをでっち上げているところです」

如月が、不敵な笑みを浮かべて言った。


「順調とは言えんようだな」

「ええ。ですが、この継ぎ接ぎが飛ぶ頃には、この辺りの空も少しは賑やかになるでしょう」


 私は如月の言葉に、内側から燃え上がるような特有の熱量を感じた。


 彼ら古参の航空兵たちは、中世の人間に死の雨を降らせる「死神」だ。しかしその内面は、大日本帝国という重圧から解放され、純粋に飛行機と空を愛する少年のように澄み切っている。


……だが、すべての者が彼らのようにこの異常な状況に「救われた」わけではない。

私は、解体場の入り口、霧が薄れ始めた滑走路の端で立ち止まったままの、三人の影に目をやった。


松葉杖をつき、あるいは腕を真っ白な包帯で吊った、痛々しい姿の若者たち。

「特操(陸軍特別操縦見習士官)」出身の若き士官たち――。


田中慎一少尉、伊藤正男少尉、佐藤誠少尉。


 本来ならば全員が操縦桿を握るはずだったパイロットの卵。しかし、人員不足の狂った急造編成により、強引に前席と後席に割り振られて押し込まれ、あの七月の着陸失敗で死に損なった「若鳥ひよこ」たちだ。


相良分院のベッドで、彼らがどれほどの地獄を見たか、私は知っている。


 一号機の前席に乗っていた小林少尉の死。失われた未来。そして、四百年前の中世という逃げ場のない現実。


 彼ら若者にとっての時間は、あの墜落した瞬間に凍りついたままだった。

足を引きずるようにして歩いてくる彼らに付き添っているのは、白衣が眩しい一人の女性だった。


日赤看護婦の雪江幸子ゆきえさちこ


 相良分院から、厳しいリハビリを終えた彼らを航空隊の基地まで送り届けるためにやってきたのだ。彼女の存在は、男の汗と油にまみれた殺伐としたこのジャンクヤードにおいて、一輪の白い百合のように場違いで、しかし強烈な光を放っていた。


 若者たちが、憧れの「マドンナ」の前で少しでもしっかりした姿を見せようと、必死に痛みを堪え、松葉杖を持つ手に力を込めているのが、遠目からでもはっきりと分かった。



「……田中少尉。歩けるようになったか」


私が声をかけると、一番背の高い田中が、松葉杖を脇に抱え直し、震える手で不器用な敬礼をした。


「はっ……。櫻井大佐殿。本日より、部隊に復帰いたしました……っ」


 かつてラガーマンとして鳴らしたというその声は、ひどく掠れ、どこか虚ろだった。

彼の脳裏には、いまだにあの墜落の瞬間の衝撃と、前席で沈黙した親友・小林の血まみれの背中がこびりついているのだろう。


 本来自分が座るはずだった席で親友が死に、後席に押し込まれた自分だけが生き残ってしまった。その凄惨な罪悪感が、この二十歳の純粋な青年の魂を内側から蝕んでいた。


「まだ無理をさせてはいけません、大佐殿。この方たちは、体だけでなく、心にも深い傷を負ったままなんですから」


 雪江看護婦が、私の前へと進み出て、まるで雛鳥を守る母鳥のように険しい表情で釘を刺した。彼女は、この「油まみれのならず者たちの巣窟」に、繊細な若者たちを帰すことを本気で心配しているようだった。


「分かっている。……如月。彼らの扱いには気を配ってやれ」


私がそう言うと、如月大尉は咥えていた煙草を足元に捨て、軍靴の底でゆっくりと踏み諂った。


そして、傍らのドラム缶の上に置かれていた、油と泥で真っ黒になったウエス(布切れ)を無造作に掴み取ると、驚くべきことに、それを松葉杖をつく田中の顔面に向けて、躊躇なく放り投げた。


「ばっ……!?」


 田中がバランスを崩し、顔に当たった汚いウエスを辛うじて掴み取る。

「おい、田中。五体満足で歩けるなら、テメェらがぶっ壊した機体の残骸を磨け。魔法は使えねぇんだ。死んだ小林の供養がしてぇなら、その手ぇ真っ黒にして働け」


如月は、飛行服の胸を張り、冷徹な声で言い放った。


「お前らは患者じゃない。相良の航空士官だ。それがこの部隊の『洗礼』だ」


「ちょっと、如月大尉! 何をなさるんですか! この子たちはまだリハビリ中だって言ってるじゃないですか!」


 雪江看護婦が烈火のごとく怒り出し、純白の白衣を揺らして如月に詰め寄る。


 その背後から、鳶沢特務曹長が一歩前に出た。彼は下士官として少尉である若者たちに一線は画しつつも、歴戦の職人としての凄みを漂わせている。


「……雪江さん、あんたの言う通りだ。だがな、こっちはボルト一本、人手一つ足りねぇ地獄の底なんだ。少尉殿たち、手が動くなら手伝ってもらいますぜ。なんせ、お前さんたちが乗ってきた機体なんだからな」


 鳶沢の言葉はぞんざいな口調ながらも、部隊の圧倒的な「現実」を突きつけていた。


「雪江ちゃん、そう怒るなよ。こいつらも軍人だ。ベッドの上で綺麗にチヤホヤされる時期は終わったんだよ」


 如月が、怒るマドンナを前になぜか嬉しそうに、意地悪な笑みを浮かべる。

田中、伊藤、佐藤の三人は、顔に押し当てられた油まみれのウエスを握り締め、呆然と立ち尽くしていた。


 ひよこ扱いされ、怒鳴り散らされる。


 そこにある油の匂いと、乱暴な言葉の数々。


 それは死の匂いであり、同時に、彼らが「今ここに生きている」という、残酷なまでの現実の感触だった。


 私はくろがね四起の傍らに立ち尽くし、その光景を黙って見つめていた。


 一見冷酷に見える、ならず者の先輩たちの振る舞い。

だが、大佐として、そして一人の死んだ特攻隊員の父親として、私には痛いほど分かっていた。


「お国のために死ぬこと」しか教わってこなかった彼ら学徒出陣の若者たちに、今さら綺麗な同情や慰めは何の救いにもならない。


 彼らの凍りついた魂を救うのは、あの空へもう一度戻るための、油にまみれた泥臭い「日常の仕事」だけなのだ。


 私は、朝霧が完全に晴れ上がり、高く澄み渡った戦国の冬空を仰いだ。

そこには、昭和二十年の空のように、絶望的な鉄の雨も、無意味な死の命令も降ってはこない。


……さあ、始めようか。


狂った善人たちによる、血塗られた青春の第二幕を。




この項つづく


最後までお付き合いいただき感謝します。

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