第15話:ワクワクお仕事相談室、オープンです!〜適材適所のお引越しと、夜のドキドキ内緒話〜その1
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
零戦様HP https://mypage.syosetu.com/26122/
戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/
戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
永禄三年(一五六〇年)七月二十五日。
遠江国、相良衛戍地。
駿河湾沖に現れた海軍の特設艦艇群を我が連隊の指揮下に組み込んでから、数日が経過していた。
遠州灘の偽装桟橋に係留された七隻の船団では、休養を兼ねた軽整備が行われている。本格的な補修はスリップウェイが完成してからになるが、今は甲板の錆落としや、潮風で痛んだ捲揚機への注油など、停泊したままでもできる作業を海の男たちが黙々とこなしていた。
その日の午前、私は連隊本部の会議室に、歩兵大隊や砲兵大隊を含む小隊長以上の指揮官、および結城所長ら民間技術陣のトップを集めていた。
「多忙の折、ご苦労である」
私は席に座ったまま、手元の書類を軽くトントンと揃えて話し始めた。
「本日は、各中隊・小隊において実施する特命調査について通達する。大隊本部要員などを除く、実戦部隊の特務曹長以下の全下士官・兵を対象に、『軍隊に入る前の職業』を調査する。各自に用紙を配り、学歴や職歴、持っている技術を事細かに申告させてもらいたい」
将校たちの間に、微かなざわめきが広がった。
独立野砲大隊の郷田少佐が、怪訝そうに太い眉を寄せて口を開く。
「大佐殿。娑婆での生業、でありますか。我々の部下は過酷な訓練を経た精兵です。今更そんな過去の経歴を聞き出して、何とするおつもりで? まさか、前線で大砲を牽いている兵を抜いて、後方の施設工事に回そうというわけではありますまいな」
郷田少佐の言葉には、最前線の火力を削られることへの野戦指揮官としての強い懸念が滲んでいた。無理もない反応だ。
「心配するな、今すぐ奴らから小銃を取り上げて別の部署に回すわけではない」
私は手を振って郷田の懸念を否定した。
「だが、我々はこの先の長期戦を見据えねばならん。持ち込んだ兵器も工作機械も、いずれは摩耗し、限界を迎える。海軍が『焼玉機関』というこの時代にうってつけの機関をもたらしたが、図面を引いてそれを形にするには、実際に金属を削り、部品を組み立てられる職人の手が必要になるのだ」
私は将校たちをぐるりと見渡した。
「我が守備隊には五千人近くの人間がいる。その中には、応召される前は有能な機械工だった者や、大工、あるいは経理の専門家だった者が必ずいるはずだ。彼らを全員、ただの歩兵として前線の泥に突っ立たせ続けるのは、この世界で国を保つ上であまりにも愚鈍な真似だ。我々の足元にどれほどの技術と経験が眠っているのか、指揮官として正確に把握しておきたい」
私の意図を理解したのか、武田猛少佐や間宮俊太郎大尉たちが「なるほど」と深く頷いた。
翌日の夕暮れ。
第一練兵場に隣接する歩兵中隊の兵舎前では、早速この調査が実行に移されていた。
「総員、集まれ! 今から配る用紙に、貴様らが娑婆でやっていた生業を事細かに記せ。適当な誤魔化しは許さんぞ!」
歩兵大隊の星勘太曹長が、束になった調査用紙を兵士たちに配りながら声を張り上げている。
しかし、集められた下士官や兵士たちの反応は様々だった。
「曹長殿。昔の仕事を聞き出して、軍隊で一体どうするって言うんですか?」
一人の若い兵士が、疑心暗鬼に満ちた目で尋ねる。
「決まってまさぁ。使えねえ奴や農家の次男坊あたりを洗い出して、一番きつい最前線の土木作業か、決死隊にでも放り込む腹積もりなんですよ」
隣の古参兵が、皮肉っぽく小声で囁いた。長年、理不尽な軍隊の鉄拳制裁に揉まれてきた彼らにとって、上官からのイレギュラーな質問は警戒すべき「罠」でしかなかった。
「馬鹿野郎、下らん勘繰りをするな」
星曹長は、その古参兵の頭を軽く小突いた。
「連隊長殿はそんな阿呆な真似はされん。お前らの中に、何か特別な技術を持ってる奴がいないか探しておられるんだ。もしお前の腕が役立つと認められれば、泥まみれで行軍する代わりに、屋根のある工場で機械をいじる仕事に回してもらえるかもしれねえぞ」
星曹長の言葉に、兵士たちの顔つきが少し変わった。
「俺、川崎の鉄工所で旋盤回してました! そういうのも書いていいんですか?」
「おう、詳しく書け。どんな機械を使ってたかまでな」
「自分は造船所で、船の排水ポンプの組み立てをやってました。あと、船底の修繕も少しなら」
「おお、それは海軍さんが泣いて喜びそうだな」
星曹長は、一人ひとりの兵士に声をかけながら用紙の書き方を指導していく。
「自分は……尋常小学校を出てから、ずっと家で親父と畑を耕してただけです。米と大豆を作ってました」
自信なさげに言う若い兵士の肩を、星曹長はポンと叩いた。
「立派な生業じゃねえか。米と大豆の育て方を知ってるのは、兵隊にとっちゃ一番大事なことだ。腹が減っては戦はできん。胸を張ってそう書け」
星曹長の面倒見の良さに背中を押され、兵士たちは少しずつ、遠い昔に置いてきた「本来の自分」の記憶を紙に書き留めていった。
その後、数日にわたる集計作業が連隊本部で行われた。
担当したのは、最近は随分融けてきたとも言われる「氷の副官」こと乾中尉である。
集計の初日、乾中尉は集まってきた用紙の束を見ながら淡々と作業を進めていた。
「やはり農家出身者が多数を占めますね。全体の約三割が米作や畑作の経験者です。これは想定の範囲内ですが」
しかし、集計が中盤に差し掛かると、乾中尉の手が頻繁に止まるようになった。
「……大佐殿。少し妙です。ただの工員や事務員という大雑把な括りではなく、予想以上に専門的な職歴を持つ者が続々と出てきます。数人の例外といったレベルではありません」
彼は、興味深そうに用紙を職種ごとに細かく分類し始めた。
そして八月四日。
うだるような真夏の熱気が谷底に滞留する中、乾中尉はきっちりと整理された分厚い報告書の束を私の机に置いた。いつもは無表情な彼の顔に、珍しく微かな興奮の色が浮かんでいる。
「大佐殿、結城所長。集計が完了しました。……これは、なかなかの陣容であります」
私と結城所長は、乾中尉がまとめたリストに目を落とした。
大隊本部要員などを除いた約二千八百名の調査結果は、まるで一つの独立国家を支えるための職業名鑑のようであった。
【歩兵第三中隊・一等兵】北海道の炭鉱夫。発破作業および坑道掘削の経験あり。
【野砲兵大隊・上等兵】川崎の金属加工工場で、亜鉛メッキ製品の製造・検査を担当していた副職長。
【歩兵第一中隊・二等兵】尋常小学校卒。家業の農業に従事。水稲と大豆の栽培、冬季は炭焼き。
【歩兵第二中隊・上等兵】沿岸の小規模造船所勤務。艦船用大型排水喞筒の組み立て及び船体補修の経験者。
【輜重兵中隊・伍長】地方銀行の窓口業務および出納係。
【機関銃中隊・上等兵】製鋼所の鋳物師(型枠作りから鋳込みまで経験あり)。
【歩兵第四中隊・一等兵】東北の養蚕業。桑畑の管理から繭の生産まで一貫して従事。
【歩兵第三中隊・伍長】農機具や蹄鉄を打っていた町の鍛冶屋。
【工兵中隊・上等兵】電気商会勤務。屋内配線および碍子引き工事担当。
【輜重兵中隊・軍曹】運送会社の貨物自動車運転手。
【歩兵第一中隊・二等兵】三陸沖での遠洋漁業乗組員。荒天時の操船および網の修繕経験あり。
【歩兵第二中隊・一等兵】村役場の書記。戸籍台帳の管理および税の計算担当。
【歩兵第四中隊・兵長】繊維工場での染物および仕立て職人。
【歩兵第一中隊・伍長】木曽の山林地帯での伐採作業員。木材の切り出しおよび搬出運搬。
【工兵中隊・兵長】工場の配管接続・溶接を行っていた配管工。
【野砲兵大隊・二等兵】木造家屋の建築を請け負っていた大工。
【歩兵第二中隊・二等兵】馬匹の育成と調教を行っていた牧場従業員。
【輜重兵中隊・上等兵】ゴム工場でタイヤの成型・加硫作業を行っていた工員。
【歩兵第一中隊・一等兵】造り酒屋で発酵の管理を行っていた蔵人。
【歩兵第三中隊・上等兵】尋常小学校の教員(理数科担当)。
【歩兵第四中隊・一等兵】医学部在学中に応召された学生。
「どうです、大佐殿。見事なものでしょう」
結城所長が、報告書をめくりながら弾んだ声を出した。
「大半の者は学校を出てから五、六年といったところで、熟練の親方とまではいきませんが、中堅として十分に現場を回せる若手ばかりです。おまけに下士官の中には、十年以上の経験を持つ筋金入りのプロも混ざっている。……これなら、我々のプラントの拡張も、新しい機関の製造も、ずっと現実味を帯びてきます。未来への選択肢が一気に広がりましたぞ」
「ああ、同感だ」
私は、ずっしりと重い書類の束を撫でた。
「軍服を着せて同じように行進させていれば、全員がただの『兵隊』に見えてしまう。だが、彼らは召集令状一枚で無理やり軍隊に組み込まれる前は、社会を根底から支える立派な実務家たちであったのだ」
軍隊という組織は、効率と統制を求めるために、個人の多様な背景を削り落として一つの用途に押し込もうとする。戦争という極限状態を乗り切るためには必要な措置であることは認める。しかし、私自身もまた、その軍人の思考の癖から完全には抜け出せていなかったことに気づかされた。
「彼らを前線の塹壕に縛り付けておくのは、やはり国家の損失だな」
私は、窓の外で土埃を上げて走る自動貨車を眺めながら言った。
「我々がこの時代に根を下ろし、自活の基盤を確立していくためには、彼らがかつて持っていた技術や経験を、もっと真っ当な形で活かせる配置を用意してやるべきだ。彼らはただ命令を待つだけの部品ではない。自らの頭で考え、無から有を作り出せる『生きた土台』なのだからな」
兵士たちを軍という単一の鋳型から解放し、彼らの本来の力をこの時代に解き放つ。そのための具体的な人員配置の再構築に向けて、我々は確実な一歩を踏み出した。
だが、この二千八百八十六名という巨大な才能の束を、ただ無秩序に各現場へ放り込んでも、組織は瞬時に機能不全を起こす。
「大佐殿。このリストの通りに人を動かせば、各中隊長たちが暴動を起こしますよ」
乾中尉が、分厚い報告書を指先で叩きながら冷静に指摘した。
「優秀な職人や実務家ほど、現在の部隊でも優秀な下士官や分隊長として現場の要になっています。彼らをいきなり引き抜けば、前線の防衛線には大穴が開き、日々の警寝や歩哨のローテーションすら回らなくなります」
乾の言う通りだ。軍隊という巨大な機構において、五千人の人事パズルを解き直すのは至難の業である。誰を、どこへ、何人の規模で異動させるのか。抜けた穴を誰で埋めるのか。それに伴う宿舎の変更、糧食の再配分、武器の管理。
これら全てを、私や乾だけで処理することなど物理的に不可能であった。司令部の主計将校たちだけでは、日常の経理業務に忙殺されていて手が回らない。
「人事と配置転換を専門に捌く、特化型の部署が必要だな」
私が呟くと、乾中尉も同意するように頷いた。
「はい。この膨大な才能の束と、各部門からの要望をすり合わせ、前線の戦闘力を落とさずに人員を抽出する『調整弁』となる組織です」
「適任者がいる。……連隊本部附の、桂木宗平大尉を呼べ」
数十分後、執務室に一人の将校が姿を現した。
桂木宗平大尉、三十八歳。かつて連隊区司令部で徴兵と人事の割り振りを長年担当していた、生粋の人事・軍政畑の男である。丸顔で温厚な目元をしており、軍服を着ていなければ、どこかの学校の教頭か銀行の支店長にしか見えない。軍刀を振り回す野戦指揮官たちとは対極にいる、極めて冷静で実務的な能吏だ。
「お呼びにより参りました。大佐殿、何か厄介事の匂いがしますな」
桂木大尉は、人の良さそうな笑みを浮かべながら敬礼した。
「ああ、連隊の形を根底から作り変える大仕事だ。桂木大尉、貴官を長とする『特務配置調整室』を直ちに新設する。貴官の任務は、この二千八百名の職能リストと各現場の要望を突き合わせ、連隊の戦闘力を維持したまま、最も効率的な配置転換の計画を立てることだ」
桂木大尉はリストを受け取り、パラパラと数ページめくっただけで、事の重大さと業務の膨大さを即座に理解したようだった。温厚な顔つきから、一瞬で鋭い実務家のそれに変わる。
「……なるほど。前線の部隊長たちと血みどろの交渉をしながら、この技術者たちを一本釣りしていくわけですね。大佐殿、私一人では三日と持たずに過労で倒れますぞ」
「分かっている。貴官の部署を動かすための要員を、このリストの中から真っ先に引き抜け。事務方の適性がある者を全員集める必要はない。この五千人の人事パズルを処理するために必要な、一握りの精鋭だけでいい」
「承知いたしました」
桂木大尉は手早くリストに目を通し始めた。
「……村役場の書記で戸籍や税の管理をしていた者がおりますね。それに地方銀行の出納係、大企業の総務・人事担当。彼らの中から、調整能力と事務処理能力に長けた二十名ばかりを拝借します。明日から、会議室の一つを我々の作戦室として頂きますよ」
こうして誕生した「特務配置調整室」の稼働は、驚くほど迅速だった。
桂木大尉と、彼に選抜された二十名の元・事務方たちは、瞬く間に膨大なリストを分類し、カード化して壁の黒板に貼り出していった。弾薬の匂いではなく、紙とインクの匂い、そして昼夜を問わず弾かれる算盤の音が、新たな戦場の産声を上げていた。
この項つづく




