第13話:一斉大掃除!〜特製ゼリーで綺麗になった土地で、のんびり街づくりを満喫します〜 その2
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
零戦様HP https://mypage.syosetu.com/26122/
戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/
戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
永禄三年(一五六〇年)六月二十日。
駿河国 志太郡 伊太集落付近
午前六時〇〇分。
深い乳白色の朝靄に沈む大井川東岸の谷底へ、突如として奇妙な機械音が降り注いだ。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!
「なんじゃ、あの音は?」
「蜂か? いや、天狗の羽音か?」
行軍を急いでいた足軽たちが立ち止まり、不安げに空を見上げる。
彼らがその正体を認識するより早く、上空五百メートルの雲海を切り裂き、二機の巨大な鉄の怪鳥が急降下してきた。迷彩塗装を施された九八式直接協同偵察機の機影である。
「空飛ぶ船じゃ! 噂は誠であったか!」
「弓を引け! 鉄砲隊、火縄をつけい」
前衛の指揮官たちが慌てて怒号を上げるが、時速二百キロに迫る速度で飛来する近代航空機に、鈍重な和弓や火縄銃の照準が追いつくはずもない。
操縦桿を握る如月大尉と、僚機の風間中尉は、一切の躊躇なく高度三十メートルの超低空へと機体を沈め込んだ。
「目標、敵行軍列の先頭集団および最後尾! 投下ッ!!」
二機の両翼から、計十二個の鈍色の「一斗缶」が、無骨な石ころのように次々と谷の入り口と出口へ向けて放り出された。
薄いブリキ缶は風圧でひしゃげながら落下し、密集する今川軍の兵士たちの頭上、そして泥土に激突する。
ボォォォォカァァァンッ!!
その瞬間、氏真の父・義元を焼いた地獄の釜の蓋が、再び開かれた。
着発信管が作動し、中心の黒色火薬が爆発。その衝撃波が、一斗缶に詰め込まれた「ガソリンと廃油とひまし油のアルミニウム石鹸の混合ゼリー」を、半径数十米にわたって飛散させた。
それはただ飛散するだけでなく、空中で強烈に発火した。
「ぎゃああああああああっ!?」
「火が! 鎧に火がへばりついて取れぬぅぅッ」
先陣を切っていた精鋭の旗本たち、そして遥か後方の最後尾を歩いていた小荷駄隊(輸送隊)が、一瞬にして粘着性の巨大な火柱に呑み込まれた。
急造ナパーム弾が生み出した炎は、摂氏一千度という恐るべき高温を発し、ゴムのようにねっとりと人体や馬の毛皮、木製の武具にへばりついて燃え続けた。
地面を転げ回っても、谷の泥を塗りつけても決して消えない。甲冑の隙間から滑り込んだ炎は、皮膚を通り越して皮下脂肪を直接沸騰させる。顔面に油脂を浴びた徒武者は兜の中で眼球を破裂させ、狂乱した軍馬は自らの身を焼きながら密集陣の中へ駆け込み、さらなる火だるまの連鎖を引き起こした。
そして、何よりも恐ろしいのは「酸素の略奪」であった。
猛烈な燃焼が周囲の酸素を根こそぎ奪い去り、直接炎に触れていない数百の兵士たちまでもが、口を限界まで開けて空気を求めながら、肺を焼かれて無慈悲に窒息死していく。
数分前まで威風堂々たる行軍を続けていた二万二千の軍勢は、前後の出口を「絶対的な火の壁」によって完全に封鎖され、幅の狭い谷底に閉じ込められたのである。
戦闘開始から一分後。
「……航空隊、見事な第一撃です。敵の退路、完全に遮断完了」
戦闘開始からちょうど一分後。高台の指揮所で、黒田少佐が報告した。
私は、無表情のまま右手を軽く上げた。
「第二波、十榴。撃て」
その冷徹な命令は、野戦電話を通じて、後方の砲兵陣地へと即座に伝達された。
「各砲、効力射! 撃てッ!!」
堤大尉の絶叫が木霊する。
ドグゥゥゥンッ!
バァァァンッ!』
重低音と甲高い破裂音が入り混じり、機動九一式十糎榴弾砲四門が一斉に火を噴いた。砲口から閃光と硝煙が吹き出し、砲身が猛烈な勢いで後座する。
放たれた榴弾が、空中で目に見えない放物線を描き、谷底へと殺到した。
逃げ場を失い、前後に圧縮されて身動きが取れなくなった今川勢の中心部へ、空から「見えない死」が雨のように降り注ぐ。
閃光。
そして、空気が物理的に圧縮され、引き裂かれる凄まじい轟音。
落下角のきつい曲射砲弾は、密集する足軽たちの頭上や足元で容赦なく炸裂した。一発の榴弾から生じる無数の鋭利な鋳鉄の破片が、超音速で人体をミンチに変えていく。具足は障子のように貫通され、頭蓋骨は破裂し、手足が飴細工のように千切れ飛ぶ。
致命的なのは破片だけではない。炸薬が生み出す強烈な衝撃波が、外傷のない兵士たちの内臓を直接破裂させた。千切れた手足や腸が、血の雨となってパニック状態の軍勢に降り注ぐ。
わずか一分。その一分間の砲撃で、誇り高き今川軍の指揮系統は跡形もなく消滅した。
戦闘開始から四分後。
谷を見下ろす古代道に陣取った二階堂少佐は、三式中戦車のキューポラから身を乗り出し、阿鼻叫喚の地獄を冷酷な目で覗き込んでいた。
「十榴の面制圧は順調だ。……我々も的撃ち演習を始めようか。各車、目標を直接照準。敵の旗印、馬印、および立派な鎧を着た指揮官クラスを狙え」
『了解! 目標、右翼で采配を振るう赤備えの武将! 撃て』
戦車隊は、まるで射的遊技でも楽しむかのように、安全圏から次々と敵の「頭」を物理的に消し飛ばしていった。放たれた七十五ミリ榴弾が、華麗な陣幕を引き裂き、大将格の武将に直撃する。鎧武者は悲鳴を上げる暇すらなく、腰から上が「赤い霧」となって文字通り蒸発した。千切れた甲冑の破片と砕けた骨が散弾となって飛び散り、周囲の馬廻衆の顔面や喉笛を容赦なく削り取る。
その間も十糎榴弾砲弾は、戦場上空の三式指揮連絡機の山形/福島ペアの着弾観測により効率的で効果的な死の散布を続けていた。
同じ頃、三式中戦車の射線を避けるように左右に展開した九七式中戦車(五十七粍砲装備)十二両と、一式半装軌式装甲兵車、自動貨車からなる機動歩兵部隊が、敵の手前一キロのラインまで土煙を上げて前進していた。
大将を失い、前後を炎に塞がれ、空から降る見えない死に怯える戦国兵たちの眼前に、重低音を響かせる数十台の「鉄の獣」が突如として出現したのである。
轟音をたてる茶色と緑に黄色が無造作に塗りたくられた異形の怪物の接近。その絶望的な光景に、足軽たちだけでなく、武士たちの精神もついに完全に決壊した。恐怖のあまり発狂して自らの喉を短刀で突く者、脱糞しながら泥に顔を擦りつけて命乞いをする者が続出する。
彼らはもはや誇り高き今川の軍勢ではなく、ただ屠殺を待つ家畜の群れであった。
戦闘開始から七分後。
堤大尉の部隊による五分間の全力射撃と重砲第三中隊の砲撃が終了し、耳鳴りのような静寂が数秒だけ谷を支配した。直後、前進を完了した歩戦協同部隊による肉の刈取りが開始される。
敵陣手前五百メートルで九七式中戦車の短砲身が火を噴き、逃げ惑う群衆の足元で対人榴弾を炸裂させ、一度に数十人の足を吹き飛ばす。追走する半装軌式装甲兵車の銃座からは、九二式重機関銃の残酷な十字火網が展開された。毎分四百発の重い銃弾が、折り重なって逃げる兵士たちを背面から容易く貫通し、次々と肉の塊に変えていく。
戦闘開始から十五分後。
そして、前進する自動貨車と装甲兵車が、死体と負傷者が山をなす最前線に到達した時、車体前面に荒々しく溶接された排土板がその恐るべき真価を発揮した。
通常ならば障害物となる死体の山や狂乱した馬の群れを、排土板を下ろした車両群は、まだ息があり地面を這いずって逃げようとする負傷者ごと、まるで泥か雪のように左右へ無造作に押し退けていく。履帯と太いタイヤが人間の骨盤や頭蓋骨をミキサーのように砕く「メチャッ、ボキッ」という不気味な音が響き渡り、車体の下からは臓腑の混じった赤黒い泥濘が押し出される。
歩兵たちが下車展開し、小銃と銃剣を手に、排土板が切り開いた血路を進みながら、動く者へ事務的にトドメを刺していく。
戦闘開始から三十分後。
「……あ、ああ……」
私の傍らに立つ松平元康は、膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪え、ガチガチと歯の根を鳴らして震えていた。
二万二千という途方もない数の人間が、互いの名前を名乗ることも、槍を交えることもなく、ただ機械的に処理されていく。元康の震える手は、無意識のうちに懐の算盤を強く握りしめていた。
(……これが、戦なのか? 否、これはただの土木作業だ。山を崩し、木を伐るのと同じように、奴らは人間を『削って』いるだけだ)
算盤の玉が、カチャ、カチャと震える手の中で鳴る。彼の脳内で、このすり鉢状の地獄を作り出すために消費されたであろう物資の量が、恐ろしいほどの速度で計算されていく。
「……ガソリンの消費量、榴弾の数、一斗缶のブリキ代。……大佐殿。戦とは、随分と安上がりなものになったのですね」
元康は、ひび割れた声でそう絞り出すのが精一杯だった。
「安上がりだとも」
私は、眼下で絶叫と共に消えゆく中世の軍隊を見下ろしながら、氷のように冷たく言い放った。
「英雄気取りの武士どもの命など、我が軍の七十五粍榴弾一発、十五円五十銭の価値にも満たん。……よく見ておけ、これが新しい世界の、絶対の理だ」
砲撃と銃掃射は、それから数分間だけ続き、ピタリと止んだ。第一波の航空攻撃から数えても、戦闘開始からわずか三十分強の出来事である。硝煙と黒煙が晴れ始めた頃、谷底には立って動くものは何一つ見えなかった。炭化した肉の臭いと、えぐれた赤土の匂い、そして生々しい血の匂いが、風に乗って崖の上まで漂ってくる。
私は双眼鏡を下ろし、大きく息を吐いた。
「作戦完了」
私は踵を返し、眼下の屠殺場から、南の方角―遠州灘の彼方に広がる、果てしない太平洋の水平線へと視線を向けた。
雲間から差し込む払暁の光が、海面を鈍い銀色に輝かせている。だが、吹き上げてくる海風すらも、谷底から立ち昇るタンパク質と鉄が焦げたむせ返るような異臭を、完全には洗い流すことができなかった。
「……黒田少佐。それに元康」
私は、背後に控える二人に声をかけた。
「これで当面、我々の足元に噛みついてくる過去の亡霊どもは片付いた。……見事な更地になったな」
「はっ。戦略的脅威は、完全に排除されました」
黒田が、無機質な声で即座に応じる。
「だが、魔法を使ったわけではない。我々は今朝の数十分で、何千リットルもの貴重な揮発油を燃やし、砲身の施条を摩耗させ、二度と補充の利かない七十五粍砲弾を消費した。……安上がりと言ってはみたが、まったく、高くつく害虫駆除だ」
私は、胸ポケットから空になった恩賜の煙草の箱を取り出し、無造作に指先で押し潰した。
「我々が持ち込んだ機械には寿命がある。弾薬もいつか尽きる。このまま相良の谷に引きこもっていれば、我々は十年と経たずに、動かない鉄屑を拝むだけの哀れな番人になり下がるだろう」
私が潰した紙箱を足元の泥へ捨てると、元康はビクッと肩を震わせた。
「だからこそ、あの海へ出ねばならん」
私は南を指差し、ひどく冷めきった声で告げた。
「沿岸部に港湾を築き、海草から火薬と薬の原料を抽出し、石炭と鉄鉱石を運ぶための船を造る。石炭と鉄鉱石の産地を攻略し、それを船で運び込み、相良で鉄の大量生産を開始する。そして相良の施設を母体として、次の世代の無骨な機械を削り出し、東海道に鉄の道を敷く」
「人も育てねばならない、我々は我々を理解し賛同する者を増やし、力ずくで、この未開の土に我々の文明という名の基礎を打ち込むのだ。問題は山積みだ。気の遠くなるような、そして血反吐を吐くような作業になる。そしてその上でこの国を生まれ変わらす」
元康は、息を呑んだ。
彼が想像していた「国盗り」のスケールを、この異界の軍人たちは根底から踏み躙っていた。彼らは城を奪い、年貢を取り立てるために戦っているのではない。この列島の「自然の理」を、この国の支配と統治の考え方そのものを強制的に書き換えようとしているのだ。彼らの目にあるのは、支配欲などではなく、生存のための冷徹な段取りと、それまでの世の中を踏み潰してでも変革するという強烈な意思であった。
「……元康」
私は振り返り、この中世の若武者を真っ直ぐに見据えた。
私の脳裏には、彼が未来の歴史において三百年の泰平を築く「神君家康」であるという事実が、どうしてもノイズとしてちらついてしまう。だが、目の前にいるのは、圧倒的な暴力の前に刀を捨て、生き残るために算盤に縋ついた、蒼白な顔の一人の青年でしかなかった。
「貴様はよく逃げずに見届けた。同族がただの肉塊に変わる地獄の底にあって、武士の安い矜持に逃げ込まず、その算盤を手放さなかった胆力だけは認めてやろう」
私は、彼の泥に汚れた袖口を見下ろしながら言った。
「これからの我々に必要なのは、名乗りを上げる武将ではない。泥にまみれ、人間という不確定な資源を数字として管理し、我々の巨大な機械に組み込んでいくための仲間だ。……我々の理不尽な掟に仕え、共にこの絶望的な土木事業の泥をすする覚悟はあるか」
元康の喉仏が、ゴクリと上下に動いた。
海鳴りが、遠くから低く響いてくる。
彼は懐の算盤を強く握り締めると、震える膝をどうにか屈服させ、泥まみれの軍道に深く、深く頭を下げた。
「……承知いたしました。この元康、すでに武士の魂は捨て置きました。大佐殿の描くその途方もない普請、我が命と算盤にかけて、必ずや勘定を合わせてみせましょう」
その声には、屈辱や絶望を通り越した、奇妙な凄みすら宿っていた。彼自身もまた、この狂気じみた新しい世界のシステムに、底知れぬ魅惑と生存の活路を見出し始めているのだろう。
「命と……算盤か……それもまたいいだろう」
武士の時代が終わる。いや我々が終わらせる。
泥と血に塗れた破壊の序章が幕を閉じ、法と歯車、そして冷徹な算盤の玉の音に支配される、長く過酷な「建国」の歴史が、今、湿った太平洋の海風と共に重苦しい産声を上げたのである。
第13話了




