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第13話:一斉大掃除!〜特製ゼリーで綺麗になった土地で、のんびり街づくりを満喫します〜 その1

この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。

 

零戦様HP https://mypage.syosetu.com/26122/ 

戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/

戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/

永禄三年(一五六〇年)六月二十日。  

遠江国とおとうみのくに相良衛戍地さがらえいじゅち


 櫻井大佐の口から「完全殲滅せんめつ」の冷徹な命令が下された直後。深い谷底にへばりつく泥と油の城は、一つの巨大な精密機械として、おぞましいほどの機能美をもって駆動を開始した。


 中世の軍議に見られるような、武将たちがときの声を上げ、一番槍を争って血を滾らせるような人間臭い熱情は、そこには一切存在しない。あるのは、発電機の低くうなる駆動音と、兵器庫から弾薬箱が次々と運び出される無機質な摩擦音だけである。


 大日本帝国陸軍の作戦行動とは、極めて事務的で、数学的で、そして一切の感情を排した作業の集積に他ならなかった。





深夜零時。

航空分遣隊 航空機整備場


 数日前から降り続く梅雨の重い雨雲が月明かりを完全に遮り、夜間照明の薄暗い裸電球だけが、泥に塗れた滑走路を頼りなく照らし出している。鼻を突く航空揮発油の刺激臭と、雨に濡れた鉄の匂い、それに土嚢の腐った麻袋の臭いが混ざり合い、呼吸をするのもためらわれるほどの息苦しさを生んでいた。


 航空整備班長の鳶沢源太特務曹長は、油と泥で真っ黒に汚れた作業着の袖を捲り上げ、雨を吸って重くなった作業帽の庇から滴を垂らしながら、若い整備兵たちに甲高い怒号を飛ばしていた。


「おい! 懸架ワイヤーの締め付けが甘いぞ! このブリキ缶の中身は、真田のオヤジが作った特製の焼き芋のタネだ。離陸の途中で落下してみろ、滑走路ごと俺たちが丸焼けだぞ」


 鳶沢がスパナで機体の脚柱をカンカンと叩きながら指示を出す先。そこでは、二機の九八式直接協同偵察機の両翼下の爆弾ラックに、ひどく不格好な異形の兵器が取り付けられつつあった。


 銀色に鈍く光る、十八リットル入りのいわゆる「一斗缶」である。中にはガソリン、廃油、それにひまし油とアルミニウム石鹸を混和した、コールタールのように粘り気のあるゼリー状の油脂、急造の油脂焼夷剤が、なみなみと充填されている。中心には、八一粍ミリ迫撃砲弾から取り外した着発信管と、黒色火薬を仕込んだ鉄管が貫通していた。少しでも衝撃を与えれば、この脆い薄板の箱は、摂氏一千度を超える地獄を撒き散らす悪魔の臓物へと変わる。


「……随分と物騒な弁当箱を持たせてくれるじゃねえか、鳶沢のおやっさん」


飛行服に身を包み、落下傘の縛帯ハーネスを肩に食い込ませながら歩み寄ってきたのは、独立航空分隊長の如月大尉と、今作戦で僚機を操縦する風間中尉であった。


「おう、大尉殿。真田のオヤジからの念押しだ。『絶対に低空で落とせ。缶が薄いから、風圧や落下速度で空中でバラけちまうかもしれん』だとよ」


「低空の泥這どろばい飛行は俺たちの専売特許だ。……だが、各翼に三個ずつの計六個、二機で十二個の一斗缶か。まるで満州の田舎行商だな」


 如月は漢臭く笑い、手袋越しのてのひらで愛機の冷たいジュラルミンの外板を撫でた。反骨の士である彼は、国家の大義や精神論などとうの昔に泥溝へ吐き捨てている。己の操縦桿から伝わる微細な振動と、航空力学の法則だけが、この狂った世界で唯一信じられる神であった。


「風間。明日はお前さんの搭乗日だ。目標は大井川東岸、山間部の細い街道。敵の長蛇の列の『頭』と『尻尾』にこの弁当箱を叩きつけ、物理的な火の壁を作る。いいな」


了解りょうかいしました。地獄の釜のふた、きっちり閉めてやりましょうや」


風間中尉が、暗闇の中で残された片眼に、ひどく獰猛で飢えた光を宿して頷いた。


 特攻で散るはずだった命を拾い、その代償として視力と人間性を半分失った彼は、無意識に自身の黒い眼帯に指を這わせる。眼下の生きた人間たちを無差別に焼き尽くす圧倒的な破壊の光景だけが、彼の内に燻る歪んだ虚無感を慰める、唯一の鎮魂歌であった。





同じ頃。

相良衛戍地の車廠しゃしょうおよび重車廠。


 耳をつんざくような重低音のディーゼルエンジンと、甲高いガソリンエンジンの咆哮が、夜の谷間に幾重にも木霊していた。

 不完全燃焼の排気ガスが白い霧のように棚引き、むせ返るような重油の焼ける臭いと、降り続く雨が赤土を叩く泥臭さが、出撃を待つ兵士たちの鼻腔を容赦なく犯していく。


 彼らは黙々と、ただ手先を正確に動かして小銃の手入れをし、乗車準備を進めていた。これから二万人以上のご先祖様とそっくりな同族を、理不尽な暴力でほふりに向かうというのに、彼らの青ざめた横顔に、高揚感や武者震いは一切見当たらない。ただ、圧倒的な火力を以て路上の物理的障害を排除するという、冷え切った顔だけがそこにあった。


「各車、車間距離二十メートル! 灯火管制厳守! 前照灯ヘッドライトにはスリット被いをかけろ」


 参謀の黒田少佐が策定した、秒単位の綿密な行軍計画書に基づき、長大な縦隊が衛戍地の厳重なゲートを粛々と出発していく。


 先頭を行くのは、二階堂少佐率いる戦車大隊。

 三式中戦車と九七式中戦車が、分厚い履帯キャタピラで泥濘を容赦なく踏み砕き、重苦しい金属の摩擦音をきしませながら闇の中を進む。公家華族の血を引く二階堂は、砲塔のハッチから半身を乗り出し、湿った暗夜の風を極上のワインでも嗜むかのように、優雅な薄笑いを浮かべて味わっていた。


 その後ろには、第三三五重砲大隊の第三中隊が続く。

 弾道学の権威である堤大尉の指揮下、武骨な九四式六輪自動貨車が、四門の機動九一式十糎榴弾砲を牽引して泥を跳ね上げる。彼らにとって戦争とは純粋な数学的処理であり、血の通った人間を等高線上の座標データに変換し、消しゴムで消去するだけの、巨大な計算式の一部であった。


 最後尾には、武田少佐率いる機動歩兵大隊が、全力を挙げて続く。

 彼らの乗る自動貨車や一式半装軌装甲兵車(ホキ車)の半数の前面には、工兵の手によって分厚い鉄板の「排土板ブルドーザーブレード」が、火花を散らして荒々しく溶接されている。それは敵をき殺すためだけではなく、榴弾で千切れた人間の肉塊や残骸を、効率よく路肩へ押し退けるための「作業道具」であった。


 武田は揺れるトラックの助手席で腕を組み、深く目を閉じていた。部下の命を重んじる歴戦の将である彼は、この雨の行軍の先に待つ「一方的な肉の刈り取り」が、まだ人間性を残している若い兵士たちの精神をどれほど無惨に摩耗させるかを誰よりも理解し、憂いていた。

 そして、その歩兵小隊を率いる星曹長もまた、荷台の幌に打ち付ける重い雨音を聞きながら、暗い顔で押し黙る若い兵士たちを見回した。


「いいか、お前ら。ガタガタ震えるんじゃねえ。俺たちは神様の手伝いをしているだけだ。畑の草をむしるのに、いちいち雑草の顔色をうかがう馬鹿はいねえんだよ」


 あえて悪ぶった下品な言葉を吐き捨て、星は泥臭い生存本能の塊として部下たちを鼓舞する。恐怖を麻痺させなければ、彼ら自身がこの狂った時代の奔流に押し潰されてしまうからだ。


 彼らが進むのは、ぬかるんだ中世の泥道ではない。


 まるでこの日の大殺戮のためにあらかじめ用意されていたかのように、山間部の稜線沿いに真っ直ぐに横たわる「古代道」である。幅八メートルの平坦な岩盤道路は、数十両の軍用車両の異常な重量を全く苦にせず、近代の暴力の結晶である彼らを、驚異的な速度で大井川東岸の高地へと導いていった





午前四時〇〇分。  


 敵の進軍予定地区を眼下に見下ろす、標高二百米の稜線。


 東の空が、死者の肌のような白みを帯び始めた頃。冷たい雨上がり特有の、肺の奥まで凍てつくような湿気の中で、第三三五重砲大隊の陣地構築は、音もなく、しかし猛烈な速度で進行していた。


「……砲列布置ほうれつふち! 方向眼鏡パノラマめがね装定」


 堤大尉の、感情の欠落した冷徹な号令が、薄闇の稜線に響く。


 泥にまみれた砲兵たちが、荒い息を吐きながら機動九一式十糎榴弾砲の重い脚を開き、巨大な駐鋤ちゅうじょを赤土に深く食い込ませる。鋼鉄の塊が大地と一体化する鈍い金属音が、幾重にも重なった。


 砲の傍らでは、防水頭巾を被った計算手たちが、懐中電灯の赤いセロファン光を頼りに、射表と計算尺を食い入るように睨みつけていた。


「気象通報! 気温摂氏一五度、風向東南東、風速二メートル! 装薬温度一〇度」


「目標、眼下の街道。一番から四番までの射撃帯に分割! 各砲、指定のマス目を徹底的に耕せ」


 堤の指示に従い、四門の十糎榴弾砲が、それぞれの仰角と旋回角をミリ単位で微調整されていく。  彼らの目に、敵兵の顔は映っていない。


 ただ、谷底という細長い閉鎖空間を、方眼紙のマス目を塗り潰すように満遍なく制圧する」という、極めて高度で無慈悲な数学的暴力を実現するためのデータ処理が行われているだけである。人間の命は、計算尺の目盛りの上で、ただの座標と確率へと変換されていた。



 さらにその前方、最も見晴らしの良い崖沿いに横たわる古代道には、二階堂少佐率いる戦車大隊が展開していた。三十トン近い三式中戦車群が、車体の下半分を斜面の陰に隠す掩蔽ハルダウンの姿勢を取り、長大な七十五粍戦車砲の砲身を、まるで巨大な猟銃のように谷底へと向けている。砲塔のハッチから身を乗り出した二階堂は、手袋越しの指先で冷え切った装甲を撫でながら、これから始まる「的撃ち」の猟場を、静かなる狂気を孕んだ目で見下ろしていた。





「……大佐殿。全戦闘部隊の配置および射撃準備、完了いたしました」


 後方の指揮所天幕。野戦電話の重い受話器を置いた黒田少佐が、銀色の懐中時計の蓋をカチャリと弾いて開けながら報告した。


「よろしい」


 私は、九三式双眼鏡を首から下げ、天幕を出て水たまりを踏みにじりながら崖縁に立った。私の背後には、小銃を構えた護衛の歩兵と、完全に顔から血の気を引かせた松平元康が、亡霊のように控えている。


 眼下の深い谷底には、昨夜からの雨がもたらした乳白色の朝靄あさもやが、底なしの湖のように立ち込めていた。


 そして、その濃密な靄を切り裂くように、無数の松明の揺らめく橙色の光と、濡れて鈍く光る長槍の列が、巨大な百足むかでのごとくうねりながら這い進んでくるのが見えた。


今川氏真いまがわうじざね率いる、二万二千の弔い合戦の軍勢であった。





「……御屋形様。霧が深く、足場がひどく悪うございます。兵たちの疲労も限界に近づいており、この先の谷を抜けた平地にて、小休止を挟むべきかと存じまする」


 今川軍の先頭集団。駿河の富を象徴するような、金糸で威された豪奢な当世具足に身を包んだ若き当主・今川氏真に対し、泥に塗れた老臣・朝比奈泰朝が馬を寄せて進言した。


 だが、馬上の氏真は、雨と汗で濡れた顔を歪め、激しく首を横に振った。

 彼の顔には、偉大なる父・義元を理不尽な形で失った底知れぬ悲憤と、自身がこの巨大な軍勢の頂点に立っているという狂気じみた昂揚感が入り混じり、病的なほどの紅潮を浮かべていた。


「休止など不要! 田楽狭間でんがくはざまでの無念、一日でも、いや一刻でも早く晴らさねばならんのだ! ここで我らが足を止めれば、周囲の国人どもは今川の威光が地に堕ちたと侮りおるわ!」


「しかし、敵は引馬城ひくまじょうを一瞬にして更地にした、正体不明の南蛮の妖術使いとの噂……。このような地の利の悪い谷底で奇襲を受ければ、軍の立て直しが利きませぬ」


戯言たわごとを申すな! 妖術だの、火を噴く鉄の牛だのというのは、戦に負けて逃げ帰った腰抜け共の卑劣な言い訳に過ぎん!」


 氏真は、血走った目で朝比奈を怒鳴りつけた。


 無理もない。桶狭間において、父・義元は織田の刃に倒れたのではない。空から突如として降り注いだ「見えないいかずち」- すなわち十五糎榴弾の同時弾着射撃によって、本陣ごと跡形もなく蒸発させられたのだ。


 残された者たちにとって、それは武士としての死ですらなく、理解を超絶した天災であった。だが、戦国大名としての誇りと、足利一門に連なる名門・今川家の威信を保つためには、その天災を「卑劣な奇襲」と思い込み、二万の軍勢という圧倒的な暴力で上書きするしか、氏真の精神が崩壊を免れるすべはなかったのである。


「我ら今川の二万の槍衾やりぶすまをもってすれば、いかなる奇術を使う傭兵団であろうと、一足飛びに踏み潰せるわ! 者ども、歩みを止めるな! 父上の無念、今日この日に晴らすのだ!」


 氏真が悲痛な声で叫ぶと、周囲を固める駿河・遠江の精鋭たちも「応!」と地鳴りのような気勢を上げた。


 彼らは戦国武士としての強烈な誇りを胸に、堂々たる陣容で泥道を突き進んでいた。朝の湿った風に、足利一門の誇りたる白地に二つ引両の旗印と、亡き義元から受け継いだ赤鳥あかとりの馬印が重々しくひるがえる。


 雨に濡れた朱塗りの甲冑が擦れ合う音が谷に響き、五百挺の火縄銃部隊が、特有の硝煙と火薬の匂いを漂わせながら、一糸乱れぬ歩調で進んでいく。その後方には、長槍隊が整然と隊列を組み、駿河が誇る騎馬武者たちが荒い鼻息を吐く軍馬に跨り、軍勢の脇を固めていた。


 中世の野戦において、これほど美しく、これほど力強く、そして勇壮な軍勢はそうそうあるまい。  彼らは「武士の道」という古い世界のことわりに則り、忠義と名誉のために、己の命を投げ出す覚悟を完了させていた。


 だが。彼らは致命的なまでに知らなかった。


 彼らが今、誇り高く歩みを刻んでいるこの「両側を険しい斜面に挟まれた、細長く狭い大井川東岸の谷底」が、近代兵器の運用において、最も絶望的で逃げ場のない死のキル・ボックスであることを。


 いかに個人の武勇に優れ、いかに強固な意思で密集隊形を組もうとも、計算され尽くした重機関銃の十字火網と、空から降り注ぐ榴弾の嵐の前では、彼らは単なる「柔らかい的の集まり」に過ぎないということを。



第13話了


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