第11話:ちょっとしたトラブルも、頼れる仲間がサクッと解決!〜安全第一のホワイト職場で、今日も一服が美味しい〜
この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。
零戦様HP https://mypage.syosetu.com/26122/
戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/
戦国日本軍 https://ncode.syosetu.com/n2674cj/
永禄三年(一五六〇年)六月中旬から下旬にかけて。
空には重苦しい梅雨の雲が垂れ込め、遠江国から三河国境にかけての平野部には、奇妙な静けさと、見えざる暴力の気配が蔓延していた。
松平蔵人佐元康が、自らの手で同族の血を浴び、「説得人」としての覚悟を完了させてから、すでに数週間が経過していた。
東海執政庁、すなわち第三三四独立混成連隊と民間技術陣の実効支配地域を拡大するため、元康は自ら前線に立つだけでなく、配下である三河の将兵たちをも「説得人」として組織化し、各地の国人領主や村落へ派遣し始めていた。
彼ら旧三河武士たちは、命より重い刀を取り上げられ、代わりに「東海執政庁・民生局軍属」という不格好な腕章を巻かされている。石川数正や本多忠勝、榊原康政といった、かつて槍一本で名を馳せようと血気盛んだった若武者たちも、今は屈辱に歯を食いしばりながら検地帳と算盤を抱え、泥濘の村々を回っていた。
そして、彼らの一班(数名)につき、必ず皇軍の歩兵一ヶ分隊(十名前後)が護衛として随伴する。
護衛とはいえ、その実態は「監視役」であり、交渉が決裂した際の「処刑人」であることは、派遣される三河衆自身が最もよく理解していた。彼らは背中に向けられた九九式短小銃の銃口の冷たさを常に感じながら、同族の武士たちに武装解除を迫らねばならないのだ。
この地道で組織的な平定作業の成果は、徐々に、しかし確実な形で表れ始めていた。
空から降ってきた「氷砂糖」の甘味と脅迫状によって事前に恐怖を植え付けられていた小領主や庄屋の多くは、元康の配下たちが提示する条件、武士の身分の放棄と、刀の供出、度量衡の統一を、屈辱に唇を噛みながらも受け入れた。
彼らは薄暗い納屋から錆びた槍や刀を引きずり出し、皇軍の軍曹が広げた輜重の天幕の前に力なく積み上げた。代わりとして、彼らは純白の塩と砂糖、そして「保護」を確約する安っぽい更紙の証文を受け取る。
血と誇りで領地を守る中世のシステムが、圧倒的な物資と無機質な事務手続きによって、音もなく塗り替えられていく瞬間だった。
だが、すべての交渉が算盤の弾き通りに進むわけではない。武士の誇りは、時として生存本能すらも凌駕する猛毒となる。
六月二十日。遠江・天竜川の東岸に位置する、ある国人領主の館。
「……よって、当家の主・松平蔵人佐の命により、貴殿らにも武装の解除と、執政庁への恭順を求める」
元康の命を受け、梅雨の晴れ間の蒸し暑い庭先に立っていたのは、鳥居元忠という実直な三河の若武者だった。彼の背後には、九九式軽機関銃を携行した皇軍の歩兵分隊が、無言で銃口を下げたまま控えている。
館の主は、かつて今川家の庇護下で威勢を誇っていた老武将であった。
彼は、丸腰で書状を読み上げる鳥居元忠を、憤怒で血走った目とにらみつけていた。
「三河の犬どもめ……。今川の御屋形様が討たれ、世が乱れたのを良いことに、得体の知れぬ妖術使いに尻尾を振って遠州を荒らし回るか。貴様らのような腰抜け共に渡す刀など、この館には一本たりとも無いわ!」
老武将が手にした軍扇を激しく振り下ろす。
同時に、館の縁側の陰や、周囲の板塀の裏に伏せていた数十人の侍たちが、一斉に弓を引き絞り、刀を抜いて躍り出た。彼らの目には、死を恐れぬ狂乱の光が宿っていた。
「交渉決裂だ。……だが、せめて一太刀、裏切り者の三河犬に引導を渡して――」
「退がれ、鳥居!」
皇軍の分隊長である曹長が、鋭く短く叫んだ。
しかし、刀を捨てて久しい鳥居の反応は、死に物狂いで踏み込んできた歴戦の侍より一瞬遅かった。
「死ねい!!」
老武将の側近が放った白刃が、空気を裂いて鳥居元忠の肩口から袈裟懸けに深く食い込んだ。
「ぐ、ああっ……!」
鳥居は鮮血を噴き上げながら、検地帳を握りしめたまま泥の中に倒れ伏した。彼を斬った侍が、そのまま返り血を浴びた刀を上段に構え、後方の皇軍兵士たちへ向かって獣のような咆哮と共に突進しようとする。
だが、彼らの戦は、そこまでだった。
「状況開始。総員、制圧射撃」
曹長の極めて事務的な号令と同時に、分隊の歩兵たちは、悲鳴を上げるでもなく、慌てるでもなく、日常の戦闘教練と全く同じ滑らかな動作で小銃を構えた。
タァン! タァン! と、規則正しい九九式短小銃の乾いた破裂音が響く。
鳥居を斬った侍の頭蓋骨が西瓜のように砕け散り、弓を構えていた足軽たちの胸に次々と致命的な風穴が開く。
「な、なんだ!? 弓が届く前に……!」
「ひるむな! 相手はたかだか十人じゃ! 取り囲んで数で押し潰せ!」
老武将が怒号を上げ、残る二十数名の侍たちが一斉に四方から殺到しようとした。
その瞬間、分隊の右翼に展開していた機関銃手が、二脚を地面に据えた九九式軽機関銃の引き金を引いた。
ダダダダダダダダダダッ!!
毎分四百発を超える七・七粍の被甲弾が、猛烈な連射となって館の庭先を薙ぎ払った。
密集して突撃しようとしていた侍たちは、見えない鋼鉄の鞭で打たれたように次々と手足を千切られ、肉片と血飛沫を撒き散らしながら倒れ込んでいく。彼らが誇りとしていた先祖伝来の鎧兜は、近代の銃弾の前では単なる「人体を貫通した弾頭を複雑に破裂させるための邪魔な金属板」でしかなかった。
わずか数秒。
機関銃の銃身から薄い白煙が立ち昇り、曹長が「撃ち方、待て」と右手を上げる頃には、動く者は館の主を含めて誰一人いなくなっていた。
「……周囲警戒。残敵の有無を確認せよ」
曹長は、足元の血溜まりを一瞥することもなく、部下たちに指示を出した。彼らの顔には、敵を侮るような薄ら笑いも、殺戮の狂気もない。ただ、射界に入った脅威を教範通りに排除したという、軍人としての冷徹な「業務完了」の事実があるだけだった。
「曹長殿」
一等兵が、血まみれで倒れている鳥居元忠の首筋に手を当てて首を振った。
「案内役の軍属一名、戦死です。頸動脈を完全にやられています」
「了解した。遺体を荷台に収容しろ。……我々はこれより、本件館の武装解除(物理的排除)完了につき、帰投する」
皇軍の兵士たちは、自らの損害ゼロのまま、鳥居の遺体と、館から回収した検地帳だけを自動貨車に積み込み、何事もなかったかのようにエンジンをかけてその場を立ち去った。
後に残されたのは、主人を失って泣き叫ぶ女子供と、無造作に転がる数十の死体だけである。
その日の夕刻。相良衛戍地、輜重中隊の天幕。
薄暗いランプの灯りの中、松平元康は、ゴザの上に寝かされた鳥居元忠の遺体を、無言で見下ろしていた。
幼い頃から駿府での人質生活を共にし、苦楽を分かち合ってきた忠臣の無惨な死顔。周囲に控える石川数正や本多忠勝らは、悲憤に顔を歪め、爪が掌に食い込むほど強く拳を握りしめている。
「……松平の坊主。悪いことをしたな」
報告に訪れた分隊長の曹長が、軍帽を脱いで短く頭を下げた。
「俺たちの射撃より、相手の抜刀の方が早かった。援護が間に合わず、あんたの部下を死なせちまった。すまん」
曹長の言葉には、嘘偽りのない、軍人としての純粋な謝罪があった。彼らにとって、旧三河武士たちは「中世の野蛮人」ではなく、共に任務を遂行する「現地雇用の軍属(仲間)」という認識に変わりつつあったのだ。
「……謝罪には及びませぬ、曹長殿」
元康は、ゆっくりと顔を上げ、感情の抜け落ちた声で言った。
「これは戦です。戦において、己の身を守りきれなかった者が死ぬのは当然の理。……それに、曹長殿たちは、元忠を斬った者どもを一人残らず排除してくださった。それで、計算は合っております」
元康の袖の下で、強く握りしめられた手が微かに震えていた。だが彼は、その震えを無理やり封じ込めるように、懐から木製の算盤を取り出し、傍らの文机に向かった。
「元忠の死は無駄にはしませぬ。あの吉良の残党が消滅したことで、天竜川以東の五つの村落から、抵抗勢力が完全に消え失せました。これで、来月からの塩の配給網と、治水工事のための農民(労働力)の徴用が、予定通り進められます」
パチ、パチ、と、雨音の響く天幕の中に、ひどく冷ややかな算盤の音が響く。
数正たちは、主君のそのあまりにも冷徹な変貌ぶりに、背筋に冷たい氷柱を差し込まれたような戦慄を覚えた。
元康は、悲しんでいないわけではない。だが、彼は完全に理解していたのだ。あの理不尽な火力を有する「異世界からの来訪者」たちが創り出そうとしている新世界において、個人の感情や武士の意地は、統治の歯車を狂わせるノイズでしかないということを。
無駄な死だ。だが、これでまた一つ計算が合うようになった。
そうやって己の心臓に鉄の覆いを被せなければ、彼自身がこの狂った時代の奔流に押し潰されてしまう。
こうして、六月中旬から下旬にかけて、元康とその配下たちによる血の滲むような平定作業――時には説得に成功し、時には犠牲を出しながら皇軍の火力で殲滅する――が繰り返された。
その地道で残酷なルーチンワークの積み重ねにより、東海執政庁の実効支配地域は、遠江の平野部から三河の一部にまで、確実かつ急速に拡大していったのである。
六月下旬。相良衛戍地、連隊本部庁舎。
窓の外では、細い雨が製油所のパイプ群を濡らしている。
「……というわけで、東側の国人領主の『武装解除』と『戸籍整理』は、松平の坊主が予想以上に有能に立ち回ってくれています」
民間技術陣のトップである結城蔵人所長が、厚みを増した戸籍簿と検地帳の束を机に置きながら、報告を締めくくった。彼の眼鏡の奥の瞳には、一切の情を排して数字の辻褄を合わせる元康の手腕に対する、確かな感嘆の色があった。
「ご苦労だった。犠牲は出たようだが、あれは極めて優秀な猟犬に育ちつつあるな」
私は、執務机に深く腰掛けたまま頷き、軍衣の胸ポケットから恩賜の煙草の箱を取り出した。
指先で箱を振ると、カサ、とひどく心許ない、乾いた音が鳴った。蓋を開けると、菊の御紋が印字された純白の紙巻き煙草は、わずか数本を残すのみとなっていた。
「……いよいよ、昭和の遺産も底が見えてきたか」
私は一本を抜き取り、燐寸で火を点けた。紫煙を深く肺に吸い込み、少しだけ眉間を寄せる。
配給の酒も、缶詰も、そしてこの煙草も。我々が持ち込んだ贅沢品は、着実に失われつつある。それはすなわち、我々を縛り付けていた「大日本帝国」という過去との物理的な繋がりが、一つ、また一つと消滅していくことを意味していた。
「代用品の栽培を急がせねばならんな。煙草の葉だけでなく、何もかもをだ」
私が灰皿に灰を落とすと、結城所長は手帳を開きながら事務的に応じた。
「農業部門の権藤主任には、すでに指示を出しております。……ですが、我々が真に生き残るための基盤を築くには、この狭い谷間を飛び出す必要があります。これ以上の規模拡大には、圧倒的に資源と土地が足りません」
「分かっている。更地になった遠州の平野部に、いよいよ我々の基礎を打ち込む時期だ」
私は、短くなった恩賜の煙草を指先で弄びながら、窓の外の泥濘に沈む中世の景色を冷ややかに見据えた。
残された数本の煙草が灰になる頃、我々は後戻りのきかない新たな国家建設の土台を、否応なく組み上げなければならないのだ。
第11話了




