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第10話:空から甘〜いお菓子が降ってくる!?〜優秀な新入社員の活躍で、ご近所交渉もラクラクです〜

この作品は「零戦」さまの「戦国日本軍リメイク」および「戦国日本軍」の一部設定をお借りして執筆されています。

零戦様HP https://mypage.syosetu.com/26122/ 

戦国日本軍リメイク https://ncode.syosetu.com/n7441hl/

永禄三年(一五六〇年)六月中旬。


 遠江国とおとうみのくにの初夏の空に、ハ一三甲・空冷星型九気筒発動機の規則正しい爆音が響き渡っていた。


 高度三百メートル。駿河湾から遠州灘へと抜ける海岸線を、二機の九八式直接協同偵察機が、見事な単縦陣で飛行していた。固定脚と大きな主翼を持つこの機体は、最高速度こそ鈍重だが、極低空における操縦性と下方視界の広さにおいては、他機の追随を許さない。


「一番機より二番機。室田むろた少尉、編隊の乱れはないか」


 独立航空分隊長、如月響大尉が、伝声管を通じて後部座席に声をかけると、偵察員にして如月の古女房役である高木特務曹長が、機上の無線機を操作して直ちに僚機からの応答を拾い上げた。


「こちら二番機、室田。発動機の油温・油圧ともに異状なし。中田なかた軍曹の航空写真測量も、予定通り大井川下流域の撮影を完了しつつあります」


「了解した。引き続き上空警戒を厳とせよ」


 如月は操縦桿を微調整しながら、風防越しに眼下の地表を見下ろした。

 対空砲火の脅威が一切存在しない「絶対制空権」下とはいえ、彼らの目に慢心はない。昭和の空で死線を潜り抜けてきた熟練搭乗員ベテランとしての本能が、四方の空域と地上の地形を冷徹に走査し続けていた。


「大尉殿。結城所長が指定した港湾施設の候補地、測量終了しました。これより内陸へ変針し、帰投航路に乗ります」


 背後から、高木特務曹長の落ち着いた声が伝声管を伝わってくる。


「よし。…高木、ついでだ。例の神様の土木工事の具合も見ていくぞ」


 機体を緩やかに傾け、丘陵地帯の尾根沿いへと進路をとる。


 緑の森の合間に、一本の不自然な線がっているのが見えた。幅八米、平坦に露出した岩盤、両脇に計算されたかのように設けられた排水溝。さらには大河をまたぐ、奇跡的な地殻変動が生み出したとしか科学的には説明しようのない、見事な自然の石灰岩のアーチ橋が架かっている。


 気味が悪いのは、その巨大な遺構に対する現地人の反応だった。


 地理に精通しているはずの元康や、代々その土地に住む農民たちですら、「そういえば、あんな歩きやすい岩道がありましたな。なぜ今まで使わなかったのか」と、あっさりとその存在を己の記憶の中に組み込んでしまったのだ。地表の形だけでなく、人間の認識すらも都合よく書き換えられている。


 如月は、青空の端に薄く浮かぶ白い昼月を一瞥いちべつし、ふと、昨日の夕刻に相良衛戍地えいじゅちで行われた異様な集会のことを思い出した。





前日の夕刻。


 櫻井大佐と結城所長は、歩哨ほしょうなどの任務に就いている者を除く、衛戍地の全兵士と製油所施設の軍属たちを広場に集め、施設内の拡声機スピーカーを用いて重大な発表を行った。


 発端は、天文学を趣味とする野砲大隊の将校と、学徒出陣で徴兵された理学部出身の一等兵の報告だった。彼らが夜間演習の折、砲兵用の砲隊鏡ほうたいきょうの倍率を最大にして月面を観測したところ、そこにあるべき重爆撃機の弾痕のようなクレーターのいくつかの配置や、いわゆる「月の海」の形状が、彼らの知る月とは明確に異なっていたのだ。


 この報告を受けた大佐と上級幹部、そして油田の民間技術陣は、部隊内の大学卒の人間や科学知識を持つ者を秘密裏に集め、数日にわたって天体観測と月面観測図との照合を行った。幸いな事に製油所の図書室には、昭和17年までのナショナルジオグラフィックが何冊かあり、その中に我々の世界の月面の鮮明なクローズアップ写真があった。


 そして導き出された結論が、昨夕、全軍に告げられたのである。


「……総員に告ぐ。良くと聞いてくれ。各種の観測データが示す事実は一つである。現在我々がいるこの世界は、我々がいた世界の直接的な過去ではない」


 拡声機から響く大佐の声は、酷薄なまでに響き渡った。


「ここは我々がいた世界とは異なる世界。強いて言うならば『異世界』である。現在我々が対峙たいじしている人間たちは、我々に、そして我々の祖先によく似ているが、我々との直接的な血の繋がりはない。とてもよく似てはいるが、決して我々の世界の過去ではないのだ」


 大佐は、同じ趣旨の言葉を、言葉尻を変えて執拗しつように繰り返した。


 それは単なる事実の報告ではなかった。如月大尉や古参の下士官たちは、その演説の真意を瞬時に理解していた。


 兵士たちの中には、いや下士官や将校たちの中にも、戦国武士たちを機関銃でぎ払う任務に対し、「自分たちの祖先を殺しているのではないか」「歴史を変えれば、未来の自分たちが消滅するのではないか」という根源的な恐怖と罪悪感を抱き始めている者が少なからずいた。


 大佐のあの宣言は、その恐怖を取り払うための巨大な免罪符だったのだ。


「彼らは赤の他人であり、ここは別の世界である。どれほど殺しても、どれほど作り変えても、我々の魂に『祖先殺し』の業は刻まれない」 そう宣言されたことで、広場に集まった兵士たちの顔から、目に見えて重い呪縛が解け落ちていくのを、如月は確かに見た。


 全く、我らが大佐殿は、人心の扱いを心底理解している閻魔さんみたいな指揮官だ。


「大尉殿。宣伝工作プロパガンダの目標地点、国人領主の砦上空に到達します」


 高木特務曹長の声で、如月は思考を現実に引き戻した。


「了解した。投下始め」


 九八直協が砦の上空へ差し掛かると、高木と僚機の中田軍曹が、後部座席の足元に置かれた麻袋の口を開けた。


 中に入っているのは、相良の工場で精製された小粒の氷砂糖を、活版印刷で刷られた紙で一つ一つ包み、両端をひねった小さな包みであった。


東海執政庁とうかいしっせいちょう・設立宣言。

一、武士という身分を廃す。刀を捨てて農地や労働に従事する者は保護し、塩・砂糖を支給する。従わぬ者は、引馬城ひくまじょうと同じく灰にする』


 この時代の農村の識字率は極めて低い。空からただ紙束をばらいたところで、き付けにされるのが関の山だ。だからこそ、絶対に拾わせ、誰かに中身を読ませるための工夫として、極めて価値の高い甘味を重石代わりに使ったのである。


 高木たちは数十個ずつをつかみ、村の広場や砦の門前を狙って、手で正確に投下していった。空から降ってくる未知の甘味と、そこに記された恐るべき文言。武将や庄屋がその文を読み解いた時、甘い氷砂糖は、抗うことのできない「絶対的な富と暴力」の象徴として、彼らののどの奥に冷たく張り付くことになる。





同時刻。

遠江・三河国境付近の、とある国人領主の砦。


 砦を囲む空堀の外、視界の開けた平原の真ん中に、奇妙な一団が陣取っていた。


 まげを落とし、帝国陸軍の古着の作業袴ばかまを身にまとった松平蔵人佐元康と、その腹心・石川数正。そして彼らを護衛する、歩兵第一中隊の兵士一個分隊(九九式軽機関銃一丁、九九式短小銃八丁)である。


 元康が「説得人」としての業務を与えられてから、すでに数週間が経過していた。


 初期の頃、彼の心にはまだ「三河武士としての情」が色濃く残っていた。初めて近隣の砦へ降伏勧告に赴いた際、彼は門前に進み出て、同格の武将に対し熱弁を振るったのだ。


『頼む、刀を捨ててくれ。彼らは化け物だ、武士の誇りなど通用せぬ。共に生き延びて、いつか三河を再興しようではないか! 』と。


 だが、その必死の説得は、中世の武士の凝り固まった自尊心を逆撫でするだけだった。


『三河の主が臆病風に吹かれたか! 妖術使いの犬め、死ね! 』


 相手は嘲笑と共に斬りかかってきた。次の瞬間、元康の背後に控えていた護衛の歩兵が、一切の躊躇ちゅうちょなく小銃の引き金を引いた。轟音ごうおんと共に相手の胸が弾け、元康の顔には、生温かい血と肉片がべっとりとこびりついた。


 その夜、元康は相良の天幕で、胃液が空になるまで吐いた。


 しかし、二度、三度と別の砦を回り、同じように血の雨を浴びるうちに、元康の天才的な頭脳は一つの冷酷な真理へと到達した。


 説得に熱を入れ、情に訴えかければかけるほど、相手は「武士の意地」を刺激され、結果的に死を急ぐ。彼らを情で救うことなどできない。彼らは、新しい時代において排除されるべき「古い病」なのだ。

 ならば、感情を完全に交えず、圧倒的な暴力の差を「数字」と「論理」で叩きつけるしかない。


 その思考の転換を経てから、元康の業務は驚くべき速度で洗練され、定型業務ルーチンワークとして確立していった。


 護衛の兵士たちとの連携も、今や完璧なものとなっていた。歩兵たちも、最初は元康を「ちょんまげを落とした捕虜」と見下していたが、彼の底知れぬ学習能力と非情な決断力を見るにつれ、有能な現地軍属として扱うようになっていた。


「松平の旦那。今日はどこに軽機を据えましょうか」


道中の九四式六輪自動貨車トラックの荷台で、分隊長の軍曹がタバコを吹かしながら尋ねる。


「門から十間(約十八米)離れたあの切り株の裏が良い。あそこなら門内からの一斉突撃も射界に収められるし、火縄の有効射程外だ。我々は決して、遮蔽物しゃへいぶつのない平地以外での交渉には応じない」


 そんな軍事的に極めて合理的な会話が、日常の風景として交わされるようになっていたのだ。


 そして今日。吉良家の一族に連なる小領主の砦。


 元康は、片手に五つ玉の古い算盤そろばんを持ったまま、門から出てきた砦の主に向かって、抑揚のない事務的な声で言い放った。


「…よって、我ら『東海執政庁』の麾下きかに入り、直ちに武装を解除し、領地の戸籍と検地帳を差し出されよ」


 砦の主は、供回りの武士十数人を引き連れ、顔を真っ赤にして怒りで震えていた。


「た、たわけたことを! 貴様は三河の松平元康であろうが! 誇り高き三河の棟梁とうりょうたる者が、得体の知れぬ軍勢に尾を振り、同じ武士に刀を捨てよと抜かすか! 」


「彼らは得体の知れぬ軍勢ではない。圧倒的な理を持った軍隊だ」


 元康は、無表情なまま大福帳をめくった。


「…貴殿のこの砦、なかなかに良き木材を使っておるな。だが、この程度の広さならば、あの自動貨車に積まれた重油と黄工薬の量で、きっちり三分で燃え尽きる計算になる。引馬の二の舞になりたいか」


 元康は、一切の感情を排した目でかつての同格の領主を見据えた。


「名誉だの、武士の誇りだのという、一文の得にもならんもののために一族を灰にするか。それとも、相良の工場で土方仕事をして、一族郎党に腹一杯の白米と甘い菓子を食わせるか。…今すぐ選べ。我らには、無駄な問答に割く時間はないのだ」


「おのれ、狂いおったか三河の小倅こせがれ! 貴様の首をねて、その外道どもに叩きつけてやるわ! 」


 激昂した小領主が、腰の太刀を抜き放ち、元康へ向かって平原を駆け出そうとした。己の誇りを守るための、戦国武士としての当然の帰結。


 元康は、一歩も動かなかった。ただ、微かに目を伏せただけだ。


『ダァン! 』


 乾いた小銃の音が一つ、夏の空気に鋭く響き渡った。


 元康の後ろに控えていた皇軍の分隊長が、腰溜めに構えていた九九式短小銃の引き金を引いたのだ。七・七ミリの被甲弾が、小領主の分厚い胴丸を障子紙のように貫通し、背中から臓物と血飛沫を吹き飛ばした。


「あ、がっ…」


 太刀を振り上げた姿勢のまま、小領主は信じられないという顔で己の胸の穴を見下ろし、ドサリと泥の上に倒れ伏した。


「殿ぉぉぉッ! 」


 周囲の侍たちが悲鳴を上げ、槍を構えて殺到しようとする。


『チャキッ』


 護衛の歩兵たちが、日常の教練の如く無駄のない動作で一斉にボルトを引き、熱を帯びた空薬莢を弾き飛ばして次弾を装填した。さらに、分隊の右翼に展開していた一等兵が、二脚を展開した九九式軽機関銃の銃床を肩に当て、黒光りする銃口を彼らに向けた。


「…これ以上、無駄な真似はよせ」


 分隊長の低く冷徹な警告。そこに相手を侮る色は微塵もない。ただ、射界に入った標的を機械的に処理するという、軍人としての冷え切った殺意だけが存在していた。


 彼我の圧倒的な暴力の差を突きつけられ、侍たちは足を止め、完全に凍りついた。


 元康は、足元の血溜まりに倒れ伏す同族の死体を見下ろし、小さくため息をついた。


「…立派な意地だが、そんな奴から死んでいく。これが新しい時代の理よ」


 彼は算盤を懐にしまい、傍らで青ざめている石川数正に振り返った。


「数正。残った連中の武装を解除させろ。ここの農民の数と、納屋の米の量もきっちり帳面に付けろ。一粒でも誤魔化せば、間宮大尉殿から大目玉を食らうからな」


 元康の心に、もはや動揺はなかった。


 武士の誇りを捨て去り、最も有能で、最も冷酷な説得者。それが、新しい国家において彼が手に入れた、最強の生存戦略であった。



第10話了

いきのこるってのは結構たいへんです。


最後までお付き合いいただき感謝します。

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