第86話 私室への訪問
「まったく、セレナのやつめ……。」
俺は不満げに言う。
エレノアは、
「でも、私は殿下の歌って踊る姿、楽しみですわ。」
とくすくす笑う。
俺はため息をつく。
「私は君がそう言うだろうと思ったから、引き受けざるを得なかったんだ。
セレナは、いわば私の急所をついたんだ、許し難いことに。
私は、エレノアの願いに弱いから。」
エレノアは、
「全く殿下はお上手なんだから。その手には乗りませんわ。」
とプイッとそっぽを向く。
その様子も愛しい。
「ひどいな、事実じゃないか。」
俺はおどける。
エレノアはくすくすと笑った。
「それはそれとして、男装の衣装、どうしましょう。」
エレノアは考え込む。
「そうか、男装、女装だもんな。確かに衣装はいるな。」
「エレノア、よければ私のを貸す。」
エレノアは大きく瞳を見開き、俺を見る。
「えっ、ですが、それでは……。」
「いや、構わない。帰ったら、私の部屋へおいで。」
エレノアは微笑み、頷いた。
その様子を、伏せていたレオンハルトが、
「もう俺、起きていいか?」
とわざとらしく聞き、起き上がる。
エレノアは顔を赤くした。
宮中に帰ってから、俺はエレノアのためにお茶とお菓子を用意した。
エレノアを俺の私室に招くのは初めてだった。
掃除は常に侍女がしているし、大丈夫なはずだ。
それでも、俺は念入りにチェックする。
その様子に、エマは笑った。
「殿下、そんなにエレノア様が来られるのに緊張なさいますか?」
「当然だ。エレノアに汚いと思われて、嫌われたらどうするんだ。」
俺の答えに、エマは、
「大丈夫ですよ。」
とまた笑う。
そうこうしているうちに、ドアからノックが鳴る。
「やあ、エレノア、どうぞお入り。」
俺はエレノアを招き入れる。
「ここが殿下の私室なのですね。」
エレノアはきょろきょろと部屋を見渡す。
「どうだろうか?」
俺はエレノアに聞いた。
「殿下らしくて、良いですわ。」
エレノアは微笑んだ。
「実は、私の私室に女性を招くのは、君が初めてなんだ。
いつもは執務室か応接室で事足りるから、
私室に招く必要はないし。」
「私は私室には特別な人しか入れない。
だから、エレノア、君は私にとって特別なんだよ。」
俺はエレノアを抱き寄せる。
エマは顔を赤くしながら、
「殿下、お茶の準備をしてまいります。」
と気を利かせて出ていった。




