第73話 レオニスの覚悟
「エレノア、あなたは正妃を降りるべきではないか?」
聞こえてきたのは、クラリッサの声だった。
「何をいうのですか、クラリッサ姫。」
イザベラ夫人の声も聞こえる。
このところ、俺は公務で忙しい日々が続いていて、王宮へ戻るのがかなり遅かった。
今日は、たまたま早く帰宅できたのだ。
俺は、そっとその様子を見守ることにした。
「シルヴィア殿の件、いつ露見してもおかしくない。
国王陛下は今、シルヴィア殿に盲目ということだが、
それもいつまで続くかわからない。
現に国王は訪問先で新たに美女を後宮に加えるという話もある。」
「シルヴィアは陛下のお子を孕っているのです。
例え、陛下に新しいお相手ができたとしても、シルヴィアの立場は変わりませんわ。」
イザベラ夫人は言い放つ。
クラリッサは不敵な笑いを浮かべる。
「確かにそれが陛下のお子であればな。」
その一言が、場の空気を凍らせる。
エレノアは、何も言えず、ただ震えていた。
その視線は、クラリッサの鋭い瞳に絡め取られている。
……エレノアは、本来嘘がつけない。
だからこそ、その沈黙が痛々しい。
「クラリッサ姫、どういう意味ですか?
姫は我が家を、国王の惻妃を愚弄するおつもりでしょうか?」
イザベラ夫人はクラリッサを睨む。
クラリッサは、
「まあいい。私はエレノアに聞いている。
エレノア、よく聞くがいい。
お前の妹のせいで、父親と名乗った男が無惨にも殺された。
第8惻妃も粛清され、陛下の帰還後におそらく、毒を賜われるだろう。
お前の妹の嘘のせいで、何人犠牲にするのだ?」
クラリッサ、中々痛いところをついてくるな。
エレノアの心を随分抉ってくれる。
それ以上は、見ていられなかった。
俺は、声を上げた。
「クラリッサ姫、私がいないところで、
随分と私のエレノアをいじめてくれたな。」
クラリッサの視線が、ゆっくりとこちらへ向く。
しかし、怯まない。
受けて立つように俺を見据えていた。
「しかし、レオニス殿もこの茶番がわかっているだろ?
そろそろ、国王の子と言い切るのは無理があるのではないか?」
「姫は何か勘違いをされている。
第9惻妃様は間違いなく、陛下のお子を授かった。
陛下もそれを心から喜んでいる。」
俺も受け流す。
クラリッサは、くすりと鼻で笑った。
「しかし、エレノアの顔色は随分と悪いように思えるが、何故か?」
「私のエレノアは、姫と違って繊細なのだ。
姫があんまり過激な発言をするので、心を痛めてしまったに過ぎない。」
俺はエレノアに寄り添う。
エレノアは青ざめた顔で、小さく震えていた。
そう言って、そっとエレノアに寄り添う。
震えるその体が、触れた瞬間に伝わってきた。
(……大丈夫だ)
心の中で、そう告げる。
「それに姫、もし第9惻妃が万が一陛下のお子ではない子を孕っていたら
それは私もクラウディア侯爵家同様に処罰の対象となるだろう。」
ククラリッサの瞳が、わずかに揺れた。
エレノアも驚いて、俺を見る。
「第9惻妃様の後見人は、クラウディア侯爵ではなく、
この私なのだから。」
「・・・・。」
さらに俺は続ける。
「ついでに第9惻妃様を惻妃に迎えるように進言したのも、
お子が陛下の子で間違いないと認めたのも私だ。
議事録にもしっかり記してもらっている。」
「なんと愚かなことを。」
クラリッサの本音がもれた。
「愚かなことか?
エレノアの妹だ。
私が優遇するのは当然のことだろう?」
俺は鼻で笑う。
「姫があらぬ噂に惑わされるのはどうかと思うが、
姫が巻き添えになりたくないのであれば、止めはせん。
国に帰るとよかろう。
私はいつでも婚約破棄してやるから。」
クラリッサはそれ以上何も言わなかった。




