第57話 君のためなら、黒でも白にして見せる
国王は思惑通り、シルヴィアの美貌に目をくらませ、
クラウディア侯爵の功績を讃え、シルヴィアを惻妃に迎えることを決めた。
だが、これで安心というわけではない。
シルヴィアの存在を面白く思わない者は多い。
ましてや、その懐妊を妬む輩など、数えきれないほどいるだろう。
無事に子が生まれる保証など、どこにもない。
流れてしまえば、それまでだ。
だが、無事に誕生した場合こそが問題だった。
どれほど疑惑があろうと、国王に「自分の子だ」と認めさせなければならない。
一度認めさせてしまえば、仮に後から真実が明るみに出たとしても、
今度は国王自身が面子を守るために動くだろう。
一方で俺は、シルヴィアの素行調査を進めていた。
別に国王のためではない。
万が一、子の父親だと名乗る男が現れれば厄介だからだ。
もっとも、余程の愚か者でなければ名乗り出ることはないだろう。
だが、シルヴィアやクラウディア侯爵家を陥れるために利用される可能性は、十分にある。
そして、その調査結果は。
正直、頭の痛くなるものだった。
これでは、本当の父親が誰かを特定するのは極めて難しい。
「殿下、お茶のおかわりはいかがですか?」
俺は、エレノアとイザベラ夫人と共に、茶を楽しんでいた。
イザベラ夫人が王宮入りしてからというもの、俺はほぼ毎日のように顔を出している。
菓子や花束を手土産に持って。
エレノアを産んでくれた人だ。
いくら感謝しても足りない。
俺にとっては、誰よりも敬意を払うべき相手だった。
それに。
イザベラ夫人はエレノアによく似ている。
自然と、親しみも湧く。
「はい、義母上。いただきます」
勧められるまま、俺は茶を受け取った。
イザベラ夫人との会話は心地よい。
特に、エレノアの幼い頃の話はどれも興味深かった。
「エレノアは幼い頃……」
どうやら、彼女にとってもエレノアは自慢の娘らしい。
ある日、屋敷に迷い込んだ子猫を拾ったのだという。
幼いエレノアはたいそう可愛がり、飼いたいと言い出した。
ここまでは、よくある話だ。
だが、当時の侯爵、エレノアの祖父はそれを許さなかった。
困ったイザベラ夫人は、こう言い聞かせたらしい。
「エレノア、うちではあなたを育てるので精一杯だから、子猫は飼えないの」
すると翌日、エレノアは家出した。
置き手紙にはこうあったという。
『お父様、お母様。エレノアは家を出ます。
代わりに子猫を可愛がってください』
当然、屋敷は大騒ぎになった。
すぐに人を集めて捜索が行われた。
俺はその話を聞きながら、思わず笑ってしまう。
「お母様、そんな昔の話……」
エレノアは拗ねる。
「いいじゃないか。私はもっと聞きたい」
俺が言うと、イザベラ夫人は楽しそうに続きを語った。
屋敷中を探しても見つからず、どうやら外へ出てしまったと分かった時、
侯爵もイザベラ夫人も顔面蒼白だったという。
誘拐の可能性まで考えられた。
だが、
「エレノアは、偶然通りかかった当時の王妃、アンネローゼ様に保護されておりましたの」
「母上が……」
俺は目を細める。
「私はアンネローゼ様と、生涯の友と誓い合った仲なのです。
その証として、子が男女であれば結婚させようと約束しておりました」
「それが、殿下とエレノア、あなた方です」
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
隣を見ると、エレノアも同じ気持ちのようだった。
「王宮から連絡を受け、すぐに迎えに行きましたの。
そしたら、この子ったら……」
イザベラ夫人は笑いを堪える。
「殿下に結婚を迫っておりましたの。
『私は家を出ました。行くところがありません。殿下、今すぐ結婚して養ってください』なんて」
「お母様!」
エレノアは顔を真っ赤にする。
「殿下は殿下で、『分かった。だが今の私には甲斐性がない。母上、エレノアを迎えてよろしいでしょうか?』と真剣におっしゃって」
イザベラ夫人は笑い出した。
「それを見て、アンネローゼ様が『この子は将来、きっとエレノアに尻に敷かれるわね』と」
俺は肩をすくめる。
「そうでしょうね。義母上。私はエレノアなら、喜んで尻に敷かれますよ」
そう言って笑う。
「エレノアのためなら、たとえ黒でも、白に変えてみせますから」




