第53話 優しさの刃
何とも後味の悪い光景だった。
俺でさえ、そう思うのだ。
エレノアにとっては、どれほど割り切れないものだっただろう。
帰り道、エレノアは何やら考え込んだまま、黙り込んでいた。
「エレノア、さっきは済まなかったな。納得できていないだろう?」
俺は声をかけた。
「殿下?」
「私は本気で君を叱ったわけじゃない。あの場ではどうしても、7妃の機嫌を取る必要があったんだ」
事情を説明すると、エレノアは信じられないという顔をした。
「陛下の寵愛を受け、もしお子を授かったのなら……皆で喜び、祝福すべきではありませんか?」
確かに、エレノアにとっては、それが“正しい”のだろう。
だが、人には嫉妬や欲望といった、悍ましい感情がある。
後宮など、煌びやかに見えるだけで、その実は負の感情の吹き溜まりに過ぎない。
俺はため息をついた。
「私は……そんな地獄に、君を置いておきたくはないな」
思わず、そう呟いていた。
エレノアは力強く言う。
「大丈夫ですわ。きっと、うまくやれます」
だが、俺の不安は消えない。
王太后に言われたことがある。
エレノアは、王妃にするには真っ直ぐすぎる、と。
確かにその通りだ。
お世辞など言えないだろうし、見て見ぬふりもできない。
だからこそ、俺は、エレノアに惹かれた。
結婚後、妃たちとは極力関わらせないつもりだ。
だが、完全に避けることはできない。
クラリッサやカミラのように、狡猾に立ち回れる女ならまだいい。
もしエレノアが惻妃であれば、俺の寵愛だけを与え、守ることもできただろう。
だが、それはエレノアが望む形ではない。
そして俺も、エレノア以外と結婚する気はない。
……結局、俺のこの想いが、エレノアを苦しめることになるのか。
無意識に、またため息が漏れた。
それを、エレノアは別の意味に取ったらしい。
ぱっと顔を輝かせて、言った。
「私、殿下が寵愛を与えた方すべてに寛大であろうと思いますわ。
決して殿下を煩わせたりいたしません。
殿下のお子であれば、心からお喜び申し上げます」
きっと、俺を思っての言葉なのだろう。
だが。
俺は、少しも嬉しくなかった。
「君は……やはり、私を君一人の夫にはしてくれないのだな」
小さく呟く。
「私は……君に独占してほしいのに」
その声は、エレノアには届かない。
エレノアは、満面の笑みで俺を見ている。
自分が正しいと信じているその優しさが、俺を刃のように傷つけているとも知らずに。
俺はたまらず、エレノアを抱き寄せた。
そして、その可愛らしい唇を塞ぐ。
これ以上、何も言わせないように。




