第52話 正義と建前
近衛兵が、侍女を連れて行こうとする。
「陛下、7妃様、お情けを……!」
侍女は泣き叫ぶ。
何とも後味の悪い光景だった。
国王は何事もなかったかのように、7妃に寄り添っている。
「お待ちください」
近衛兵を制したのは、エレノアだった。
まずいな。
俺はそう思った。
正義感の強いエレノアのことだ。
純粋に侍女を哀れに思ったに違いない。
だが、相手が悪い。
下手をすれば、7妃と陛下の不興を買う。
それだけは避けなければならない。
「どうしたんだ、エレノア」
エレノアはまっすぐに俺を見つめる。
「殿下、お待ちください。その者が哀れです。
もし7妃様の元でお仕えできないのであれば、私の元で働かせてはいかがでしょうか?」
その瞬間、侍女の顔が明るくなる。
「エレノア様……いえ、王太子妃様。なんとお情け深い……。
私はエレノア様に生涯、忠誠を誓います……!」
侍女はすがりつく。
国王は無関心のままだが、7妃は、ぞっとするような目でエレノアを睨んでいた。
……分かっていない。
これは、7妃の顔を立てるための処分だ。
ここで庇えば、侍女は助からない。
むしろ、確実に消される。
陛下の寵愛を受けた女だ。
もし子でも孕んでいたら、尚更だ。
「それは、私が許さない」
俺は7妃の顔色を窺いながら答えた。
エレノアが納得のいかない顔で、さらに言葉を続けようとする。
それを遮るように、俺は口を開いた。
「私の愛しいエレノア。このような粗悪な侍女を、君の側に置くわけにはいかない」
そう言って、エレノアの手に口づける。
エレノアの頬が赤く染まる。
「第一、よく聞いてくれ。この者は7妃様の侍女でありながら、恐れ多くも陛下を誘惑した。
陛下は、この女に惑わされたのだ」
「主の夫を誑かし、主の顔に泥を塗るなど許されない。
そんな信用ならない者を君のそばに置くなど、到底認められない」
「でも、殿下……」
エレノアは食い下がろうとする。
「いいか、エレノア」
俺はわざと強い口調で言った。
「君の優しさは理解している。だが、この者に向ける価値はない。
陛下を惑わせた罪、第7妃様に恥をかかせた罪、その責任は重い」
「それでも惻妃様は、命で償わせるべきところを追放で済ませられた。
そのお情けが、君には分からないのか?」
エレノアの肩が、わずかに震える。
胸が痛んだ。
本気で責めているわけではない。
だが、今は引かせるしかない。
相手は国王の惻妃。
将来、エレノアは王太子妃となる身だ。
王太后、王妃に次ぐ地位とはいえ、現時点では国王の惻妃の方が上。
俺でさえ頭が上がらない相手だ。
機嫌を損ねるわけにはいかない。
「もうよろしいではありませんか、レオニス殿下。
エレノア様もご理解なさったでしょう」
7妃が微笑む。
「7妃様の寛大なお心、感謝いたします」
俺は跪いた。
侍女は近衛兵に連れて行かれる。
もう、誰も止める者はいなかった。




