第50話 後宮のざわめき
女王が帰国してから、俺は平穏な日常を取り戻していた。
学院に通い、王太子としての公務をこなしつつ、忙しい日々を送っている。
ある日、俺はエレノアを連れて、王宮の花園に出かけた。
気持ちの良い木陰を見つけ、そこでピクニックをすることにした。
エレノアがバスケットを取り出しながら言う。
「殿下、お弁当を用意しましたの。」
「エレノアが作ったのか?」
エレノアは、頬を赤らめながら、こくりと頷いた。
正直、どんなものが出てくるのか警戒していたが、
中身は、意外にもまともなサンドウィッチだった。
「すごいじゃないか、エレノア。」
「エマさんに教えていただきましたの。」
エレノアは、少し誇らしげに言う。
……エマの苦労が目に浮かぶようだ。
俺は卵サンドを手に取った。
「美味しいよ、エレノア。」
素直にそう言うと、エレノアは満足そうに微笑んだ。
「本当は、もっと凝ったものをと思ったのですが、エマさんに止められまして……。」
少し残念そうに言うエレノア。
(よく止めてくれた、エマ……)
内心で称賛する。
「でも、私、エマさんに褒められましたの。卵を茹でるのが上手いって。」
エレノアは目を輝かせる。
……ゆで卵。
それは料理と言えるのかどうか微妙だが。
それでも、こんなに嬉しそうにしているのだから、
「確かに、エレノアが茹でた卵は一味違う気がする。」
と、俺は合わせた。
「では、私の得意料理の一つに、茹でた卵を入れますわ。」
エレノアは真剣な表情で宣言する。
俺は、思わず苦笑する。
「エレノア、君は愛しすぎる。」
俺は思わず、エレノアを抱き寄せた。
エレノアと手を繋ぎ、王宮へ戻る帰り道。
花園の一角が、妙に賑やかだった。
どうやら、陛下の惻妃の誰かがお茶会を開いているらしい。
今、後宮は少し厄介な状況にある。
現王妃は、レオンハルトの幽閉以降、自室に閉じこもりがちだ。
後宮の主としての役割を、ほとんど果たしていない。
その結果。
惻妃たちが、好き勝手に振る舞っていた。
しかも、それぞれに貴族の後ろ盾がある。
国王も、無碍にはできない。
俺はエレノアに、
「あっちから回って帰ろう。」
と、そっと手を引いた。
関わらないのが一番だ。
そう思った、その時だった。
「レオニス王太子殿下、良いところに通りかかられた。」
騎士団長の声が響く。
(それ、絶対に良いところじゃないだろう……)
心の中でため息をつく。
仕方なく、俺はエレノアと共に振り返り、陛下と惻妃たちへ挨拶をした。
俺たちの登場に、場がざわつく。
「レオニス殿下、今日はどうして私のお茶会の誘いを断ったのかしら?」
陛下の、確か第五惻妃が言う。
正直、もう把握しきれていない。
正式な惻妃だけで八人。
非公式の愛人まで含めれば、何人いるのか分からない状態だ。
それでもなお、さらに若い妃を諸外国から迎えるという話まで出ている。
後宮は、表向きは王族の繁栄のための制度。
だが実態は、国王のハーレムだ。
そして同時に、国にとって頭の痛い存在でもある。
女が増えれば、それだけ国庫を圧迫する。
俺は五妃に向き直る。
「五妃様、国王と同様、私は忙しく、婚約者との時間もままならぬのです。
そのため、国王と同じく、自分の妃を優先させていただきました。」
そう答える。
この五妃は、クラウゼル侯爵家とも関係がある。
クラウゼル侯爵の惻室がこの5妃の妹で、エレノアの弟を産んでいる。
つまり、エレノアとは因縁の関係に当たる。
だが、この五妃自身にはまだ子がない。
最近では、国王の足も遠のいているという噂もある。
今回のお茶会も、おそらくは自らの立場を示すためのものだろう。
「それよりも殿下、こちらを何とかしてください。」
騎士団長が視線で示す。
その先では、若い妃と侍女と思われる女が国王を挟んで揉めていた。




