第20話 王太子の憂鬱
土曜日の21時更新です
今日も雨が降ったので、6月企画で更新します。
次の日の朝。
俺は、いつものようにエレノアと通学した。
だが、会話はなかった。
エレノアも何も話さない。
俺も、何も言わない。
同席しているカイルは、もともと寡黙な男だ。
そのせいで、余計に気まずい空気だけが流れていた。
学院では、すでに俺達の噂で持ちきりだった。
リリア、セレナ、ヴィオレッタ、クラリッサ。
他の婚約者達も注目の的だ。
「ねえ、結局、誰が殿下のお気に入りになるのかしら?」
「やっぱり聖女様じゃない?可愛いし。」
「でも、クラリッサ様もすごいわよね。あの雰囲気。」
好き勝手言いやがって。
そんな噂が、さらに俺の機嫌を逆撫でする。
そんな中、アルベルトがいつもの調子で声をかけてきた。
「レオニス、ついに五人ですか。さすがにすごいですね。」
俺はアルベルトを睨む。
「……その中に、お前の妹もいたな。」
「……ええ。」
アルベルトは一瞬言葉を詰まらせる。
そして、
「その件ですが、セレナは……少し事情がありまして。記憶が曖昧で、淑女としての振る舞いも少し……。多少、突飛なことを言っても、大目に見ていただけると助かります。」
珍しく歯切れが悪い。
「別にどうでもいい。興味もない。」
俺はそっけなく言い捨てた。
「……機嫌悪いですね。何かありましたか?」
「別に。」
短く答えて、席を立つ。
「レオニス、どこに行くんです?もう授業が――」
アルベルトの声を背中で聞き流し、そのまま教室を出た。
行き先なんて決めていない。
ただ、そのまま学院を出ようとした時だった。
「殿下、どちらへ?」
声をかけてきたのは、一人の女生徒だった。
「今日は、勉強する気分じゃない。少しサボる。」
そう答えると、彼女はぱっと表情を明るくした。
「殿下でも、そんな日があるんですね。」
「……私も、ご一緒してもいいですか?」
そう言って、自然に腕を絡めてくる。
「いいのか?授業をサボることになるぞ。」
「はい。でも……殿下と一緒の方が楽しそうです。」
……好きにしろ。
俺はそれ以上何も言わず、そのまま彼女と学院を出た。
彼女の名前は、マリア・ロンサール。
子爵家の四女で、明るくてよく喋るタイプだ。
正直、特に興味はなかったが、流れで彼女の勧めるカフェに入った。
そこは、色とりどりのフルーツをふんだんに使ったスイーツと、フルーツティーが売りの店らしい。
だが――
そんなものを楽しむ余裕はなかった。
頭の中にあるのは、エレノアのことばかりだった。
ここにエレノアを連れてきたら、喜ぶだろうな、とか。
今頃、何をしているのか、とか。
授業中、真剣に話を聞くエレノアの顔が、何度も浮かんでくる。
マリアは、楽しそうに自分の話をしていた。
家のこと、友人のこと、好きなもの。
きっと色々話していたんだろう。
でも、ほとんど覚えていない。
ただ、適当に相槌を打っていただけだった。
結局、学院をサボっても、気分はまったく晴れなかった。
その頃、学院では騒ぎになっていた。
俺の姿が見えないと気づいたカイルが、慌てて動き出す。
「殿下の御身に何かあっては大問題だ。」
教員達も慌てて対応に追われる。
そこへ、一人の生徒が言った。
「殿下なら、マリア・ロンサールと一緒に外へ出るのを見ました。」
事件性はないと判断されたが、それでも騎士団による確認は進められた。
そんなことも知らず、俺はマリアを送り届け、そのまま王宮へ戻った。
待っていたのは、カイルとアルベルト、それにルシアンだった。
「殿下、何をなさっていたのですか。」
「……ただのサボりだ。」
「あなたは王太子です。軽々しく外へ出ていい立場ではありません。」
カイルの声は、いつになく厳しかった。
「王太子、王太子……そればかりだな。」
思わず、口からこぼれる。
カイルが怪訝そうにこちらを見る。
「……もう、やめたいんだよ。」
「真面目にやったところで、面倒ごとばかりだ。何もいいことなんてない。」
一度口にしてしまうと、止まらなかった。
「――品行方正な王太子なんて、やめる。」
そう言い切った。




