(番外編)エレノアの秘密〜完璧な婚約者が実は不器用で料理音痴だった件〜〜
3章に入る前に一休みの番外編です。
お楽しみください
「きゃー、レオニス殿下、今日も素敵ね。」
女生徒の歓声に、笑顔で応えるレオニス殿下。
私の婚約者。
以前の殿下は、王族らしく、どなたとも一線を引いていらした。
でも、最近の殿下は少し違う。
そのことが、私の悩みの種になっていることなど、知らないのでしょうね。
私だって、王族に嫁ぐ身。
殿下を独り占めできないことは、わかっていますわ。
それでも――
私以外の女性に優しくされるのは、胸が痛いのです。
こんな嫉妬深い私を知ったら、殿下に幻滅されてしまいますわ。
「やあ、エレノア。」
「殿下、ごきげんよう。」
「どうしたんだい?あまり機嫌がよくないようだけど。」
殿下が私を見る。
「そんなことありませんわ。」
私は、殿下の手元に目を向けた。
明らかに女生徒からもらったもの。
「ああ、これかい。先ほど、女生徒からもらったんだよ。」
「そうなのですか?」
殿下の手にあったのは、可愛らしい袋に入った手作りのお菓子だった。
殿下は私の顔を見て、微笑む。
「エレノア。これは気持ちを無碍にしてはいけないと思って受け取った。
でも、私は、君の手作りが本当は食べたいんだ。」
その瞬間、ヴァルディス卿とアルベルトの顔が引きつった。
「レオニス、それはやめた方が……」
アルベルトの声が漏れる。
「レオニス、君は中々、恐ろしいことを言いますね。ねえ、カイル?」
ヴァルディス卿は頷きこそしないが、怪訝そうな顔をする。
殿下は不思議そうに首を傾げた。
「ダメかい?」
懇願するようなその表情。
そんな顔をされたら、嫌とは言えない。
「わかりましたわ、殿下。全力で、私、クッキーを焼きますわ。」
殿下はぱあっと明るくなり、
「楽しみにしているよ、エレノア。」
と、とびきりの笑顔を見せた。
実は私、かなりの不器用で、料理や裁縫はからっきし。
殿下は記憶がないのでお忘れだけど、以前、私の作ったお菓子を召し上がった際、三日ほど寝込まれてしまったことがある。
その時もアルベルトやヴァルディス卿、ルシアンなどは早々に「まずい」と言ったにも関わらず、殿下は黙って最後までお食べになられた。
そのおいたわしい姿を見て、私は誓ったのです。
殿下に二度と手作りのお菓子は差し入れしないと。
でも――きっと子供の頃の話。
今は、少しは私だって成長しているはず。
私が厨房に入ると、メイドたちや料理長が声をかけてくる。
「どうかされましたか?お嬢様。」
「いえ、レオニス殿下にクッキーを焼いて差し上げようと思いまして。」
少し頬が赤くなる。
「まあ、それは良いことで。私たちもお手伝いしますわ。」
メイドたちも笑顔で言ってくれた。
が、ガラン、バタン、ドタン。
クッキーを焼くはずが、なぜか大惨事に。
「お嬢様、違います、火加減が!」
「お嬢様、そちらは塩でございます!」
試行錯誤の末、なんとか形になったクッキー。
まあ、見た目はかなり悪いけれど。
「お嬢様、見た目ではございません。お気持ちでございます。」
とメイドは言う。
確かに、生焼けではない。
少し焦げているような気がしますが……きっと大丈夫ですわね。
一生懸命、頑張りましたもの。
次の日、私は殿下に包みを渡す。
殿下は嬉しそうに
「ありがとう。」
と微笑んだ。
「よろしければ――」
私が言いかけるよりも前に、失礼なアルベルトが
「結構、遠慮しておく。」
と言い放つ。
側で見ているルシアンも怪訝そうな顔をしている。
いつもは表情を出さないヴァルディス卿でさえ、複雑な顔をされていますわ。
本当に失礼しちゃいます。
「いや、エレノアの作ったものは誰にも渡さない。これは、私が一人でいただくさ。」
そう言って、殿下は包みを開けた。
中から出てきたのは、少し焦げ目のついた、形もまばらなクッキー。
殿下は一瞬、沈黙した。
でも、すぐに
「形じゃないさ。大切なのは味だよ。」
そう言って、クッキーを口にした。
「エレノア、とっても香ばしいよ。クッキーというより、せんべいだな。」
「せんべい?それは、なんですの?」
私が不思議そうな顔をすると、
「いやあ、とっても美味しいよ。」
と笑顔で言った。
そして、あの時と同じように、そのまま一気に食べきった。
「君の気持ちがたくさん詰まっていて、本当においしかったよ。」
殿下は満面の笑みを浮かべる。
アルベルトは気の毒そうに、
「レオニス、今ばかりはあなたを尊敬します。」
と小声で言った。
エレノアは、レオニスに美味しいと言ってもらえて、大変満足だった。
その後、気をよくしたエレノアが、レオニスに度々お菓子を差し入れすることになる。
その度にレオニスにとっては試練となるが、愛しいエレノアの健気な思いを汲み取り、決して誰にも渡すことなく、すべて一人で食べきったという。




