第16話 王の選択
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「レオニスが……いえ、殿下が変なのです。」
リリアは涙を浮かべたまま、そう言った。
「変とは、どういうことだ?」
国王が静かに問う。
リリアは震える声で続けた。
「以前の殿下は……もっと優しかったのです。
至らないところは注意されましたが、それでも、いつも見守ってくださって……。
わたくしが不安にならないように、そばにいてくださったのです。」
言葉を紡ぎながら、リリアは涙を必死に堪えていた。
「……エレノア様からも、守ってくださいました。」
その言葉に、宰相の目がわずかに細くなる。
「わたくしは知っています。
殿下がエレノア様に特別な感情をお持ちであることも。
それでも……わたくしは……殿下をお慕いしております。」
リリアは縋るように国王を見た。
「おそばにいたいのです。ですが……最近の殿下は、どこか冷たくて……」
ついに、リリアは涙を零した。
その様子に、宰相が静かに口を開く。
「聖女様のお気持ち、痛いほど理解できます。」
「私は……レオニス殿下に冷たくされると、その……心がざわついてしまって……うまく、抑えられないのです。」
部屋の空気が、わずかに張り詰める。
「慕っている殿下が突然変わられれば、心も乱れましょう。
しかし、殿下にも事情がございます。」
宰相はあくまで穏やかな声音だった。
そして、国王に目配せする。
(殿下の記憶喪失をお伝えすべきかと。)
国王はしばし無言で考えた。
やがて、決意したように口を開く。
「リリアよ。レオニスは……記憶を失っている。」
リリアの肩が、びくりと震える。
「先日、剣の稽古中に倒れた際の衝撃でな。記憶が曖昧になっている。
ゆえに、以前とは違って見えるのだ。」
「……え……?」
リリアは驚いた顔をしたまま、言葉を失う。
何かを考え込むように、視線を落とした。
国王は続ける。
「それに、そなたの心を乱した件について責を問われ、現在は謹慎中だ。
しばらくは自由に動くことも許されておらぬ。」
リリアの顔から血の気が引いた。
「そんな……」
だが、すぐに顔を上げる。
「でしたら、どうか……殿下の処罰をおやめください。
今回のことは、すべてわたくしの未熟さゆえです。
わたくしが、感情を抑えきれなかったから……」
涙ながらに訴える。
「ですから……どうか……レオニス……いえ、殿下をお許しください。」
リリアは深く頭を下げた。
宰相が問いかける。
「聖女様は、それほどまでに殿下を慕っておられるのですか?」
「はい。わたくしが……必ず、元の殿下に戻れるよう尽力いたします。」
リリアは、きっぱりと言い切った。
リリアの部屋を出た後。
国王と宰相は応接室へと向かった。
しばらく、二人は無言のまま茶を口にする。
やがて、宰相が静かに口を開いた。
「……このままでは、いずれまた同じことが起こります。
聖女の精神は不安定です。
今回のように、いつ闇に傾くかわかりません。」
国王は厳しい表情で宰相を見据える。
「原因は明白です。レオニス殿下と、エレノア嬢。
いずれかを遠ざける必要があります。」
宰相は言い切った。
国王は深くため息をつく。
「……エレノアを国外へ出すか。あるいは、婚約を解消し、リリアと、、、、
」
そこまで言いかけて、言葉を止める。
「……認めぬだろうな。」
「はい。」
宰相は即答した。
「殿下は、エレノア嬢を決して手放しません。」
尋問での様子を思い出せば、それは明白だった。
「それどころか……最悪の場合、王太子の座を捨て、エレノア嬢と駆け落ちする可能性すらございます。」
国王の表情がわずかに険しくなる。
「駆け落ち……か。」
「今の殿下であれば、あり得ます。
王太子不在となれば、王室は再び混乱し、新たな悲劇を招きかねません。」
宰相の言葉に、国王は再びため息をついた。
レオニスを王太子に定めるまで、王室は長く権力闘争に揺れていた。
貴族同士の争いは国政にまで影響を及ぼし、多くの犠牲を生んだ。
だからこそ――王室の安定は、国の安定そのものだった。
レオニスは賢く、思慮深く、武勇にも優れている。
次代の王として申し分ない。
だが、
「……あれほど、エレノアに執着するとはな。」
記憶を失う前のレオニスは、まだ王太子としての責務を優先していた。
だが今は違う。
エレノアを守ることを、何よりも優先している。
それゆえに、厄介なのだ。
「陛下、妙案がございます。」
国王は宰相を見た。
「聖女様を、殿下の婚約者となさるのです。」
「だが、あやつはエレノアとの婚約破棄など到底……」
「はい、承知しております。
エレノア嬢との婚約はそのままに、聖女様とも婚約させるのです。」
国王は眉をひそめる。
「しかし、レオニスはまだ王太子であるぞ。」
「はい。ですが、前例がないわけではございません。」
宰相は淡々と続ける。
「それに、いずれ国王となれば、さらに多くの妃を持つことになります。
王族の婚姻は、国家にとって有益なものでございます。」
確かに、この国では一夫多妻が認められている。
国王自身も、王妃のほかに八人の側室を持っていた。
遅かれ早かれ、レオニスも同じ道を辿るだろう。
国王は静かに目を閉じる。
「……それしかないか。」
「はい。」
宰相は、迷いなく頷いた。




