第113話 シンデレラパニック①
久しぶりに帰省したエレノアを、執事やメイド達が温かく出迎えた。
「エレノアお嬢様、おかえりなさいませ。」
王宮で殿下を出迎えるのも嬉しい。
けれど、やはり我が家は落ち着く。
エレノアはそう感じていた。
王太子妃候補として過ごす毎日は、どうしても気が張る。
ほんの少しだけ、その重圧から解放された気がした。
「エレノア、おかえり。」
父であるクラウゼル侯爵が穏やかに微笑む。
その後ろから、一人の男性が姿を現した。
「エレノア、久しぶりだな。
美しくなって。これでは殿下が夢中になるのも理解できるよ。」
「クリスお兄様!」
エレノアは嬉しそうに駆け寄った。
クリストファー・スチュアート。
エレノアより五歳年上の従兄弟であり、軍人だ。
銀色の短髪に、頬には戦場で負った傷跡がある。
だがその傷は決して彼の魅力を損なうものではなく、むしろ軍人らしい精悍さを際立たせていた。
双剣の騎士。
そう呼ばれる彼は、男爵位を持ち、若くして大佐の階級にまで上り詰めた軍の英雄でもある。
「ああ、エレノア。
王宮勤めは疲れるだろう。大丈夫か?」
「はい、クリスお兄様。
殿下はとても良くしてくださいますわ。」
エレノアは柔らかく微笑んだ。
だが、クリストファーは複雑な気持ちだった。
最近、王太子が軍上層部の令嬢を惻妃に迎えるため、サロンや舞踏会へ頻繁に出入りしているという噂を耳にしていたからだ。
もちろん、ただの噂かもしれない。
だが、エレノアが寂しい思いをしているのではないか、
そう思わずにはいられなかった。
「なあ、エレノア。
休暇の間、私と一緒に社交の場へ行かないか?」
クリストファーは、少しでも気晴らしになればと思い誘った。
だがエレノアは困ったように首を振る。
「でも、私が一緒では、クリスお兄様の花嫁探しの邪魔になりますわ。」
「大丈夫だ。
エレノアは妹としてついてくればいい。」
「ですが、私は王太子妃候補として顔が知られていますもの。」
エレノアはしょんぼりした。
するとクリストファーは、小さな箱を取り出す。
「それなら問題ない。
変装用の魔道具がある。この指輪をはめてみろ。」
エレノアは恐る恐る指輪をはめた。
すると、
プラチナブロンドの髪は見る見るうちに銀色へ変わり、サファイアブルーの瞳はエメラルドグリーンへと変化する。
鏡に映る自分は、まるで別人だった。
「これなら……大丈夫かもしれませんわ。」
エレノアは驚いたように呟く。
だがクリストファーは真面目な顔になった。
「ただし、一つ注意がある。
その魔道具には時間制限があるんだ。」
彼は指輪にはめ込まれた魔石を指差した。
「魔石の色が赤くなる前に戻ること。
赤くなれば、すぐ元の姿に戻ってしまう。」
「はい、クリスお兄様。」
その夜。
エレノアはクリストファーと共に舞踏会へ向かった。
銀髪にエメラルドグリーンの瞳。
いつもの自分とは違う姿。
まるで別の女性になったようで、不思議と胸が高鳴る。
クリストファーにエスコートされ、会場へ足を踏み入れた。
すると、あちこちから聞こえてくるのは、やはりレオニスの話題だった。
「ねえ、レオニス様、素敵よね。
私、妃になれたら幸せだわ。」
「でも無理よ。
レオニス殿下は軍上層部の令嬢しか相手にしていないらしいもの。」
「軍部との関係を重視して惻妃を選んでいるって聞いたわ。」
「じゃあ、うちなんて全然相手にされないわね。」
エレノアは胸がちくりと痛んだ。
殿下は、そんなつもりではない。
そう分かっている。
けれど、少しだけ寂しかった。
「エレナ。」
クリストファーが呼びかける。
それが今夜のエレノアの偽名だった。
「殿下に挨拶へ行くぞ。」
「クリスお兄様!?
それは流石にまずいですわ。」
エレノアは慌てる。
だが、クリストファーは悪戯っぽく笑った。
「大丈夫だ。
殿下も絶対にお前だとは気づかないよ。」




