第108話 聖女の婚約③
ルシアンは、行く当てもなく街を彷徨っていた。
父である宰相は、
「お前に聖女様の夫は務まらない。」
と頭ごなしに反対した。
だが、ルシアンは諦めきれなかった。
リリアがレオニスの惻妃候補として挙がった時、
ルシアンは一度、身を引こうとした。
それは、リリアの気持ちを第一に考えた結果だった。
リリアを忘れるため、アルベルトの遊びにも付き合った。
だが、忘れようとすればするほど、想いは募るばかりだった。
リリアがレオニスとの婚約を解消した時。
ルシアンは、嬉しかった。
もちろん、リリアには申し訳ないと思った。
だが、それでも――嬉しいという感情の方が勝ってしまったのだ。
だから、今回ばかりは反対されたからと言って、諦めるわけにはいかなかった。
とはいえ、勢いのまま家を飛び出したため、
行く当ても、金もない。
これからどうするべきか――
そんな時だった。
「ルシアン?お前、何してるんだ。こんなところで。」
偶然通りかかったレオンハルトが声をかける。
ルシアンは事情を説明した。
すると、レオンハルトは意外にも真面目な顔で頷く。
「そうか。お前、真剣なんだな。」
そして、
「なら、力になる。」
そう言って、ルシアンを自分の邸宅へ連れて帰った。
こうして、ルシアンのヴァンデル侯爵家での居候生活が始まったのである。
一方その頃。
宰相は、深く頭を抱えていた。
これまでルシアンは反抗らしい反抗もなく、
優秀で聞き分けの良い息子だった。
そのルシアンが、まさか家出するとは思わなかった。
しかも、
「聖女様を娶りたい。」
などと言い出すとは。
だが、何だかんだ言っても、大切な一人息子だ。
内心では心配でたまらなかった。
そんな宰相の不安を打ち消したのは、財務大臣の一言だった。
「宰相、実はお宅のご子息、数日前から我が家でお預かりしておりますので。」
宰相は、安堵の息を吐く。
「それは、ご迷惑をおかけして申し訳ない。
すぐにバカ息子を迎えに行きます。」
安心すると同時に、怒りも込み上げてきた。
財務大臣は苦笑する。
「事情は聞きましたが、何故そこまで反対なさるのです?
聖女様との結婚であれば、悪い話には思えませんが。」
宰相は、ため息をついた。
「聖女様は素晴らしい御方だ。
殿下のように器の大きい方であれば、お似合いだろう。」
「だが、ルシアンは器量が小さい。
とても聖女様に釣り合うとは思えん。」
それが、宰相の本音だった。
本来であれば、ルシアンに宰相職を継がせたい。
だが、本人は政治よりも魔法研究に興味を示している。
そのことについては、半ば諦めている。
だからこそ、なおさら聖女の夫には相応しくないと思ったのだ。
ヴァンデル侯爵家に身を寄せたルシアンは、
そのまま学院へも通っていた。
「リリア、必ず説得するから、待っていてくれ。」
ルシアンは真剣な眼差しで言う。
レオンハルトも腕を組みながら、
「そうだ。お前は黙って待ってろ。」
と同調した。
「ねえ、殿下。あれ、放っておいてよろしいのですか?
確かリリアは、偽装婚約を望んでいたような……。」
エレノアが小声で尋ねる。
俺は苦笑する。
「そうだな。すでに当初の目的を忘れているな。」
そう言って、優しく微笑んだ。




