第96話 王太后の叱責
俺たちが称賛を受ける中、王太后はエレノアに厳しい目を向けた。
「エレノア、お前はそれで王太子妃が務まるのか?」
その一言で、それまでのお祝いムードは一瞬で消えた。
「申し訳ありません。王太后陛下。」
エレノアは頭を下げる。
「お待ちください。お祖母様、今回の件、エレノアの落ち度ではありません。」
俺は王太后に事情を説明する。
だが、王太后は納得せず、なおもエレノアを責めた。
「だとしてもじゃ。毎回、王太子の後ろに隠れて守られてばかりではいけない。
今はまだ婚約者じゃが、王太子妃、王妃となれば、関わる者の裏の裏まで読んで行動せねばならぬ。
それに、惻妃であるクラリッサ姫についても、エレノアは抑えきれていないという報告もある。」
王太后はさらに厳しい視線をエレノアに向ける。
クラリッサ――あの狡猾な女に、エレノアが太刀打ちできるはずがない。
人の良いところを見ようとするエレノアに、人の裏を読むなど到底無理だ。
「お祖母様、エレノアを責めるのはやめてください。
クラリッサ姫を抑えられないのは、エレノアではなく、むしろ私の責任です。」
王太后はため息をつく。
「今更言っても仕方がないが、聖女なり、セレナなりを正妃、いやせめて惻妃にしておくべきだったと思う。
セレナであれば、クラリッサをうまく抑えるだろうし、度胸もある。
身分的にもグランディア伯爵家の令嬢だから、王太子の正妃として釣り合うだろう。」
――またセレナか。
正直、腹が立った。
「セレナなんてありえませんよ。
第一、あんな規格外の娘、私の手には負えない。
むしろ、セレナだけはありえない。」
俺はきっぱりと言い切った。
だが、その言葉にセレナが憤慨していることには、この時気づかなかった。
「以前の聖女であれば反対だった。
だが、聖女は立派に成長し、今や国母としての資質も十分備わってきている。
今の聖女であれば、その立場を踏まえても、お前の正妃にもふさわしかろう。」
俺は小さくため息をつく。
「王太后陛下、私の後宮について口出しするのは、たとえ王太后陛下であっても無粋というもの。
口出しはなさらぬよう、お願いいたします。」
王太后もまた、深く息を吐いた。
「本来はお前の言う通りじゃ。王太子妃を教育するのは王妃の役目じゃからな。
だが、王妃はお前に遠慮して本音が話せん。」
「それに、お前がエレノアを手放さぬこともわかっておる。
エレノア以外の正妃を迎えぬこともな。」
――そして。
次の言葉で、俺の中の何かが完全に切れた。
「エレノアには、どの惻妃候補よりも妃としての能力が劣る。
だが寵愛だけは受けている。
だからどうしようもない。
ゆえに、正妃であるエレノアに代わって仕切れる、有能な惻妃を持てばよい。」
――つまり。
エレノアを“飾り”にしろと言っているのだ。
そんなこと、受け入れられるはずがない。
「王太后陛下、エレノアを侮辱するのはやめてください。
はっきり申し上げます。私はエレノア以外の妃を、惻妃を娶る気はありません。」
場の空気が張り詰める。
さすがに見かねたのか、宰相が割って入った。
「王太后陛下、殿下、どうぞお鎮まりください。
客人の前でございます。」
国王陛下も王妃も、何も言わなかった。
視界の端で、クラリッサがほくそ笑んでいるのが見える。
それが、さらに神経を逆撫でする。
エレノアは、ただ俯いたままだった。
「私はこれで失礼する。行こう、エレノア。」
俺はそう言って、エレノアの手を引き、その場を後にした。




