第10話 王宮の聖女
毎週土曜日21時更新です。
ゴールデンウィーク中は更新増やします。
次回は、4月28日21時更新です。
王宮の応接室は、重苦しい空気に包まれていた。
正面には、父であり、国王のアレクシス・ルミナリア。
国王だけあって、威厳がある。
隣には、国王の側近であり、重鎮のクラウゼル侯爵、つまりは、エレノアの父親だ。
二人の視線が、静かに俺へと向けられている。
「来たか、レオニス」
「お呼びと聞き、参上いたしました」
俺は跪く。
「昨日の件、リリアから聞いている」
国王は厳しい声で言った。
「皆の前でエレノアを庇い、リリアを罵ったそうだな」
「罵った?
事実と異なる非難を受けていたため、正したまでです」
「聖女を軽んじるなと、いつも言っているだろう。
聖女の力が弱まれば、この国を危機に晒すことになるかもしれない。
お前もわかっているはずだ」
間髪入れずに返ってくる。
「聖女は国の要だ。
その心が乱れれば、力は弱まる」
「承知しております」
「ならば、なぜ刺激する」
厳しい目で国王は俺を睨みつける。
だが、俺も目を逸らさない。
「それでも、エレノアが、自分の婚約者が理不尽に罵られるのを
黙って見ていることはできません」
空気が張り詰める。
やがて国王は、深くため息をついた。
「お前は、記憶を失ってもなお、エレノアのことを庇うのだな」
その言葉に、俺はわずかに目を見開いた。
レオニスは、エレノアに無関心だったはずだ。
そう聞いていた。
だが、違うのか?
「殿下が娘を大切に思ってくださっていることは存じております。
ですが、お立場もお考えください」
クラウゼル侯爵が静かに口を開く。
レオニスは、エレノアに無関心で、リリアに好意的。
そう聞いていた。
だが、今の話は明らかに違う。
その瞬間、俺は、少し頭がズキっとした。
なんだろう?
俺は、確かに何か大切な事を見逃している。
それがなんなのかは、今は分かりそうにもなかった。
「……どうした」
国王の声で意識を引き戻される。
「いえ……」
俺は首を振る。
だが、胸の奥に何かが引っかかる。
レオニスは、本当にエレノアに無関心だったのか?
それとも、、、、。
「ですが、父上」
俺は顔を上げた。
「エレノアは間違っておりません」
はっきりと言い切る。
「礼節を欠いたのは、むしろ聖女の方です」
空気がさらに冷える。
だが、引かない。
「聖女であることと、正しいことは別です」
国王はしばらく俺を見つめ、
やがて小さく息を吐いた。
「レオニス。お前がエレノア嬢にベタ惚れなのは分かっておる。
もともとお前は、聖女の王太子妃になりたいという願いを退け、
エレノアとの婚約破棄に決して同意しなかった」
一呼吸置き、国王は続けた。
「だが忘れたのか。
リリアの心が安定するまで、エレノアと距離を置き、
聖女を刺激しないと約束したはずだ」
国王の声は、低く重い。
「お前はこの国の王太子だ。
国を第一に考えよ。
今は、リリアの心を清らかに、穏やかに保ち、
浄化の力を高めることに協力せよ」
そして、言い放つ。
「絶対に、聖女と敵対するな」
「敵対するつもりはありません」
俺はキッパリ、答える。
「ですが、盲信するつもりもありません」
再び沈黙が落ちた。
やがて、クラウゼル侯爵が口を開く。
「……殿下。エレノアは強い娘です」
「はい、存じております」
「ですが、誤解されやすい」
分かっている。
だからこそ、守りたい。
「殿下は、どうか慎重に行動なさってください」
「心得ております」
短く答える。
国王は頭を押さえ、疲れたように言った。
「……もう良い。下がれ」
「はっ」
一礼し、部屋を後にする。
聖女。
浄化の力。
それは、本当に国を揺るがすほどのものなのか……。
――その頃、王宮の回廊では、リリアが苛立ちを隠せずにいた。
壁に掛けられた装飾鏡に、自身の姿が映る。
「……なによ」
小さく吐き捨てる。
鏡の中の自分は、可憐な聖女。
微笑めば、誰もが称賛する。
国王も、大臣も、すべてが味方だった。
それなのに。
「どうして、ああなるのよ……」
レオニスの変化。
あれは、想定外だった。
これまでは簡単だった。
少し泣けば、皆が味方する。
少し弱さを見せれば、誰も逆らわない。
それなのに。
「エレノア、エレノアって……」
苛立ちが募る。
「全部、うまくいってたのに」
小さく、だがはっきりと呟いた。
「全部、私のものなのに、、、。」
そのとき、足音が近づく。
「聖女様、お茶をお持ちいたしました」
メイドのミアが静かに頭を下げる。
リリアはゆっくりと振り返った。
「……遅いわね」
「申し訳ございません」
「それ、本当に温かいの?」
一口含み――
「何よ、これ。
冷えてるじゃない。入れ直しなさい」
怒声が飛ぶ。
「申し訳ございません」
ミアは怯え、縮こまる。
「はぁ……使えないわね。
誰が飲むお茶だと思ってるの?
聖女の、この私のよ」
「申し訳ありません……」
「それしか言えないの?
本当に無能なんだから」
次の瞬間――
カップが投げつけられた。
熱い茶がミアにかかり、
ガシャン、と割れる音が回廊に響く。
「っ……!」
ミアの肩が震える。
そのとき――
「おやめなさい」
凛とした声が、回廊に響いた。
エレノアだった。




