第9話 聖女という存在
毎週土曜日の21時更新です。
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「やはり、おかしい……」
エレノアと並んで歩きながら、俺は小さく呟いた。
女生徒たちから聞いた話が、頭の中で何度も反芻される。
エレノアは女生徒たちから慕われている。
にもかかわらず、男子生徒からは悪役令嬢扱い。
そして、リリアはどこか胡散臭いのに、誰もそれを口にしない。
「何が、ですか?」
隣を歩くエレノアが、静かに問いかけてきた。
「いや……」
俺は少し考え、首を振る。
「すまない。まだうまく言葉にできない」
エレノアはそれ以上は聞かなかった。
ただ、「そうですか」とだけ小さく頷く。
やはり、エレノアは分別のある人だ。
余計な詮索はしない。
なぜ、エレノアが悪役令嬢などと呼ばれているのか。
「レオニス、少しよろしいですか?」
後ろからアルベルトの声がした。
振り返ると、カイルも一緒にいる。
「ちょうどいい。聞きたいことがある」
俺は足を止めた。
「リリア嬢のことだ」
そう言った瞬間、カイルの視線がわずかに鋭くなる。
アルベルトは困ったように肩をすくめた。
「……やはり、そこに行き着きますか」
「どういう意味だ?」
「レオニスが違和感を抱かれるのも、無理はありません」
アルベルトは一度言葉を区切り、続けた。
「ですが、それには理由があります」
「理由?」
「ええ。リリア嬢が聖女だからです。聖女という存在、そのものに理由があります」
その言葉に、俺は眉をひそめた。
「聖女が、どうした」
カイルが静かに口を開く。
「聖女とは、光の魔法を持つ特別な存在です。古来より聖女は、その浄化の力で国を守り導くとされています」
「それは知っている」
「ですが、その本質まではご存知ないでしょう」
カイルの声は淡々としている。
だが、どこか硬さがあった。
「光の魔法は、浄化の力。その力は、持ち主の心の在り方に大きく左右されます」
「……心?」
アルベルトが補足する。
「簡単に言えば、心が清らかであるほど、力は強くなるということです」
なるほど。
だから聖女なのか。
「逆に言えば」
カイルが続ける。
「心が乱れていれば、力は弱く、不安定になる」
その言葉に、俺は思わず目を細めた。
アルベルトが、少し言いにくそうに口を開く。
「本来、聖女の誕生のお告げがあれば、国を挙げて探し出し、保護し、そのお心を守るために大切に扱われます」
一拍置いて、続ける。
「ですが、リリア嬢は発見が遅れてしまいました」
「どういうことだ?」
「お告げから何年も経って、ようやく見つかったのです。しかも貧民街で」
その一言で、すべてが繋がった気がした。
「清らかな心を保つには、あまりに劣悪な環境でした」
アルベルトは静かに続ける。
「王宮で礼儀作法を叩き込まれ、今の姿になりましたが……本質まで変えることは、容易ではありません」
カイルが補足する。
「そのため、リリア嬢の光魔法は、歴代の聖女と比べて弱いとされています」
「……そうか」
昨日の違和感。
あの笑み。
すべてが一本の線になる。
「では、なぜ誰もそれを指摘しない?」
俺は問いかけた。
「むしろ、あれほどまでに……同調する」
アルベルトとカイルは一瞬だけ視線を交わす。
そして、アルベルトが静かに答えた。
「……心を乱せば、さらに力が弱まるからです」
「何?」
「聖女の力を高めるには、心を清らかに保つ必要がある」
アルベルトはまっすぐ俺を見る。
「だからこそ、周囲はリリア嬢を否定しません」
「刺激を与えないように、守るのです」
カイルが続ける。
「同調しているように見えるのは、そのためです」
なるほどな。
俺はゆっくりと息を吐いた。
「だから、誰も逆らえないのか」
「はい」
アルベルトは頷く。
「それは陛下も同じです」
「父上も?」
「ええ。聖女は国にとって極めて重要な存在ですから」
カイルが続ける。
「そのため、殿下も陛下の意を汲んでおられました。
そして、リリア嬢に唯一指摘するエレノア様を、皆が咎めるのです」
――やはり、そうか。
「レオニスがリリア嬢に好意的だった理由も、そこにあります」
アルベルトの言葉に、俺は目を閉じた。
すべて、理解はできた。
だが。
「それでも」
俺はゆっくりと目を開ける。
「納得はできないな。私の婚約者であるエレノアだけが悪く言われるのは。
そして、それを静観していたであろう、私自身も不甲斐ない」
「殿下、それは仕方のないことですわ」
エレノアが穏やかに言う。
「ですが、誰かがリリア様を止める役目も必要です。それに、リリア様にも教えて差し上げなければ」
優しく微笑みながら、続ける。
「聖女様ですもの。悪い方ではありませんわ。きっと、よく分からないだけですもの」
「エレノア。君はなんて……」
思わず言葉を失う。
そのとき、わざとらしい咳払いが響いた。
「あの、お二人さん。私たちの存在、忘れていませんか?」
アルベルトが呆れたように言う。
エレノアはみるみる頬を赤らめた。
「アルベルト、もう少し静観してくれてもいいんじゃないか。少しはカイルを見習ったらどうだ?」
カイルは無表情のまま、静かに立っている。
そのときだった。
「レオニス殿下」
低く通る声が、場の空気を変えた。
振り向くと、王宮の使者が立っている。
「陛下がお呼びです。至急、王宮へお戻りください」
その一言に、周囲が静まり返った。
このタイミングで、か。
俺は小さく息を吐く。
「……わかった」
嫌な予感がする。
だが、行かないわけにはいかない。
「殿下……」
エレノアが心配そうに俺を見る。
「大丈夫だ。心配はいらない」
そう言って、軽く微笑む。
そして、俺は静かに歩き出した。




