第11話 聖女の裏
毎週土曜日21時更新です。
割れたカップの破片が床に散らばり、熱い茶が広がっている。
ミアはその場に崩れ落ち、肩を震わせていた。
その前に立つのは、エレノア。
リリアは一瞬だけ目を見開き、
すぐに、その表情を変えた。
「……エレノア様?」
か細い声。
先ほどとは、まるで別人。
「急に大きな声を出されて……驚きました」
まるで被害者のように、胸元に手を当てる。
ミアは俯いたまま、何も言えない。
「……」
エレノアは静かにその様子を見つめた。
回廊の方から、怒声と共にガシャりと何かが割れる音が響いた。
俺は何事かと思い、そちらへ向かう。
「殿下、私もお供します」
カイルも後からついてきた。
他の者たちも異変を察知し、回廊に集まり始めている。
そこにいたのは、
凛とした佇まいのエレノア。
心細げなリリア。
そして、怯えきったミア。
「何の騒ぎだ」
俺は低く問いかけた。
すると、リリアは涙目でこちらを見上げる。
「ミアが慌ててしまって……。
私がお茶を落としてしまって、それをエレノア様に咎められたのです」
弱々しく、俺の腕にすがる。
「急に大きな声を出されて……とても怖かったですわ。ねえ、ミア?」
ミアは俯いたまま、何も言えない。
「ミア、こんなに怯えて可哀想」
リリアはミアの肩を抱く。
周囲がざわつきはじめた。
「エレノア様がまた、リリア様を……?」
視線が集まる。
その空気は、
いつものように、リリアを擁護するものだった。
俺はエレノアを見る。
「エレノア、説明してくれ」
リリアの表情が、わずかに歪む。
エレノアは一歩前に出た。
「ミアが聖女様にお茶をお持ちした際――」
事実だけを、淡々と述べる。
飾らない言葉。
それで十分だった。
信頼に値する言葉だった。
俺は静かに頷く。
「そうか」
そして、リリアへ視線を向ける。
「リリア嬢」
その声は冷たかった。
「さっきの話と、ずいぶん違うようだが」
一瞬、沈黙。
リリアの指先が、ぴくりと震える。
「……わ、私は……エレノア様が嘘をついているんです。レオニス、信じて。」
リリアは、泣き出した。
そして、ミアへと視線を向ける。
「ミア、あなたも見ていたでしょ?」
ミアは答えない。
だがその瞬間。
リリアが、怒りを滲ませた瞳でミアを睨みつけたのを、俺は見逃さなかった。
「あ……」
ミアが何か言おうとする。
「ミア、正直に言いたまえ。
この場での虚偽は、不敬とみなす」
俺は低く言い放つ。
ミアは板挟みになり、再び固まった。
「殿下、この者の立場をお考えください」
エレノアが俺を嗜める。
周囲には、いつもの空気が広がる。
「聖女様がそんなことをするはずがない」
「きっと、エレノア様が……」
ざわめきが広がる。
エレノアは、ただミアの前に立つ。
守るように。
俺は、その空気を一蹴した。
「エレノアを、私の婚約者を侮辱することは許さない」
俺の怒声に、周囲は一瞬で黙り込む。
そのときだった。
――ゾワリ。
何かが這い上がるような、異様な気配。
「……なんで」
小さく漏れた声。
「どうして、あの女が……」
視線がエレノアへと向けられる。
その瞬間。
空気が、わずかに歪んだ。
リリアの周囲に漂う光。
それは、聖女の証。
白い光。
だが、純白ではない。
濁っている。
その光が、ゆっくりと。
灰色へと変わっていく。
じわり、じわりと
侵食するかのように。
「全部……」
かすれた声。
「全部、私のものだったのに」
俺は、その異変を見た。
目を細める。
「……なんだ、あれは」
誰にも届かないほどの、小さな呟き。
周囲の者も。
エレノアも。
カイルも。
ただ、呆然と。
リリアの変貌を見ていた。




